在宅介護という名の過酷にして壮絶な終わりなき戦いの日々 自分の病気、ジツボとの関係 荒野に俺は一人だけ(笑)

見よ、この笑顔、この勇姿・2

いや、しかし、当時は何と思わなかったけど、

今改めて書いてると、アンタ、どんだけ無謀と言うか命知らずな…

>歩けない爺様と大して戦力にならない婆様連れて、

しかも、極力最小に抑えたとは言え、着替え3人分も持ってた筈。

よく出来たわー。 (つд⊂)エーン


そういや、葬儀後、婆様の訪問歯科のDr.が治療前にお線香上げて下さって、

その時、遺影の写真を褒めて下さったので、

3人で旅行に行った時の写真です と話したら、

Dr.「旅行ですか…いや、普通、出来ないですよ。実の親御さんじゃないのに、お嫁さんがここまでしてくれるのって、自分の身に置き換えたら、相手の親を旅行に連れて行くなんて、ホント、有り得無いですから」

と、もの凄ーく感嘆した様子で呟かれ、
(● ̄▽ ̄●;)ゞぽりぽり

多分、Dr.に言われて漸く婆様も、友人知人を旅行に連れて行ってくれてるのがどれも娘や息子、孫だったことに思い当たったようで、

また、同居ヨメなら当たり前と、この家ではあまりに評価が低かった為、自分自身自覚してなかったけれど(笑 ワタシ自身も洗脳されてた?)、

俄に、あ、ワタシ、凄いことしてるんだ と改めて認識した次第です。
(て、おまー、遅ーよ!)


もっとも、その時の河口湖が初めての3人旅行だった訳ではなく、

その前に日光、熱海、入院術後落ち着いた後、千葉の小湊にも行きますた。
(小湊の時はもう車椅子だったので、荷物は現地に直接送り、帰りも自宅宛に送った)
(東京駅ではハンディキャップのある乗客だけが誘導してもらえる、京葉線地下歩道で乗り換える体験をしました)
(その東京駅構内の情報に付いては、脳性麻痺の車椅子ブロガーさん数名に事情を話し質問しましたところ、いずれの方からも大変丁寧で親切なお返事を頂きました)

ワタシだけで、日光、熱海、河口湖、小湊。

じゃっくさん参加で、伊豆長岡(×2)、川治温泉、河口湖 と。

結構、頑張って親孝行旅行してると思うんですが、

どーも、この労力と配慮はノーカウント状態ぽい。
||| \( ̄▽ ̄;)/ |||ワーイ?


まー、物事なんてーのは、それを何遂げたからどうこうというものではなくて、

それをした という事実が残るだけのことですから。
(達観( = = )トオイメ... ...)

しかし、労力と配慮がノーカウントなのは、世代による認識の違いだけでなく、

認知症の進行からの記憶の欠如もかなり影響しているようでして、

爺様はもう亡くなる1~2年前から、皆で旅行に行ったことも覚えていなかったし、

写真を見せても初めて見るような反応でした。 
(´・ω・`)ガッカリ…


その記憶欠如と混乱は、最近の婆様にも顕著に現れるようになっており、

爺様の葬儀の際、

近年、かかりつけ医の受診も往診になり、近年デイ(ショート)の送迎以外、外に出ることがなく、近所の人からもその存在を忘れられかけていた爺様の、

かつての壮健な姿を、葬儀に参列して下さる方々に思い出してもらおうと、

受付ホールにメモリアルボードを用意してもらい、

そこに、家族旅行の写真や施設でのレクの写真、米寿祝いの家族写真、爺様が何より自慢で大事にしていた若き日の馬上軍装の写真を貼り、

参列者のみならず、菩提寺住職にも馬上軍装の凛々しい爺様の姿は大変印象的だったそうで、

先頃のお盆に先立つ棚経においで下さった若住職からも、その時の話が出たんです

が、

婆様は馬上軍装の写真どころか、メモリアルボードそのものの
記憶がまるごと抜け落ちていて、


婆様「私はそんな写真があったことも知らないし、見ていない」






(; ̄Д ̄)なんじゃと?
まーたー、通夜と葬儀の出入りの度に、都合4回、ボードの前通って、あの写真は〜この写真は〜ってやってたじゃないすかー。

婆様「覚えが無い」


…これだよ。
(ー'`ー;)

今も、和室の茶箪笥のガラス開きの内側に飾ってある、

この写真ですっっ!!

yuusiIMG_0790_convert_20130727144857.jpg

(*゚▽゚)/゚・:* ご覧あれ *:・゚\(゚▽゚*)、

モノクロだし何ぶん古い写真で分かり難いですが、

春爛漫の満開の桜を背景に、

凛々しくも雄々しい、若き日の爺様の晴れ姿でございます。


爺様逝去当時ほどの鋭敏な感度はなくなったワタクシですが、
(何つっても不安定なアンテナなんで)

それでも、今でも折に触れ、爺様の存在を感じます。
(爺様が迷ってるとか、成仏してないとかそう言う意味ではなく)
(あれだけ信心深い人だったんだから、飛び級で成仏してんじゃないかと思われ)

いつだって、侠気のある、自分が守ってやらないとというお気持ちを持ってて、

しつこいセールスが来ると、別にワタシ一人でも撃退出来るんですけど、

必ず和室から出て来て、いざとなったら援護しようという気持ち満々でうろうろしてた人でしたから、
(いや、単に目障りと言うか邪魔でしたけど)


安穏と墓の下で眠っている筈も無く、

きっと、今でも私達のことを心配して、声ならぬ声見えぬ示唆を持って、

守ってくれているに違いないと、

ワタシは信じているのです。





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コメント

仏教では亡くなられた方の御霊は仏様の掌に戻ると言う話ですが
神道では亡くなられた方の御霊は家の守り神様(いや もうちょっと違うのですけどね)と考えてられてます
だからいつも見守ってくれてる筈と思います
だからもしかしたらPOTE家には義父さんが家族の心配でまだいらっしゃるのかもしれませんねぇ~

本題
ジャックさんも義母さんも、もっとPOTEさんの事を大事にしなけりゃいけないと思いますわ。同じ嫁として何じゃそれ!と感じますけどやっぱり嫁より娘のたまの(めったにない)行為が有難いのですか?それならいっそ嫁もたまにか世話しないなんて事ならどうでしょうか(まぁ無理ですけど)
やってみたい私も…
POTEさんの亡くなった舅さんと同じく
父親も誰かが来ると玄関に出たがります。
押し売りが来たらかえって邪魔だし、面倒だから
引っ込んでくれればいいものを。
まるで「追っ払ってやる」と言わんばかりに。
この家が自分の家だから守るつもりなんでしょうね。
我が家は世代交代してないみたいだ、と思いますよ。

力も言語もはっきりとはしなくなくなってるのだから
黙っててくれた方が助かるのに。
どうしたら謙虚に生きてくれるか、本当に嫌になってきました。
有り難くも、ワタシも「家族」で「ムスメ」だそうですが、労働専門、親孝行の手段としての「家族」であり「ムスメ」のようですよ。

言葉って都合良いですねえ〜、ははっ

コメント有り難うございました。
地震、大丈夫でしたか?
東京は揺れはあまり感じなかったのですが、NHK見てたので、それまで見てた番組画面にでかでかと地震警報と出て、いきなり地震速報と特別番組に変わったので、そっちの方が吃驚しました。

年を取ると「謙遜」は消えてなくなるみたいですよ(笑)

コメント有り難うございました。
そうです 見守っていますとも 
それともう一つ 私には几帳面なお義父さまが
きちんと嫁に言えなかった「ありがとう」「まだ いろいろとすまんな」
を伝えたくていらしているように思えてなりません

1人で旅行に!!? ありえへん話ですヨ
忘れてるなら思い出してもらいましょうよ ( ̄ー+ ̄)
必ず他に誰かがいる所で 
写真見せたり 思い出話したり(大変だった話もちりばめつつ(´m`)) ね

お義父様のお写真 我が元義父のとそっくりです!!
あの姿になれる人には お付きの兵隊が何人かついて
身の回りのお世話をしてくれたとかで 長靴を磨くだけの係もいたとか
「あの頃が 一番良かった…」 なんぞとおっしゃっておりましたわん
婆様の「何もかもご先祖様のお陰、ご先祖様を大事にするときっと良いことがある」の、再三再四の訓示にもどこ吹く風(笑)、相変わらず不心得不信心な鬼ヨメです。

それでも、爺様が居た頃の最後の方は、虫の知らせとしか解釈しようの無い様々な示唆により、回避できた危機、余裕を持って対処できた事が随分ありましたし、

爺様が息を引き取る時、何故か爺様の傍に居て、目を離さず、その瞬間を見守り続ける事が出来たのは、確かにご先祖のお導きだったのでしょう。

ワタシ的には、(諸般の事情がありますが)「ワタシだけが傍に居て見送った」という事実だけで充分です。

旅行については国賓も承知してますけど、自宅入浴や日食観測同様「POTEちゃんがやってくれたんだー。良かったねー」でおしまいです。
(「次は、私、手伝いに来ます」は無し わははー!)

コメント有り難うございました。

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