WINDING ROAD

在宅介護という名の過酷にして壮絶な終わりなき戦いの日々 自分の病気、ジツボとの関係 荒野に俺は一人だけ(笑)


乳ガン寛解に至るまで・7

  1. 2017/11/08(水) 09:00:00_
  2. 乳ガンとはず語り
  3. _ tb:0
  4. _ comment:0
セカンドオピニオンドクター「何度も来て頂いてすみません。実は(明るい口調で)

悪いもの出ちゃいましたー!」
( ・`ω・´)キリッ


Σ(`◦ω◦´ )

POTE「はいはい」

我ながら、間の抜けた返事だとは思ったが、やっぱりそうだったかという思いも強かったし、

毎日毎晩、着替えや入浴の度に右乳房の乳首の斜め下に触れるコリコリしたシコリは或る日突然消滅することもなく、
触れるといつもそこに存在しており、

誰に言われることもなく、「良性のシコリです」「ただの水ですよ、脂肪の塊ですよ」となる可能性に一縷の望みを託しながら、

どこかで「ガン」「乳ガン」「肺ガン死した父親に譲り渡した寿命の証拠」みたいな諦めもあった。

ともあれ、取り乱して錯乱することも泣き出す様子もないワタシの様子に、少し安心したのか、

セカンドオピニオンドクター「今後は手術、放射線治療という流れになります。放射線は1ヶ月近く毎日通うようになりますから、お住まいの近くの大学病院やガン専門病院を探された方がいいでしょう」

POTE「こちらでは出来ませんか」

セカンドオピニオンドクター「出来なくはないですが、ここまでくるのは遠いでしょう。ご自宅は東京のe区ですよね。乳ガンは手術後も経過観察で年単位で通う事になりますから都内の、自宅から近い病院の方がいいと思いますよ」

ドクターはワタシが何故自宅から電車で小1時間もかかる川崎の病院にセカンドオピニオンを求め、此の期に及んでここでの治療時こだわるのか理解できず困惑しているようだった。

POTE「お話はよくわかりました。手術する病院は都内で探します」

セカンドオピニオンドクター「その方がいいですよ」

そこで、徐ろにワタシはバッグから一枚のハガキを取り出した。

それはその年の干支イラストが描かれた手書きの年賀状で、イラストの描き手は誰あろう、今目の前に居るセカンドオピニオンドクター。

一目見て、ドクターはそれが自分が発送した今年の賀状だと気付き、

セカンドオピニオンドクター「…え?それ…」

賀状を裏返し、宛先面を示すと、ドクターの直筆で書かれた宛名は「POTE村じゃっく様」

セカンドオピニオンドクター「(仰天して)えーっ!!、何!?じゃっくさんの奥さんなのー!」
と、慌ててカルテの住所を見直したので、

POTE「先生のご記憶に比べ、最近は随分太ってしまいまして」
と、次にワタシが差し出したのは、うちが今年出したワタシ達の2ショット写真の年賀状。

セカンドオピニオンドクター「あー、何だー、そうだったのかー。だったら、最初からそう言ってくれなきゃあ」

POTE「いえいえ、実はまだ主人にはシコリのことも、こちらで先生に診ていただくことも全然話していませんので」

セカンドオピニオンドクター「そうなんだー。一人でよく調べてうちに来られましたね」

POTE「長年、素敵な年賀状を頂いておりましたし、賀状に書かれていた、先生のブログもずっと拝見してました。ガン患者の先輩達からとにかく信頼できる先生の診察をと勧められていたんですが、ワタシが信頼できる外科の先生と言ったら、もう先生くらいしか思い当たらなくて」

セカンドオピニオンドクター「いやいや、それはまた。いやー、でも、全然気づかなかったなー。POTE村さんの年賀状も毎年もらってますけど、だって奥さん、顔が違うし」

顔が違う?

POTE「やだ、センセー、何それー」

と、ガン告知だった場が緊張から一転どっちらけの雰囲気となり、それまで神妙な面持ちでずっと黙って並んでいた看護師さん達が耐えきれず一斉に爆笑。

そら、ガンなのか、違うのか、やっぱりガンなんですかー?な気持ちでセカンドオピニオンで来てるんですから、年賀証の写真みたいに夫婦で並んでイェーイみたいな表情じゃないですってば(笑)

不謹慎にも一頻り全員で笑った後、

セカンドオピニオンドクター「いや、まあ、とにかく。今回ガンだということははっきりしましたけど、いいですか、(力強い口調で)これで死んだりしませんから。できれば民間療法とかに行かないで、きちんといい病院で、早めに治療を受けてください。
後、何か困ったことがあったら、何でも相談に乗りますから、いつでも電話してください」

会計を済まし、帰路、京浜東北線に揺られながら、

それまで「ガン?」「父親みたいに余命数年?」「おっぱい切り取られて」「抗がん剤でつるっぱげになって」「それでもすぐ再発して」「ゴラムみたいになって衰弱死?」「ゴミみたいにおっぱい切り取られるくらいなら、もっといっぱい男遊びして(うぉいっ!)色んな人に触ってもらっておけばよかった」みたいな絶望的かつやけくそで阿呆なダークサイド思考堂々巡りだったのが、

セカンドオピニオンドクターの「これで死んだりしませんから」の言葉が俄かに力強く、温かく、繰り返し胸に響き、

死なない。
死なないって言ったよ、先生。
治療すれば助かるってこと?
まだ間に合う、早期だってこと?

実父は分かった時は手遅れだったけど。

ワタシ、まだ死なないんだ。間に合うんだ。

で、俄然、戦闘モード点火(キター!)。

その夜、出張から帰宅したじゃっくさんに全部告白し、
後日、婆さまに告白し(途中泣き出しちゃってゴメンなさい)、
気が進まなかったけれど実家母にも電話で伝え(なんでそんなところまで父親似なんだとブツクサ言われた 笑)、

あれですね。
家族から「ガンだ」と告白されるのも辛いですが、
自分が「ガンだ」と打ち明けなければならない辛さは大変なものです。
でも、じゃっくさんも婆さまも冷静に受け止めてくださって、心から感謝しています。
だけど、11年後に今度は子宮ガンで手術しますって言うとは思わんかったよー

東京のガン診療連携拠点病院は23区内だけでも20近くあって、ガン専門病院や大学病院、都立病院等、色々病院の候補はあったけれど(贅沢すぎる悩みですけど、候補ありすぎるってのも決めるのに難しかった)、

結局通院距離が近いと言う単純な理由で、ガン友さんのお一人がかかられていて、なおかつうちの自宅からJR1本で30分で行ける御茶ノ水の梅の花大学病院(仮名)の乳腺外科を受診。

当時も大学病院受診には紹介状が必要で、無い場合は4~5,000円の初診手数料が必要となる。

最初の総合病院の医師に主治医としての紹介状を打診したところ、セカンドオピニオンを受けると申し出た時点で担当外になったという認識だったので(をい)、再度川崎のセカンドオピニオンドクターに電話してお願いしたら快く引き受けてくださったばかりか、遠いからわざわざ来なくていいですよと郵送までしてくださいました。

普通、診療情報提供書は本人乃至家族が直接受け取りに行って、文書代(紹介手数料)支払わないと貰えないんですけど、それも格段の配慮を賜り、文書代は無しでした。

もうワタクシ、川崎に足を向けて寝られません。
(*´Д人)ありがとうございます〜♪
(比喩だけどな)
そのドクターも、還暦のじゃっくさんより年上の方なので、先頃、6期継続された院長職を退かれ、現在は理事長兼緩和医療ドクターとして患者さんに寄り添う日々を送っておられるとのことです。



続く





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2017_11_08  [ 編集 ]

乳ガン寛解に至るまで・6

  1. 2017/11/07(火) 09:37:58_
  2. 乳ガンとはず語り
  3. _ comment:0
繋ぎにメモがわりに書いておこうと思いましたら、何だかあれもこれもと思い出され、下書きでpart10まで行ってしまい、それでもまだ先があるという、どうでもいい個人的忘備録なのに、すごい長いシリーズになりそうですので、

お忙しい方はすっ飛ばして、おヒマな方だけどうぞ(笑)。



* * * * * * * * * * * * * * * 


ワタシの乳ガンが発覚したのは、今から12年前の2005.4。

朝、いつも通り着替えようとして腕を上げた時、右の胸が吊れるような違和感があり、ん?と左手で右乳房を触ったところ、コロッとした硬い感触に触れた。

何これ、硬い…硬い?…硬いって、これ、シコリ?

おっぱいにシコリって…マズくね?
ε≡≡≡ヘ(l|i゜囗゜*)ノ゙
ぎゃぁぁぁ


一瞬で血の気が引く。

2年前に実父を肺ガンで亡くしていた。

1998の爺さま転倒入院手術をきっかけに、
1999 じゃっくさんが建て直したバリアフリーの家で同居が始まり、
2000 じゃっくさんが心房中隔欠損閉鎖手術で東大病院に入院。
じゃっくさんは無事退院して、仕事にも復帰し、やれやれと思っていたところに、
2001 実家父が風邪がなかなか治らないと地元のかかりつけ内科を受診し、その場で肺ガンと思われると告知され、隣市の総合病院宛の紹介状を持たされる。

その総合病院でも対応しきれず、次にがんセンターに紹介され、肺ガン ステージ4 手術は不可能 余命2ヶ月の診断に家族全員が恐慌に陥った。

結果的には余命は2ヶ月ではなく、2年保ったが2003.3逝去。
3月も末の、丁度桜の時期で、後年桜を見る度に切なく悲しく、普通に桜を愛でることが出来るようになるのは随分後になってからだった。

実父が抗ガン剤治療受けたり、薬効甲斐なく脳転移で発語も失われつつある残酷な現実の最中、不心得で不信心なワタクシが一心に願っていたのは

「あと2年。2年でいいから父の命を永らえさせてください。その分、ワタシが引き受けます。ワタシの寿命を取ってください」

まあ、その願いが叶えられたから余命2ヶ月が2年に伸びた なんて自惚れるつもりはありません。
大体最初の余命2ヶ月って、想定の一番悪いパターンだったっていうだけで、本当は「数カ月から1~2年の余命、細かい予想はその時になってみないとわかりません」が正しい告知だったんじゃないかと今では思ってます。

だけど、その時、「自分の命と引き換えに」「自分がガンになっても構いません」と必死に祈っていたのは本当なので、

シコリ→乳ガン?と真っ青になってビビりながらも、どこかで、あの時実父に譲与するって言ったからしょうがないかーみたいな気持ちがあったのも事実です(笑)

ずっと後になって婆さまに、実父の寿命伸ばしてくださいって祈ってましたから、ワタシがガンになったのも等価交換というか、当然の結果なんですよ〜ってちょっと冗談めかして話したら、

婆さまは割と気色ばんだ口調で、「そんな、親は子供の寿命取り上げてまで長生きしようなんて思ったりしないよ」と窘められましたが、

いやいやいや、うちの父親という人は「あれ、お前の分くれるの?じゃ、遠慮なく貰うわ。悪いな、サンキュ」とか言ってホイホイ受け取る人ですからー(爆)。

ともあれ、家事の合間、風呂に入りながら、何度確認しても右乳房の乳首の右下にシコリはある。

怖い。

怖いけど、これはこのままにはしておけない。

ガンなのか、良性のシコリなのか。
とにかくそこをはっきりさせないことには。

近所に総合病院があり、乳腺外科という診療科は無かったが、そこにはマンモグラフィーがあった。

まずそこの受付に行き、胸にしこりがあると伝え、外科の触診、マンモ撮影を受け、1週間後検査結果を聞きに行くも
シコリの正体は「分からない」という回答だった。 
 (´Д⊂ モウダメポ

当時のワタシにはあまりにも知識が無く、本来受診すべきが乳腺外科であることも、マンモグラフィーの機械があっても、読影には資格が必要だということも知らなかった。
ヾ(_ _。)ハンセイ…

大きな病院になど行ったこともなく、清水の舞台から飛び降りるような覚悟で受診した総合病院の医師が大腸専門の消化器外科医だったことを知ったのは、総合病院に見切りをつけ、セカンドオピニオンを受ける決心をした後のことだった。

その際、大きな助力となったのはガン患者による闘病ブログだった。

玉石混合ながら、これはと思える、信頼に足るブロガーさんお二人にメールを差し上げたり、直接お電話させて頂いたりして色々アドバイスを頂き、お先真っ暗だった視界に光明を見出した思いで一歩を踏み出し、

じゃっくさんにも爺婆さまにも秘し隠したまま、
いや、だってはっきりするまで言えなかったんすよ(੭ˊ꒳​ˋ)੭!!

今度は同じ消化器専門の外科でも、マンモ読影資格を持ち、更新試験もきちんと受けておられる川崎の外科医にセカンドオピニオンを予約申し込み、

初診で早速ベッドに仰向けになり診察して頂く。

最初の総合病院のドクターは診察椅子に座ったままでペロンとおっぱい出して、シコリの箇所を中指1本で触れただけだったが、

セカンドオピニオンのドクターは手の平全体を使って、シコリの箇所以外の乳房全体を触診してくださり、僅かな感触も逃すまいとする触り方からして、触診のレベルが全然違った。

ドクター「(シコリに触れて)これ触っちゃったら、びっくりするよねえ」

持参した、総合病院でのマンモレントゲンも見て頂いたが、

「余計なものまで全部写っていて、これで読影するのは正直厳しい」と言われ、確実性の高い細胞診を提案される。

とにかくこのシコリがどういうものなのかをはっきり知る必要があるし、この場で出来るというので承知。

麻酔して、すぐバチンバチンとホチキスみたいな器具でシコリから細胞を切除し、大判バンドエイドみたいなの貼られて終了。

1週間後、事務の方から細胞診の結果が出たという連絡と「いつおいでになられますか」という問いかけに嫌な予感。

時間が空いたからと、いつでも好きな時に行ってはいけないらしい。
つまりそれって、迎える側にも準備が必要ってことだよね。

不安を押し殺しつつ、再訪の日時を約束し、

良性でした、脂肪でした、放っておいても大丈夫なものですってならないかなーと祈る思いで予約日に受診すると、

ドクターは努めて明るい笑顔で迎えてくださり、

セカンドオピニオンドクター「遠いところ、何度も来て頂いてすみません。実は






悪いもの出ちゃいました」



やっぱりー
(┬┬ω┬┬)あうぅ・・・・



続く





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2017_11_07  [ 編集 ]

乳ガン寛解に至るまで・5

  1. 2017/11/06(月) 09:18:50_
  2. 乳ガンとはず語り
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  4. _ comment:0
飯田橋のクリニックに10/14土の診察予約ねじ込んで、

1週間後には四谷のクリニックが作ってくださった、10年間のフォローアップ検査データのCDと、飯田橋のドクター宛の診療情報提供書も書いてくださったのを受け取り、

あとは粛々と当日を待つだけ。

…だったんですが、

骨粗鬆症の恐れありとかで、骨密度再検査の指示も出てたので、

こちらは最初っから紹介状同封でうんもすんもなく要再検査の封書が直接送りつけられ、

乳ガンと違って、協力医療機関リストも区内の整形外科から受診するようにとのことで。
K葉道路の向こうにでっかくて設備の整った総合病院があるのに、そこだと隣の区になるのでダメらすいよ。

医療センター検診時の骨密度測定はQUS方式(超音波の骨内の伝播速度(speed of sound: SOS)と減衰係数(broadband ultrasound attenuation: BUA)を測定することにより、骨量評価を行う方法)といい、

くるぶしにジェル塗って、機械にかかと入れて計測するやり方だったんですが、
簡単だから検診施設だとこのタイプが多い。

より正確な検査を求めるなら、DXA法(dual-energy X-ray absorptiometry: 二重エネルギーX線吸収測定法)という2種類のエネルギーレベルのX線の透過率の差を利用して骨量を測定する方法が望ましい。

でも、これどこの整形外科でも置いてあるわけじゃあなくて、近所では一軒しか扱いがなかった。

その整形外科は爺さまがデイで負傷したり、ワタシが足の親指骨折した際随分お世話になった地元の整形外科なんだけど、

最近、主幹医師が交代したそうで、訪看さんやケアマネ クラリッサ(仮名)に訊くと、年配のドクターなので悪い人じゃないんだけど受け答えに些か難が有るとか無いとか(笑)
爺さまやワタシがお世話になった先生方は皆さん独立されて開業なさったとか
ケアマネ クラリッサ(仮名)曰くあの(独立されたDr.たちが勤務していた)頃が病院としても一番充実してたと(笑)

でもまあ、自転車で行ける整形外科で、DXA法検査出来るのはそこだけだし、検査はレントゲン技師さんがしてくれるんだから、この際多少物言いが悪くても別にいいやと書類揃えて受診。

検査着に着替え、検査台に寝て5分ほどで終了。
DXA.png

医療センターからの指示が出てるとかで採血までされ、骨の生成のサイクルも調べるそうな。

で、1週間後再検査の結果を聞きに行ったところ、

腰椎正面の骨密度は0.956g/cm2で、同年齢平均値の95%。
大腿骨の骨密度は0.751g/cm2で、同年齢平均値の91%。
大腿骨骨密度は若干低めですが、ほぼ正常値、骨の生成サイクルも問題無しということで、その旨、医療センターに返信してくださるそうです。

うん、そんな事前に脅かされるほどつっけんどんな先生でもなかったすよ。
ただ、最後、医療センターに返信する書類まで「じゃ、これね」と全部ワタシに差し出して、

ワタシもつい受け取って、「これ、ワタシが送るの?」と会計待ちの待合でしげしげと検査データ票を見返してたら、看護師さんが慌てて回収しに来たという顛末があったくらい。
そら、ワタシじゃなくて再検査の病院とドクターの名前で返信するよね




その後、10/4水には梅の花大学病院(仮名)婦人科にて、術後1年のCT検査があり、

事前の血液検査でも特に問題はなく、CT検査結果は診察時間には間に合わなかったけれど、まあ何も無いでしょう的なまったりとした雰囲気で、次回は来年1月の診察を予約。

婦人科主治医Dr.ミツシマ(仮名)に、何か気になること、質問はありますか?と聞かれ、
実は夏に区の健康診断を受け、乳ガン検査マンモで引っかかって、来週飯田橋で再検査です。ずっとフォローアップに通っていた四谷のドクターが異動で新宿に移られてしまって と話すと、主治医をご存知らしく、

Dr.ミツシマ(仮名)「O先生ですよね、そうですか、新宿に移られたんですか」
POTE「引っかかったと言っても明らかなクラスV(5)ということじゃなく、『良性と思われる病変がありますが悪性を否定できない』という言い方で、宙ぶらりんで嫌なんですけど、今回のCT検査前の血液検査も問題なかったってことは、乳腺の方も大丈夫って考えて良いでしょうか」
Dr.ミツシマ(仮名)「…うーん、でも今回の血液検査は大腸や婦人科の項目対象なので、乳腺となると、これはまた別になりますね」

…ふえーん、ちょっとでも安心できる材料が欲しかったのにー。

Dr.ミツシマ(仮名)「今回のCTで胸部から下腹部まで撮ってますから、何かあれば写っているかもしれませんが、その時はご連絡差し上げますから」

…ありがとうございます。でも、仕方のないことだけど、

全然安心出来なかったわー。
(何かあったら電話くださるって、それはそれで怖いんですけど)




続く






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2017_11_06  [ 編集 ]

乳ガン寛解に至るまで・4

  1. 2017/11/05(日) 09:55:55_
  2. 乳ガンとはず語り
  3. _ tb:0
  4. _ comment:0
「乳ガン検診 結果のお知らせ」
「先日お受けになった乳ガン検診(マンモグラフィ検査)の結果、良性と考えられる病変が認められましたが、悪性も否定できないため精密検査が必要と判断しました。
つきましては検診結果について医師から説明をいたします。
また、専門医療機関を受診するために必要な書類もお渡ししますので、下記の日時に本状持参の上会場お越しください。
説明会日程 9/1(金)13:00

なお、当日ご都合のつかない方、その他お問い合わせは当検査センターまでご連絡ください」








何だよ、これー。

クリア診断もらって目出度く寛解〜の予定が

木っ端微塵。
\(* ̄□\) ̄□\) ̄□\))))オォ~ット!!



「良性だと考えられるが悪性も否定できず」って一番中途半端じゃないすか。
(ー'`ー;)

乳ガン初発の時は明らかにしこりに触れてたし、去年の子宮ガンだって不整出血という自覚症状があったけど、

今、自覚症状ゼロなのに、ワタシの中に「病変」があるの?
いや、それ、俄かには信じられん。12年前の術後の石灰化じゃないのか?

そもそも説明会の日時は婆さまの訪看と訪問歯科の日なので、夕方までヨメは外出不可。

で、医療センターに電話し、事情を説明したところ、当番専門医(非常勤)による説明会なので、提示された9/1の次の説明会は月末になると言われ、

検査結果を記した「医療情報提供書」(封印)とマンモの写真の提供だけならすぐ出来るというので、

乳腺外科専門医とはいえ初対面のドクターの話を伺うよりは、梅の花での手術後、主治医は異動してしまったけれど経過観察してきたカルテがある四谷のクリニックの方が断然話が早い筈と読んで、

翌日医療センターに出向き(今年は随分ここに来たわー 笑)医療情報提供書と写真を受け取る。
この写真がCD-Rじゃなくてレントゲンフィルムなんですよ。
ちゃんと持ちやすいようにビニール手提げに入れてくれましたけど、今時、あの、昔の医療ドラマで医者がライトボックス前でペラペラ透かして見てる、黒い大きいフィルム画紙持たされるなんて思わんかったわ。


次に、もうお世話になることはないと思った四谷までかるくーぶ(仮名)女性外来受付に電話し、

地元の健康診断のマンモで要精密検査の指示が出たこと、医療情報提供書(紹介状)とマンモ写真は手元にあること、主治医はO医師だが3月で移動されたことは承知しているので、後任のドクターのどなたかに診て頂きたい旨を伝えたところ、

現在、乳腺外科は体制縮小し、新規の患者は受付ず診療実績のある患者のみ再診対応で3名の医師で診察しているが、
何と、どのドクターも11月末まで予約満員という衝撃の事実。
8月に電話してんのに、予約が3ヶ月待ちですってー?
(; ̄Д ̄)なんじゃと?

以前、元女子プロレスラーだった北斗晶ちゃんが乳ガン公表した時もそうだったけれど、

6月に亡くなった小林麻央さんがきっかけで、経過観察の患者さん達が不安を覚えて怒涛のように押し寄せているらしい。

既にステージ(進行度)が高い方の場合はその旨特記された紹介状を持たされたり、直接ドクター間で紹介する場合もあるようですから、早めに診察検査は受けられます。

順番で待たされるのは、自覚症状もなく取り立てて異常も無いけれど、心配なので念のため検査を受けたいという緊急性の低い人達ですから。


で、ワタシも「良性だと思うけれど悪性じゃ無いとも決められない」なんてのは御多分に洩れずクラス(疑い度)3あたりで、

はいはい、じゃ、行列の最後尾に並んでくださいねー、順番に診ますからねーと言う感じなわけですが、

12月までこのまま宙ぶらりんてのもなあ〜と困惑し、状況は理解しました、もう少し考えますと電話を切ろうとしたところ、

受付の方から、もし他の医療機関で再検査なさる場合、当院での検査データが御入り用でしたら有料(750円)でコピーのCDをお渡しできます と言うお話をして頂き、

地元の医療センターも四谷の受付スタッフの方も、ただ単に事務的に予約取り次ぐだけじゃなく、手続き不備や知識のない患者に凄く親切に色々教えて下さり、こういう方法もあります、こういうことも出来ますと提案して頂けたのは本当に有難いことでした。
たまにいるのよー、お前何様だぁ?って言いたくなるような高飛車で素っ気ないのがさあ
「日程についての細かいお話は直接ドクターに言って予定を取ってください」「直接ってどうすればドクターと話せるんですか」「知りません」なんて言うのが居るんだよ
ワタシじゃないけどね。聞いた話だから多少盛りもあるかもしれんけど。
で、半泣きでもう1度掛け直したら、別の受付スタッフさんが出て、その人は自分からドクターに問い合わせてくれて、その電話で希望通りの日程で予約が取れたって。
スタッフにも当たり外れがあるもんだから


さて、一旦電話を切り、紹介状・レントゲン写真と一緒に渡された協力医療機関一覧を見返すと、

有明ガンセンター
聖路加
東大
三井記念
順天堂
慶應
駒込
と、錚々たる大病院の名が列挙されて居るものの、

初対面のドクターに一から説明するのもなあ〜
同じように体制縮小してるけど、手術した梅の花の乳腺外科か、それとも自宅から近い三井記念病院あたりに行くかと思い悩みながら、

バラバラと診察券を捲っていたところ、

そういえば、梅の花で手術して、四谷で経過観察する前に、主治医が飯田橋のクリニックで18:00~の夜診療していた時期があって、

その頃まだ爺婆さまは元気で、梅の花の患者数が多過ぎて、予約してるのに3時間待ちとか当たり前で、どうにかしないとと思っていた矢先だったので、

1年くらい夜診察の飯田橋のクリニックに行ってた時があった。
流石に大学病院と違って、待ち時間ゼロでしたよ。
梅の花の時と同じつもりで、受付してトイレ行ってたりするとすぐ呼ばれちゃって看護師さんに探しに来られたこと何回もあった。


現在の担当医を調べると、平日は女医先生で、土曜日は昭和大学病院のドクターが診察に来てるんだけど、その昭和大の先生が2005に梅の花で手術した時のサブドクターだった。
まあ、12年も前で、目が回るほど忙しい大学病院勤務時代だから先生はワタシのことなんか覚えちゃいないだろうけど。


それでも、ワタシの方だけでも知っている先生に、行ったことのある(診察券がある)クリニックで診てもらえるならと、駄目元で電話。

土曜日の先生は混んでましてと言われはしましたが、それでも10/14土に予約することが出来ました。
グッ!! ( ̄ε ̄〃)b
先に四谷に問い合わせて12月まで予約満員と言われたと話したら驚かれてました。
大学病院ならまだしもクリニックでそこまで予約殺到とはやはり医療関係者にとっても予想以上だったらしい。


で、元々の発端となった検診の紹介状とマンモ写真と、できればフォローアップで通ってた四谷での最終検査情報もあると比較し易くて有難いと言われたので、

四谷にもう一度電話して、先ほどとは別のオペレーターさんでしたが、辛抱強くワタシの下手な説明と込み入った事情を聞いて頂き、
1週間ほどで飯田橋のクリニック宛ての検査記録のCDを用意してくださることに。
とにかく「ドクター間の紹介」という体裁を整えないと進まんらしいよ。

さあ、これで準備の手は尽くした。
あとは資料を揃えて、10/14に飯田橋のドクターに「大丈夫ですよ」と言って頂ければ落着〜(の筈)。



続く





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2017_11_05  [ 編集 ]

乳ガン寛解に至るまで・3

  1. 2017/11/04(土) 10:56:58_
  2. 乳ガンとはず語り
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  4. _ comment:0
夏の繁忙期の仕事を総浚いして、検査予約日に意気揚々と区の医療センターに乗り込み、

検診受診券と保険証を提示したところ、

受付「(困惑した様子で)POTE村さま、お持ち頂いた受診券が去年のものなんですが」

な ん で す と 〜〜〜〜〜?


と、受付の方の手元を覗き込むと、

特定健康診査受診券のワタシの氏名と生年月日の下に記載された有効期限が

2017.3.31

…って、2016年度分の券てことで、






今年は2017。
今日は2017.7.18。
送付されてきた受診券片手に、医療センターに電話して、上段に書かれた受診券整理番号伝えて、この日の予約をしたのはワタシ。
それなのに、今目の前の受診券の有効期限が2017.3.31?

それって…つまり…

予約の電話した時のは正しく今年の受診券だったけれど、

その後、使わず取っておいた去年の受診券(協会けんぽからの黄色い封筒)を間違えるといけないと思って
今朝破って捨てた。ヾ(@⌒▽⌒@; )ノワーイ!
だって今日は可燃ゴミの日(泣)

その時、何故か間違って、ワタシ、

今年の券の方を捨てたってことなのかー!?
☆o(><;)○”バカバカバカーーー!!



だって、今年の券なら有効期限は2018.3.31じゃないといけないんだから。
それが2017.3.31って、もうこれダメぢゃん、そういうことぢゃん。

いやもう、受付カウンターで硬直したまま、変な汗が滝のように流れたっすよ。

受付の方が、違う受診券では今日の検診は受けられないけれど(当然)、自宅に正しい受診券があるようなら、この場で後日の検査日を予約して頂くことは可能ですと色々提案して下さり、

おかげで、自分のバカさ加減に殆ど失神寸前ながら、どうにか正気を保ち、おそらく自宅に戻っても受診券は破棄しているであろうから、
(捨てた記憶だけはハッキリ有った 涙)

検診日については改めて申し込みますとすごすご帰ろうとしたところ、

ガン検査は協会けんぽの検診とは別の、区の補助による検診なので、ガン検査は受診券無しでもお受け頂けますと言って頂き、
(特定検診の採血採尿血圧は予約に充分余裕があるのだけれど)
(肺レントゲンと、特に乳房マンモは予約が混んでいるので、今日を逃すと当分先の予約になるらしい)

で、レントゲンとマンモだけして、半分燃え尽きて(笑)バスで帰宅。

しかも、特定健診せずに帰ってきたので、当初間に合わないと諦めていた菩提寺の施餓鬼法要(13:00~)の最後に滑り込みで間に合ってしまい、

不信心で不心得で粗忽者のオニヨメがショートの婆さまと仕事で不在(今年のお施餓鬼は平日だった)に代わり、

あらかじめお願いして有ったお塔婆を墓所に立て、自宅に戻って書類関係を仕舞ってある箇所を探すが、受診券も協会けんぽの黄色い封筒も何処にも無く、

自己嫌悪にまみれながら、協会けんぽ東京支所に電話して、受診券に再発行を申請する。

もうねー、そういう申請って多いんでしょうね。
HPから「特定健康診査受診券 申請書」プリントして、保険証番号とワタシの氏名住所電話生年月日と被保険者氏名(世帯主であるじゃっくさん)記入して、東京支所宛てに送れば7~10日で受診券再発行してくださると丁寧に教えて頂きました。

実際には18火に投函したら週を跨がずに21金には新しい受診券が配達されたよ。

日本の、公的機関の事務処理の速さと郵便配達網の充実に感動し、己が間抜けさに打ちのめされながら、再度F堀医療センターに検診予約申し込み、

受付オペレーターさんが確認しますと言って暫く沈黙してたのは、日程だけじゃなく、ワタシが去年の受診券持参で行って、検診出来なかった顛末の付記事項を読んでいたと思われ(赤っ恥)、

でも、余計なことも言わず聞かれず(笑)、24月の午前に検診予約を取り、

週明け、婆さまがデイに出発した後、仕切り直しで医療センターに出向き、
今度こそ特定検査と骨密度検査と当番医による問診受けて完了。

問診は女医さんだったんだけど、ワタシ、やっぱり血圧(特に上)が高くなってるらしい。
去年の手術前もそれで降圧剤飲んだり(手術後はもう飲んでません)、毎日血圧計で測ったりしてたんだけど、あの、腕スポッて差し込むタイプの血圧計ってワタシ相性悪いらしく、あれで測ると必ず高めに出るんだよなー。
カフ巻いて測る血圧計だとそこまで上がんないんですけどね。
でも、即治療が必要な数字じゃないし、それ以外の採血採尿結果も、肝臓も腎臓も綺麗なのでそこまで心配することはないでしょうと言って頂きますた。

あとは肺レントゲンと乳房マンモの結果が1~2ヶ月後に郵送されてくるのを待つだけ。

会計時に大腸ガン検査キットも貰ったので、2日に分けて自分でBen表面擦って、婆さまの往診でお世話になってるN医院に提出すれば検査機関に回してくれる。

やれやれ、これで無事検診終了と一息ついて、


ひ孫王子一家が遊びにきてくれて、
行きたくない実家詣でに耐え、
じゃっくさんと温泉行って、
途中ショート先から電話かかってきたり、
ショートから帰ってきた婆さまが風邪引いてて、対応に大わらわで、
それでも何とか8月が終わろうとしていた矢先、

郵便ポストに医療センター差し出しの検診結果のお知らせ封書2通と
同様の圧着ハガキが3通。

封書の1通は検診結果で、身長体重体格指数、採血採尿検査の各項目数値と所見欄に「血圧要注意」と有ったが、これは受診当日の問診でも言われていた、

正常血圧129/84が132/79と出たからなので。

で、もう1通の封書を開けると、
「骨密度 骨粗鬆症の疑いあり 同封の紹介状持参の上、再検査されたし」

…はぁ?コツソショーショーだぁ?
基準測定値70%に対し、69.9%だから要精密検査なんだそうで。
コンマ1足りない位、いいじゃないのよー、めんどくせー。


とブツクサ言いながら、
次の圧着ハガキ(肺・大腸・乳ガン検査)を開封したところ、


「肺ガン 異常ありません」
「大腸ガン 異常ありません」
「乳ガン 要再検査」







え?
( ゚ ▽ ゚ ; )



続く






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2017_11_04  [ 編集 ]

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婆さま(ダンナ母・90才要介護4 脳梗塞で左麻痺の車椅子)
爺さま(ダンナ父・2012.9逝去 享年95才 最後は要介護4の車椅子)

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