WINDING ROAD

在宅介護という名の過酷にして壮絶な終わりなき戦いの日々 自分の病気、ジツボとの関係 荒野に俺は一人だけ(笑)
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物語はここから始まった…のか?

爺様の転倒骨折による入院手術を機に、ワタシ達息子夫婦が同居を決意。

築35年のじゃっくさんの生家を建て直し、バリアフリーの家で同居を開始したのが、

1999.7。


その頃は爺様83、婆様73。

爺様は、錦si町の場外馬券場に馬券買いに行ったり、3時になると近所の銭湯に出かけ、

老人会の旅行は行く、巣鴨の刺抜き地蔵にお参りに行く、浅草観音様にも行く、

正月は皇居の天皇陛下参拝の後、靖国神社迄歩くという健脚ぶりで、


婆様もご近所のお友達と、しょっちゅう連れ立ち、やれ一心講だ、カラオケだ、押し花だ、整体だと、

ワタシより遥かに多忙なスケジュールで毎日飛び回っていた人で、


老親の健在をいいことに、ワタシ達も休みの度に、

北海道だ、長野だ、千葉だ、伊豆だ、箱根だと、

呑気に泊まりで出かけさせてもらっていたものです。


その後、些末な衝突はあったものの、まあまあ同居生活が軌道に乗り始めたあたりの、

2001に、実家の父親の末期ガンが発覚。

当初余命2ヶ月と言われ、家族中が驚天動地の恐慌に陥りましたが、

2ヶ月の筈が結局、2年近く楽隠居状態で、

2003.3に逝去。


70にもならず、何もトップを切って逝くことないじゃないかと悲嘆にくれながらも、

どうにか父を亡くした痛手から回復して来たその辺りから、

流石の健脚魔人爺様の足の具合がかなり弱り始め、

かかりつけ外来受診にも支障を来すようになり、


2004.12、婆様が知り合いから不要になった車椅子を譲り受け、

月に一度の内科・眼科・歯科(流石下町、幸いなことに全部徒歩圏内)を、車椅子でPOTEが連れて行くことに。

2005.3からは、本人は乗り気ではなかったけれど、婆様の決断で介護認定を受け、

要介護1で、介護ベッド貸与と2カ所のデイサービス施設の利用開始。
(はい、事業所への申し込みからケアマネとの面談、かかりつけ医への医療情報書依頼、レンタル業者との打ち合わせ、契約まで、諸手続きは一切ヨメがやりますた)


その翌月、ワタシの発病が発覚し、それまで歯医者と眼医者くらいしかかかったことがなかったのに、

2005.7、大学病院で精密検査、告知、入院、手術、治療となるも、

今では当たり前の、内視鏡手術でちょこっとしか切らずに済んじゃったもんだから、

入院不在も10日くらいで、すぐ帰って来ちゃったもんで、

ケアマネも近所も、ワタシが入院したことは殆どの人には知られてません。


その後、しばらくは、外出(外来受診)の車椅子付き添いはしてたものの、

伝わり歩きなら、爺様は自由に家の中は移動出来たし、

トイレもお風呂も食事も自立で出来て、

夕食時の晩酌が何よりの楽しみ、

下着も普通のサルマタパンツ穿いて、

盆暮れ彼岸に遊びに来る娘一家の孫達に、その都度気前良く小遣いあげる御仁でしたけれど、


2009.1、尻餅転倒による腸骨骨折で入院。

これを契機に、拙ブログ「WINDING ROAD」開設。

ついに「その時」が来たかと、一時は相当覚悟するも、

奇跡の復活で、デイにも再び通えるようになる。
(但し、内科外来受診は断念。ケアマネの勧めで往診してくれる別の内科ドクターに依頼)
(退院手続きからおnewドクターとの面談、打ち合わせ、室内用車椅子のレンタル注文まで、当然ヨメがやりました)
(排泄に関してもかなりコントロール不能になってしまったので、おむつ使用に)
(おむつ装着も、自治体の助成申請もヨメがやりました)


2010.1、よりによって婆様が脳梗塞で救急搬送。

付き合いよろしく、同年3月に、爺様が腰椎圧迫骨折で別の病院に入院。

婆様の病院(リハビリ見学)と爺様の病院(夕食介助)をチャリではしごする日々。

同年5月爺様が先に退院するも、爺様のADLのあまりの低下に、翌月予定していた婆様の帰宅をケアマネが大反対。

更に3ヶ月、婆様の老健でのリハビリ決定。
(本人にこのことを伝える時が一番辛かったっす…)
(帰れない、帰って来るなってことですから)
(そらもー、泣かれましたよ)
(ワタシを責めたりはなさいませんでしたけれど、それだけにワタシも辛かった)

3ヶ月のリハビリ入所ということだったが、猛暑による弊害を考慮し(この年も熱い夏だった)、

帰宅時期は8月から9月に延長。

2010.9、婆様退院。目出たく爺婆揃っての恐怖のダブル介護始まる。


2012.9、爺様急な発熱にて10日後、POTEだけが見送る形で自宅にて逝去。

享年95歳。


2013.3(現在)、婆様の専属介護人として今尚暗躍中。


振り返ってみると、

そのつもりの同居ではありましたが、爺婆様に捧げた15年だったなー。
(しかも未だ継続中という…)


ところがですねー。

じゃっくさんに言わせると、ワタシの「介護」が始まったのは、

爺様がおむつになった2009で、

それ以前は「ただの同居」だって言うんですけどね。






違うやろ。


(▼皿▼#)




おそらく、爺様一人、見送ったくらいでいい気になってる(なってないけど)ワタシに、

彼も色々言いたいことはあるんだろうと思います。


でもねー。

真夜中のコールにも応じない、
(ワタシ起こして行かせてたよね)

ポータブルの中身の始末も、
(土日くらい手伝ってくれたって)

シモの世話もせず、
(この件に関しては、実子さん達は本能的に逃げまくってました)
(ワタシだって逃げたかったぜ)

食後の食器、シンクに運んだくらいで「手伝った」気になってるような人に、
(洗って、拭いて、食器戸棚に入れて初めて「仕事した」って言いません?)
(運ぶくらいなら幼稚園児にも出来ますわ)

「その程度」とか、「ただの」とか



言われたかーないな。





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Comment

編集
口は出すけど、手も金も出さないのが身内ですね。
一番身近な夫に無理解な言葉を言われるのは辛いですよ。
それを乗り越えてきたPOTEさんに、ただただ、頭が下がります。
わたしに出来るかなー?

問題の無い家なんてありえないとわかっていても、
借金を繰り返し、結局自己破産をしたあげく、何度と無く金を無心する両親と弟
その上、弟は子供の頃から糖尿病を指摘されても治療から逃げ回り、
気が付けば糖尿病性網膜症、糖尿病性腎症、糖尿病性神経障害とすべての合併症に苦しみ、はじめて死の恐怖に怯え、必死に治療を受けています。
何かにつけ、両親も弟も「姉ちゃんは金持ちだから」と言い、我が家に来ては、何でもかんでも「頂戴、頂戴」と持っていってしまいます。
もちろん渡してしまう、超お人よしの馬鹿なわたしが一番いけないのですけどね。
そんな様子を鬼の首を取ったかのような面持ちで親戚中に言いふらす姑
「あんたは出んでいい」と親戚の葬式に出るのを止めさせておいて、
親戚には「葬式に来ようともしない嫁」と言い、結局わたし自身の耳に入るという嘘のような展開が繰り返される現実

いまさらながら、ため息ばかりの日々ですが、旦那さんとはコミュニケーションをしっかり取って乗り越えようと思います。
2013年03月14日(Thu) 23:15
いざとなると
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我が家は私の実家なので、私が父親の世話をするのが当然ですが、本当は旦那さんが「お父さんを一人にはしておけないだろう」と言い出して
同居になったのです。でもお世話は私一人の担当です。
そんなことを言ったことも忘れて、「ちゃんと優しくしてあげて」だって。
そうそういい顔ばかりはできないよ、っと叫んでおります。
2013年03月15日(Fri) 09:25
介護はヨメの仕事?
編集
自宅介護といっても本当にそれぞれで、またその家なりのwinding roadがあるんですよね~
さて、先日発熱と脱水症状で点滴治療をうけた我が家のおばあちゃん。38度前後の熱が12日間も続きました。毎日の往診と点滴となり、その後本格的な在宅介護の契約手続きをいたしました。
それまでは、往診の後、2,3回まとめて窓口に支払いに行っていました。これからは、毎月引き落とし。往診は週一回。当初、訪問介護は週一回のつもりでしたが、・・・・・・
熱と食欲不振がつづくために、毎日点滴。そのために訪問看護師がきてくれています。

でも、でも・・・ヨメの休みは無いのですね~

でも、で、
2013年03月15日(Fri) 11:27
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ジャック殿ぉ~。
思いっきり地雷踏みつけましたな。( ̄- ̄メ)チッ

我が家も何度となく「ただの」だの「その程度」だのと、心無い言葉を言われましたが・・・。
その都度百倍返ししてやりましたわよ。ヾ(  ̄▽)ゞオホホホホホ
そして決め台詞は・・・「何ならあなた一人でおやりになったら?ワタクシお暇いただきます」ですぅ~。
2013年03月15日(Fri) 13:17
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オットは他人です。
嫁が何もかもして当たり前で、自分のしてやったことは過大評価。
私は実家父と重度障害者の弟を抱えておりますが
姑が認知症になった時、オット側の姉妹は「長男の嫁が面倒みて当たり前」な態度でした。
一度に3人抱えて爆発しそうでしたが
その時の大変さはオットにも小姑達も理解していません。
だ・か・ら
姑の通帳はすべて私の管理下に置きましたのよ。
文句は言わせませんとも!
2013年03月15日(Fri) 15:12
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私 確か 介護ベッドを二つ入れるというあたりから 日参を始め
(1人看てて倒れそうな私は この人は 正気でこんな事始めるのか!!と思いましたヨ)
そこからかなり ブログをさかのぼっても拝見しましたが
今 改めて 過ごされた大変な年月を眺め 心から敬意を表します

傍観する方々は 介護ベッドが並んで 車椅子が入って初めて
介護が始まった と思うんでしょうが
むしろ その前の方が本人含め誰にも 世話かけてるという自覚が
ないだけ 大変とも言える訳です

せめて そこんとこ分かって欲しいワッ!! (;`O´)oコラーソコノ…




2013年03月15日(Fri) 18:09
地雷爆発
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介護って一体何をもって介護って言いたいのでしょうかジャック様
他人である嫁が主婦をしながら生活面を介助して
食事から着替え全てを任せられて
しかも他人様のお尻洗いまでして
嫁だから無給無休
ヘルパー頼めば有給有休の仕事なのに
ジャックさん全国の介護している嫁の敵になりましたわ
我が家でそんなこと言われた日には私ストライキします
私の健康な身体返せってね
POTEさん鉄拳制裁物ですわ

2013年03月15日(Fri) 19:41
>ぽんぽこママさま
編集
「絵に描いたような幸せな家」
実際、そのようなお宅もあるのでしょうし、家族として一人一人がそうあるよう努力すべきですが、
案外、どこのお宅も似たり寄ったりの苦労や悩みを内包しておられると思います。
中身は違えど、背負っている重さは同じ ということでしょうか。

一般論ですが、お姑様にとってヨメは不出来なら不満、上出来なら不愉快と、所詮なさぬ仲の関係であることが多いようです。

しかし栄枯盛衰、奢れる者も久しからず。
時が移れば権勢誇ってた強気なラスボスもいずれは老醜の域へ。
百の詭弁より一の実績です。
その時まで賢く雌伏するべし。

コメントありがとうございました。
2013年03月16日(Sat) 23:03
>みかんさま
編集
実娘でもヨメでも、主介護者は体のいい雑役係ですね。

そう言うと、実子さん方から猛然と反論されますが、
「だって、オムツのお世話は出来ないから、それ以外で協力するって言ってるじゃない」
既に、その時点で「こいつら、やる気なし」ですよ(笑)。
ワタシも、出来ることなら、それ以外だけやりたいですわ。

腰の方は如何ですか。
痛みがあると疲れますし、気力も萎えやすいですから、お大事になさって下さい。

コメントありがとうございました。
2013年03月16日(Sat) 23:05
>かたくりさま
編集
12日間も発熱なさってたとは、おばあ様もお疲れだったことでしょう。
往診医や訪看さんが入って下さると、家族だけで看てるより風通しが良くなって、些細な衝突や言い合いが回避できる利点もありますが、人が来る以上、見える部分だけでも掃除しないといけないというプレッシャーが(笑)

うちは爺様が訪問入浴サービス受けてたこともありますが、初回、排水に浴室の排水口使用させて下さいと言われ、意味もよくわからず「どうぞ」と返事したら、排水口のふた開けられて、下のゴミ受けに髪の毛がいっぱいたまってるのを見られ、恥死しかけました。

2回目からは、髪の毛一本も見落とさず、漂白剤まで振り掛けてスタンバってましたけど、確かに準備仕事はやたら多かったですね。

今後は往診医、訪看、ケアマネさんと連携していくと思われますが、情報共有はかなり重要です。
言った言わない聞いてないも結構あります。
簡単な日誌(メモ書き)で記録しておくことをお勧めします。

コメントありがとうございました。
2013年03月16日(Sat) 23:13
>こらいおんさま
編集
わざと地雷圏にダイビングするクチです。
でもって、自覚なし。
どうもねー、ヨメには何言っても大丈夫とタカくくってるみたいなんですけど。

そのうち、地雷じゃなくてクラスター爆弾でも仕込んだろかと思っとります。

コメントありがとうございました。
2013年03月16日(Sat) 23:14
>トルーディミミさま
編集
兄弟は他人の始まり ですが、
夫婦は他人同士 以外の何ものでもありませんね。

「長男の嫁が面倒みて当たり前」という実子義務放棄する以上は、相続権なんか主張すんなよ と言いたいところですが、面倒なことはヨメに押し付け、もらうもんはしっかりもらえと、ハゲタカ推奨の我が国は高齢者問題なんか本気で考えていないのではないかという気にさせられます。

コメントありがとうございました。
2013年03月16日(Sat) 23:15
>TOMAMAさま
編集
>介護ベッド二つ
どこのどいつですか、そんな無謀なコトをしようって輩は(爆)

いやいやいや(照)、そら、ケアマネが立場逸脱じゃないの?というくらい頑強に駄目出しする訳です。
でも、肝心の実子さん達は「頑張ってね」と、観客席で旗振ってくれてましたっけ(大笑)
「一緒に頑張るから」って、…そゆこと?
(グラウンドに来いって)

コメントありがとうございました。
2013年03月16日(Sat) 23:16
>ツンデレさま
編集
オムツ替えは…介護ですよね。
着替え介助も、介護。
往診医の清算・処方箋受け取り、訪問歯科・訪問入浴・訪看のスケジュール調整、事前準備、情報共有も介護。
ケアマネ・レンタル業者との事務連絡も介護。
なのに、車椅子(うちの場合徒歩付き添い)で毎月内科と眼科と歯科と、必要に応じて皮膚科、耳鼻科受診が同居ヨメの仕事。

納得できませんっっっ(怒)

義親との同居で得したことだってあるだろう と仰る方に是非聞いてみたいもんです。
何と何と何がワタシにとって得だったんですかー?
(どう考えても、同居ばっくれて、ふた月おきに一家で遊びに来て、我が物顔で飲み食いして、トイレ自由に使って、小遣いたんまりもらって帰る人の方が得だと思う)

コメントありがとうございました。
2013年03月16日(Sat) 23:18












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