WINDING ROAD

在宅介護という名の過酷にして壮絶な終わりなき戦いの日々 自分の病気、ジツボとの関係 荒野に俺は一人だけ(笑)
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今日は風雄(仮名)さんの日

爺様は6人兄妹の次男でした。

昭和6年、爺様の3才上の長兄風雄(仮名)が肺を患い、18才の若さで逝去。

先代の婆様(爺様の母 婆様にとっては姑)によると、

色白で大変美男子の方だったそうで、勉強もよく出来て、スポーツも万能の、両親自慢の長男だったらしい。

何しろ、東京大空襲で家屋一切が消失しているので、残念ながら、その方を始め、爺様の幼少期や家族の写真は一枚も残っておりませんが、

風雄兄さんは亡くなる時も、取り乱しもせず、しっかりとした態度で家族を枕元に呼び、

一人一人に言葉を掛け、静かに息を引き取られたそうです。

で、ウチの、自宅から徒歩3分(近!)の菩提寺のお墓には、

爺様の両親(爺様父 昭和3没、爺様母 昭和43没)と、
風雄兄(昭和6没)、
同じく肺病で夭折した二人の妹(大正13没、大正15没)、
生後間もなく亡くなった小さい人(性別不明 昭和2没)が眠っておられるのですが、
(大正6年の妹さんから昭和6年の兄さんまで、数年おきに葬式出してたことになる)
(残された先代婆様の悲しみは如何ばかりかと)
(近所からは肺病持ちの家と陰口叩かれたこともあったというし)
(女は奥で家を守っていればいいという考え方の昭和初期の時代で、後家さんになって、
まだ若造の次男三男末娘抱えて、食べていかなきゃならなかったんだから)
(そーらあ、勝ち気で強情にもなるってもんだ)

先に申し上げた通り、東京大空襲の猛火に焼かれた墓石は、
年月を経る毎に痛みが酷く、

昭和の終わり頃(多分、ワタシがじゃっくさんと一緒になった辺り、昭和63~平成元くらいかと思われ)に、
爺様が新しい墓石を建て直し、両親達の法名と没年も彫り直してもらったのですが、

何故だか、
風雄兄の名前だけ
入っていなかった

という。
∑( ̄[] ̄;)!ホエー!!

依頼した菩提寺専属の石屋さんとは古くからの馴染みで、
墓石建て直しの前に、彫刻する法名の一覧を書き出し、双方で確認して、
建てた後も、お寺(墓所)に一緒に出向いて、彫刻の内容も確認し、その上で支払いを済ませ、
その後、お彼岸だ、お盆だ、法事だと何回も墓参りをして、

ある日突然、「おい、兄貴の名前が入ってないぞ」ということになったらしい。
( ̄Д ̄;)…ちょっ…
(何の為の確認作業なんだか)
(そういうところ、夫婦揃ってのんびり屋さんだからなー)
(大方、ろくに改めもせず、オッケーです とか言ってたんだろ)

その時点で、石屋さんに依頼して彫ってもらっても良かったと思うんだけど、

何しろ、信心深いというか迷信深いというか、面倒くさがり屋(多分これ)さんなので、

「中途半端に墓を弄って、誰かが死んだりしても嫌だし、
どうせそのうち自分が死ぬから、その時一緒に彫ってもらえばいい」
で、放置。お( ̄o ̄)い
関心無いこと、面倒なことはいつも丸投げか放置。
そのくせ、ひとたび「ワシがやらねばスイッチ」が入ると、後先顧みず突発しちゃう。
そーゆー人だったよなあ…


その一件をワタシが聞いたのは、まだワタシら息子夫婦が結婚して、2~3年目、平成2~3年辺りのことで、

爺様70代 守衛の日勤バイトに精を出し、婆様60代 学生寮の夜の賄いの仕事をし、やれ老人会の旅行だ、浅草の観音様のお参りだ、巣鴨のとげ抜き地蔵、靖国神社、宮城(きゅうじょうと読む 皇居のこと)に、一心講のお泊まりだと、何でそんなに過密スケジュールなんすかと思うくらい忙しく充実したシルバーライフを満喫してて、

老夫婦二人だけでも何の心配も要らなかった頃から、

時は流れ流れて、

平成10年、爺様80代、流石の健脚魔人も年相応に座骨神経痛や足の痺れに悩まされるようになり、
ある日帰宅した玄関前で転倒。大腿骨骨折、手術、入院。

てっきり同居すると(婆様もワタシも)思っていた義姉上は華麗にばっくれ、
じゃっくが同居を決断。
築35年の実家を、誰が車椅子利用になっても対応出来るようにとバリアフリーに建て直し、
(トイレ、風呂、洗面、廊下に至るまで)
(まさか、これほど有効に使うようになるとはゆめゆめ思いませなんだ 笑)

13年の諸々を経て、恐怖のダブル在宅介護という紆余曲折の艱難辛苦の果てに、
目出度く爺様を彼方へと送り出し、
il||li _| ̄|○ il||l 長かったよおぉぉーー

漸く、ここに、風雄兄さんの法名彫刻の機会を得るに至った訳でございます。

葬儀後、七七忌法要の相談でお寺さんを訪ね、その旨切り出したところ、
運良く、石屋さん(現在は息子さん)が作業に来ておられ、すぐ呼んで下さり、
事情を説明し、爺様と風雄兄さんの二人分の彫刻を依頼、
夫々の法名と没年のメモも渡し、名前の順番も確認。
(風雄兄さんは昭和6没なので、本来は昭和3没の父と昭和43没の母の間に入るべきだが、もうこの際、母の次に兄様、その次に爺様という順番で構わないということで落着)

トントン拍子に話しが進み、(*_ _)人アリガタヤアリガタヤ
無事七七忌には兄さんと爺様の法名の彫られた墓石で、爺様の納骨が執り行われました。

そして、今日は風雄兄さんの82回目のお命日です。

長らくお待たせしたお詫びかたがた、お花とお線香持って、お参りして参りました。
(婆様はデイでお出掛けなので、ヨメ単独)
(年末年始にはまた改めて墓参りの予定)
(ほら、ウチ、喪中なんで、初詣も行かないし)

今では爺様の兄妹で存命なのは、新潟の長女に引き取られた爺様の妹一人だけ。

彼岸の向こうで、両親兄妹揃って、久方ぶりの再会を喜んでおられるのでしょうか。

でも、お墓に入ってるのはお骨(形骸)だけで、おじーちゃん、まだウチに居ると思うんだけどなー。
居ない気がしないんですよね。

いつも婆様やワタシのこと、守ってやろうって気概を持ってた方だったから、
爺様も、風雄兄さんも、先代の人達も、多分ここに居るんだと半分信じてます。



つか、風雄兄さんにはもしかしたら毎日会ってるかもしれない。

というのはですね、
じゃっくさんて、爺樣方にも婆様方にも、親戚であまり似ている人がいないんですよ。

義姉上は先代婆様(この方は昭和43没なので、結構写真が残ってる)とそっくりなんですけど、

じゃあ、先代爺様にじゃっくさんが似ているかと言うと、そうでもないらしい(爺様証言)。
となると、ふと思ったのは噂の風雄兄さんで。

平均身長160という小柄な親族の中で、じゃっくさんは一人、頭ひとつ背が高く、目鼻立ちも濃い系で、
(新婚旅行でネパール行った時、入国手続きの外国人カード渡してもらえなかったことがあった 笑)
(コイツ、国内人か外国人か?て顔で見られたけど、係の人はカード出してくれなかった)
(ワタシなんか10m以上手前から、外国人カード示されて、こっちに並べって指示されましたよ)

案外、この顔は風雄兄さん(正しくは伯父さんだけど)なんじゃないかな〜って気がします。





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Comment

入れない
編集
私は親と苗字が違うので一緒の墓には入れないわ。一緒に入りたくもないけど。
墓には親不孝な長男夫婦が入ってるので一緒は勘弁だわ。
墓石に名前を彫るのも結構なお値段でびっくり。
毎日のお世話で手元が時間を動作を覚えてるからいなくなったような気がしないんでしょうね。POTEさん家の義父さんは幸せですよ。
2012年12月18日(Tue) 09:29
>みかんさま
編集
オムツ交換も、着替えも、歯磨きも、痰吐きも、飲水管理もなくなりましたから、在宅介護作業としては激減しました。
婆様は車椅子でも基本自立で出来る人なので、見守りという最も軽微な労働で済んでます。
去年あれだけ苦しんだ指の関節痛が無くなりましたから、如何に嫌々身体介助やってたかわかろうってもんです(笑)。
まあ、婆様が居るというだけでも、仕事はなくても時間拘束は相変わらずですし、爺様と違って、食後延々茶飲み話に付き合わなくちゃいけないという新しい負担は増えましたが、その分、ぽっかり穴があいたような空虚感はないですね。
三食の支度と与薬、10時3時のお茶、デイの準備、夕方の読経は今まで同様だし。
だから、爺様もまだ「居る」ような気がするのだと思います。

お墓は、ウチは子供も居ないので、婆様を送ったら本気で永代供養と、散骨について準備しなくてはと思います。

さっさと始末付けて、さっさと死んでおかないと、甥っ子や姪っ子達が困るでしょうから。

コメント有り難うございました。
2012年12月18日(Tue) 10:09
編集
ワタクシ日本の空港で「外国人はこちら」と誘導されました。
赤いパスポート振りかざしてたのに・・・。(;´д`)トホホ

POTEさん、いい供養をなさいましたね。
きっとご先祖様もお喜びかと・・・。
爺様ともどもお守りしてるかと・・・。(_ _(--;(_ _(--; )うんうん
2012年12月20日(Thu) 09:55
>こらいおんさま
編集
供養って何なんでしょうねえ。

生花を絶やさず
朝な夕なにお線香上げ
朝は一番茶
夕方は炊きたて仏飯を供え

婆様が居るから、そんな殊勝なコトもしてますが、本来、供養なんてのは生きてるモンが自分の為にするものだと思ってますので、いずれ放置になると思われ。

御先祖の居ない人間は居ないんだよと、婆様は不心得な鬼嫁を改心させようと、お墓参りだの、合掌だの勧めて下さいますが、その行為にどれだけの意味と意義があるのか、甚だ懐疑的です。

「御先祖様が護って下さったから、お爺ちゃんも大往生出来たんだから」
…ぴき…っ(聞かなかったことに聞こえなかったことにひーひーふー)

コメント有り難うございました。

2012年12月22日(Sat) 20:14












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