長らくお待たせ致しました。

爺様の看取りの記録です。

もっと早く記帳しなければいけなかったのですが、通夜葬儀後の方が忙しく、
漸く諸事が片付きだした頃には、今度はワタシが疲労蓄積で、例の如く寝ても寝ても疲れが取れず、
そこへ持ってきて、婆様の意向で納骨・四九日法要は極内輪の身内だけで、ということになったまでは良かったのだけれど、

法要後の会食を自宅でと言われた途端、ゆったりとお斎を頂く夢は無惨に打ち砕かれ、必殺配膳人の勅命下知に、
よほど本音は拒否ってたらしく、口内炎はできるわ、更年期のホットフラッシュは酷くなるわ、妙な息苦しさは続くわで、心不全で死んじまうんじゃないだろかと思ったりして、久々にレキソタンのお世話になったりしてました。
(乾杯用のビールに、お茶に、おつまみに、茶菓子に、食後のフルーツ…ブツブツ)
(調子こいた婆様が、煮物とサラダくらい作ろうかとか抜かしあそばしたので、即却下しますた)
(作ろうかって、作るのワタシですよね。食材買って来て、切って、盛りつけして、お出しして、後洗い物するのもワタシですよね)
(役所手続きから、年金手続き、死亡保険金請求、塗り位牌発注、喪中欠礼発注、返礼品リスト作成、菩提寺との打合せ、石屋さんの依頼、法要引き物手配まで一人でこなしてるワタシに、この上煮物とサラダを作れと?)
(ワタシ、爺様逝去以来、無休連勤状態なんすけど)
(納骨まではお爺ちゃんはここ(家)に居るから、ショートは行かないっつーから、オムツと着替えとトイレ介助は無いですが、それでも三食と食後の茶飲み話傾聴と、細かい指図にも従って(たまに拒否ってますが)ズーーーーッと婆様の世話してるんですけど)
(このままじゃ、ワタシが過労で死にます)
(誰か代わってくれーーーーー!!!)
(せめて法要会食は、やっぱり料理屋とかホテルでやりたかった
(でも、婆様はよそでやるのは嫌だっていうし)
(自宅ならトイレも車椅子で自由に使用出来るし、疲れたら部屋に戻って直ぐベッドに入れるしね)
(は〜〜〜……)

まあ、それはともかく、

あまり壮絶な状況にも陥らず、
律儀で、侠気に溢れ、紳士的で、恥ずかしがりだった爺様らしい颯爽とした最期でした。

なるべく感情を排し、事実のみを記したつもりですが、時折毒気も漏れてます。(笑)


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *



8/27月~9/5水 老健のぞみ(仮名)ショート利用。

9/10月 ウテナ江戸川(仮名)デイサービス利用。午前午後1時間ずつ臥床。体重測定42,9キロ。春以降、体重減少続く。

9/12水 ウテナ江戸川(仮名)デイサービス利用。午前午後1時間ずつ臥床するも、軽体操、健康体操には参加。

9/14金 往診内科医による高齢者健康診断(採血)。
N医師に、お爺ちゃんは100才まで行きそうですねと言われ、思わず笑顔が引きつる鬼嫁。

9/17月 ウテナ江戸川(仮名)デイサービス。午前午後1時間ずつ臥床。敬老の日ということで昼食はお赤飯。2/3食了。

9/19水 起床時オムツに排便あり。ウテナ江戸川(仮名)デイサービス。午前午後1時間ずつ臥床。食事全量食了。テーブルホッケー楽しむ。

べんべんも至極快調で、どうやら無事夏越えも出来たようだし、来月の誕生日で目出度く96才。
次に目指すのは年越えか〜。
このまま、ほんとに100才まで行っちゃって、区長さんが色紙と記念品持ってお祝いに来るのかもと、内心微妙。

9/20木 
まだまだ残暑厳しい頃で、日中は冷たいものが食べたい(つか、作る人間が、冷たいもんくらいしか用意出来ない)陽気。
昼食はお爺ちゃんの好きな抹茶入りざる蕎麦。いつもは食事が進む毎に、上体が左側に傾いていって、口に運ぶより床に落とす方が多いくらいなのに、珍しく食べこぼすこともなく、上体が左側に傾くこともなく、上手に完食。
午後15時のおやつフルーツとお茶を挟んで、殆ど臥床。
夕方、仏壇に向かって読経。
夕食のテーブルにつくも、食欲無く、食べずに就寝。

9/21金 起床時オムツ内排便 中量(+)。リハパン交換、着替え、洗面いつも通り。
朝食普段より時間が掛かり、何となく食べずらそう。
鼻水が出るので、風邪薬アスゲン新感冒錠服用。
     8:50 37.2℃
     10:00 37.5℃
婆様に訪看。問診(茶飲み話)の最中、爺様の顔色が変わったような気がする。
喉が渇いたのかと呼びかけるも、応答無く、俄に全身痙攣始まる。
顔色悪く、苦しそうに「死んじゃう」と呟く。
訪看が血圧、脈拍取るが低くて取れず。
検温は37℃以下。
便失禁2回。
痙攣40分ほどで治まる。
     11:30 訪看辞去後 39.7℃ オムツ交換(訪看に手伝ってもらえるかと思ったが、次の利用者さんの時間が迫っているとかであっさり逃げられ、一人で交換)
     14:00 37.9℃ 発汗多量
     16:00 37.8℃ カルピス3口飲水
まだ事情を知らないケアマネs氏から、次回ショートの連絡来るが、発熱中につき辞退。
     19:00 食事出来ず。オムツ夜セット、パジャマ着替え。上体起こすと、鼻水が垂れる。風邪か?
     就寝。
婆様だけの夕食。
取り敢えず、様子見。
今後熱が下がらなければ、往診を頼む。
更に、まずは回復を第一に目指すけれど、万一、状態が更に悪化した場合、病院搬送はせず、この家で見送りたい旨、婆様と確認。

9/22土 6:30 37.7℃ 呼びかけには良反応。シャッターを開けると、朝日が入り、室内が明るくなるのを喜ぶ。
        8:30 38.1℃ カルピス50cc 下着シャツ交換。
    12:40 37.9℃ 婆様の昼食を先に済ませ、食べられそうなものを用意するが、ヨーグルト バナナ薄くスライス3枚が精一杯。
    14:20 39.0℃ オムツ交換 排尿殆ど無し。
    15:40 38.6℃ 
    18:00 39.3℃ お粥3口 解熱剤カロナール2錠服用 コップから飲めず吸い飲み使用。
19:00 カルピス20cc 身体小刻みに震える 振戦?
    22:00 39.0℃ 唸り声(呻き声?)上げ続ける。

9/23日 6:30 37.5℃ ポカリスエット2口
      8:30 37.6℃ ヨーグルトミニカップ1/2 ポカリスエット50cc
    10:00 休日当番医だったN医師に相談、
先週の高齢者健康診断 血液検査では腎機能も良好な為、強めの抗生剤で短期で体内菌を叩くこととする。
抗生剤クラビット500mg処方
    12:00 お粥3口 バナナ2口 ポカリスエット50cc
事前に、爺様が発熱していること、婆様は皆とのお彼岸宴会を楽しみにしているが、爺様の具合が悪いので、申し訳ないがワタシはいつものような会食支度が出来ない旨メールしておいたので、
義姉上夫妻が宴会用寿司パックやサラダ、お爺ちゃんが少しでも食べられるようにプリン持参で来訪。
直後に爺様が激しい全身痙攣、呻き。
苦しさからか、歯を食いしばっていて薬が飲ませられない。

なかなか薬を飲ませようとしないPOTEに苛立ったか、
義姉上「後ろから背中を支えて起こすから、それで、薬を飲ませたらどう?」
起き上がれないから、薬が飲ませられないのだと思ったらしい。
POTE「電動介護ベッドですから、起き上がりはボタン一つで出来ます。姿勢の問題じゃないんです。熱で苦しいから、歯を食いしばっていて、口を開けてくれないので、薬を飲ませられないんです」
義兄(義姉上夫君)「身体を擦ってあげよう。少しでも楽になるかもしれない」

で、義姉上と義兄が爺様の足を擦ってくれたんだけど、義姉上、動揺してるのか、指圧とか整体マッサージみたいな強めの擦り方するので、おいおい、高熱で唸ってる病人にそんな強い擦り方すんなよと突っ込もうとしたら、
義兄がもっと優しく撫でてやるんだと、自ら手本を示して、優しくソフトタッチで爺様の身体を擦ってくれた。

その甲斐あってか、苦しげに口を食いしばっていた爺様の身体から若干力が抜ける。
今だ!と、電動ベッドの頭側を上げ、上体を起こし、クラビットを口中に入れ、吸い飲みで水を飲ませる。
ベッドを戻し、様子見。
墓参りや婆様とのお喋りどころではなくなり、義姉上夫妻に21金以降の状況を簡単に説明。
義姉上夫妻が買って来てくれた寿司とサラダで簡単に昼食。
正直こっち(恐らく義姉上夫妻も)は会食どころではないが、娘夫婦が来てくれた嬉しさで婆様は爺様そっちのけ(多分、現実逃避っつーか、爺様重篤状態の現実に耐えられず、敢えて眼を背けてる感じ)で上機嫌。

    14:45 40.5℃ 婆様大盛り上がりの隙に検温、解熱効果を期待していたが、それどころか40℃越えに仰天。再度N医師に電話相談するも、様子見結論。
    16:25 38.5℃ オムツ交換 排尿中量(+)ポカリスエット20cc
    18:25 38.1℃ 手先等末端部位は熱感あるも、体熱は幾らか下がった感じ。

9/24月 6:40 36.7℃ ポカリスエット2口 
    7:30 ヨーグルト2口 バナナ一口 クラビット500服用 下着交換
    9:00 37.6℃ ポカリスエット2口
   12:00 37.7℃ ポカリスエット2口

午後、流石に心配になった義姉上が続けて来訪するも、大きく変化無し。

    13:00 ポカリスエット50cc 卵豆腐一口 水ようかんカップ1/3 左臀部に発赤(床ずれ?)
    15:00 38.0℃ カルピス2口
    18:00 36.0℃ 冷や奴3口 水ようかん2口 ポカリスエット50cc
19:00 37.5℃ 就寝

9/25火 6:30 38.1℃ ポカリスエット3口 クラビット500 
    8:30 38.1℃ ヨーグルト2口 バナナスライス「固い」ので拒否 ポカリスエット3口
便止まっているのでマグラックス服用。
     10:00 37.1℃ 下着交換 ホットタオルで上半身清拭
     12:00 37.5℃ ヨーグルトミニカップ1/2 水ようかんカップ1/3 ポテトサラダ2口 ポカリスエット50cc
15:00 37.8℃ ブドウピオーネ「果肉が口に残って」ダメ ポカリスエット50cc
18:00 お粥かなり柔らかく潰して煮たがダメ 冷や奴3口 水ようかん3口 ポカリスエット50cc

熱は37~8℃台で推移しているが、反応は良くなってきている感触。
久々にお経を上げるというので、車椅子に移乗。
殆ど全介助で、エラい労働でしたが、読経は出来ました。
(流石に声は弱々しかったけど、まあ発熱と食事量の少なさからすれば致し方の無いところか)
このまま熱が下がって、回復に向かってくれればと思う反面、折角川面に近付いていたのを、力づくで引き戻してしまったようで、良かったのか悪かったのか、正直墓穴を掘ったと言うか、自分で自分の首を絞めてると言うか、やっちまった感あり。
じゃっくにそう告げたら、「まだ『中治り』の可能性もある」と微妙な慰め方をされた。

9/26水 6:30 37.0℃ バナナすり下ろし3口 ヨーグルト3口
    9:00 36.7℃ ポカリスエット50cc クラビット500

    11:45 37.1℃ 裏ごしカボチャヨーグルトまぜまぜ2口 肉豆腐の味しみ豆腐 ポカリスエット50cc
初めて「美味しかった」の感想。
これで少し食欲が戻ってくれるかと期待。
POTE「心配したんだよー。これからちょっとでもご飯食べて下さいねえ」とベッドの上にかがみ込んだワタシの顔を両手で包み、嬉しそうに、
爺様「私に、こんな良い娘が居たなんてねえ」



…娘じゃないけどね
…鬼嫁だけどね
…ワタシも嬉しかった

     13:00 オムツチェック 排尿無し?
     15:30 37.6℃ 排尿量中(+) 尿色きれい 13:00で排尿無しだと思ったのは綺麗だった為か?
     16:30 36.6℃
     N医師と相談。クラビットは30(日)迄服用。床ずれの発赤が出ており、栄養補助飲料エンシュアリキッド3食7日分処方。


起床時は平熱近くまで下がるが、時間の経過と共に上昇。
高熱ではないが、さりとて安心出来るような数字ではないし、何より食欲が戻らないのが気に掛かる。
この日もお経を上げるかと訊ねると上げるというので、何とか車椅子に乗せ仏壇前まで連れて行ったが、目眩がするのか手で額を押さえたままで、本人も読経しようという気持ちはあるが、お経がまるで出て来ないので、これはもう無理と即ベッドに戻す。

9/27木 6:30 36.4℃
    8:30 冷凍トマトすり下ろし+ヨーグルト2口 バナナすり下ろし2口 エンシュア2口 スポドリ50cc クラビット

入歯を痛がって直ぐ外す。食事摂取量の激減で、加速度的に痩せたため入歯が合わなくなってる?

    12:00 尿量 中
    13:00 37.4℃ すり下ろしリンゴ2口 冷凍トマトすり下ろしヨーグルト2口 エンシュア30cc

義姉上来訪。
爺様の状況変化無し。とういうより、何も改善されていない、どちらかと言うと厳しい状況になりつつある。
いつ入院させるのかと訊ねられるが、婆様とも話し合い、今更、検査で弄られ、管で繋がらせたくはない。
回復を願っては居るが、それがダメなら、敢えて治療行為はせず、このまま、大好きだったこの家で終わらせたい旨伝える。

     15:00 37.5℃ スポドリ2口 表情渋面多し

義姉上辞去の際、爺様に「また来るね、ちゃんとご飯食べるんだよ」と声をかけると、
軽く頭をもたげ、両手で義姉上の手を包み、「わざわざ来てくれて有り難う、気を付けて帰るんだよ」
これが、義姉上が父親と交わした最後の会話となった。

     18:00 37.5℃ 着替え時に背中と尻右側にもⅠ~Ⅱ期前半の床ずれ認める。

その晩、帰宅したじゃっくまでが、医療処置で回復出来る可能性があるのなら、入院という選択肢もあるのではないかと言い出す。

…もー、皆、いよいよって肝心な時に、気持ちがブレだしちゃうんだからー。
(つか、血を分けた肉親として当然の動揺か)
(一貫してブレない(いや、実はちょっとは揺れてますたけど)ワタスの方が冷血人非人なのか)

確かにワタシは医療専門職ではないけれど、実父が肺ガンで最後の入院した時、担当医は入院直後と臨終の後くらいしか顔を出さず、点滴も栄養経管も申し訳程度で、時間毎に看護師が来て、呼びかけをして、検温して、オムツ交換するだけだった。

恐らく、今、入院したところで、実父の時同様、病院がしてくれる医療行為は何もない。
せいぜい、生理食塩水でも点滴して、息を引き取るまで置いてくれるくらい。
病院に入れたら、どこの病院になるかにもよるけれど、婆様抱えてる身ではそうそう面会にも行けなくなる。
臨終の瞬間に家族は誰も立ち会えないかもしれない。

今まで何度となくあった、奇跡のような回復は、今回もうないと思う。
点滴や栄養注入で現状から僅かに軽快する可能性はなくはないけれど、それは単に今の状態を先延ばしにするだけで、また早晩同じ状態に戻ることは明らか。
それは爺様の苦しみを徒に引き延ばすだけでしかない。

何度も思わせぶりで結局来なかった迎えの船が、今度こそ、そこまで来ているのなら、病院に入れたりせず、大好きだったこの家の自分の部屋から、滞りなく爺様が旅立てるよう、力を尽くすのがワタシ達家族の為すべき唯一の努めだと思う。

保護責任者遺棄致死の罪に問われることがあるかもしれない。
義姉上やその子供達から責められる事もあるかもしれない。
だとしても、ワタシは爺様をこの家から出すことには、断固反対します

それに対し、じゃっくがどう感じていたのかはわからない。
でも彼は、ただ短く、わかったと返答し、それきり入院のことは口にしなかった。

9/28金 6:30 37.4℃ 飲水一口 嫌がる素振り リンゴすり下ろし エンシュア スポドリ微量(吸い飲みからスポイト使用に移行) クラビット
訪看来訪。
傍目にも、明らかに痩せ、衰弱した爺様に、「あら…急に痩せちゃったね…」
現状を説明し、救急搬送無し、入院無し、自宅看取りの方向で行きたいことを告げる。
それでも、60年も連れ添った夫に、「その時」が迫っていることに動揺が隠せない婆様に対し、

訪看「もう良いんだよ。寿命のまま、行かせてあげるのが自然の成り行きなんだよ。邪魔しちゃいけない」

と涙ながらに優しく色々話しをして下さり、そのおかげで、何とか婆様も覚悟が出来た様子。

    12:00 37.3℃ リンゴすり下ろし エンシュア スポドリ微量

ケアマネs氏から、ターミナル体制を含む訪看導入の申し入れあり。
週明けにも、内容確認と契約の時間約束。
    
     13:30 37.9℃ オムツ交換 尿量中 
臥床のままパジャマズボンを引き下げると痛がる 床ずれが進んだ? 
オムツ交換時には痛みの訴え無し

この日も義姉上来訪。
手伝うから爺様の下着を着替えさせようというので、今までの被りのシャツでなく、前開きのシャツと新しいパジャマを着せるが、爺様は上体を起こしていられない為、POTEがベッドに乗って、自分の身体(腹)を背もたれにして、爺様を寄りかからせ、着ていたものを脱がせ、新しい下着とパジャマ上着を着せる。
手伝う筈が、義姉上は傍で立って、はーとかへえーとか言って見ているだけで、結局ワタシ一人が汗だくで全介助作業してるので、上だけでへばり、ズボンはパス。
上下違うパジャマだけど、また次の機会に着替えさせることにする。

さすがに、自分も何しなければいけないと言う気持ちになったのか、またしても
義姉上「何も出来ないけど、出来るだけのことはしたいので、私に出来る事があれば言って下さい」と申し出られる。

お気持ちは有り難いのだが、ハッキリ言って、根本から認識を変えて頂く必要がある。
で、言いますた。いや、そんな酷い言い方してませんけどね。

POTE「無理です。ワタシの力になって下さろうと言うお気持ちは有り難いですけれど、ことここに至っては、何かして頂くと言っても、一人引き取って頂くとか、そういう大きい話しになってしまいます。そうなれば、お金のことや、住民票やお婆ちゃん達が受け取っている年金のことも関わってきますし、お義兄さんやうちの人の合意も取らなければなりません。生活そのものが変わる話しです。それが簡単なことだとは思っていません。しかし、もう、それくらいのことでなければ、ワタシの負担減にはなりません」

まさか、そんな要求突きつけられるとは思わなかったようで、黙り込んでしまわれました。

まー、ダブル介護選択したのはワタシですけどね。
今更、一人引き取れなんて無責任なコトいうくらいなら、始めっからダブル引き受けたりするなって話しですが。
(だって、当初、仕事辞めて手伝いに来るって言ってたし)

弟嫁の意地と奮闘に甘えて、一切丸投げしてきた人に、安売りのティッシュBOX買ってもらったり、大正生まれの年寄りにエクレア買って来られたり、んな小手先の手伝いされたところで、嬉かありませんから。
(最近は、ワタシが在宅介護続けられるよう、どこぞの宗教(別に怪しげなところでは無さそうですが)に入って、一生懸命お祈りして下さっているらしい)
(いや、お祈りより、ワタシや爺婆様が必要としてるのは実働です)

    18:30 37.6℃
この日も微熱継続のまま。
ホットタオルで身体清拭。臀部のみならず上半身肩甲骨部にも床ずれらしき発赤認める。
脱水並びに栄養状態悪化、体位変換無し。褥瘡発症の条件が揃い過ぎる。
救いは本人から痛みの訴えが無いことくらい。
清拭後、布団をかけ直し、おやすみなさいと声をかけると、「ありがとう」と返答。
これが、ワタシが聞いた爺様の最後の声だった。
就寝。

9/29土 6:30 39.2℃ 呼びかけに応答無し 呼吸荒い 尿量中
顔、首周りは発熱で熱いが、指先が冷たくなっている。
     9:00 39.3℃ 呼びかけに応答無し 

婆様はデイサービスに出掛けることに躊躇いがあったものの、9月末とも思えぬ連日の猛暑で、お風呂には入りたいということで、デイサービスフラワーカントリー(仮名)へ。
連絡帳には、爺様の体調がかなり厳しいこと、万一の場合は早退させて欲しい旨記入。送迎スタッフにも改めて依頼。

婆様のベッドに腰掛け、爺様の様子を見守る。

10:00 N医師に午前診療終了後往診依頼。 外来終了しないと先生は来られないので、先に採血で看護師来訪。

2週間前にドクターに帯同して高齢者検診に来て下さった看護師さんなので、わずかな日数での爺様の激変に驚いた様子。

看護師「いつからこんな?これじゃ、今日か明日かって感じだけど」

…やっぱりー?

月曜からターミナル訪看入ってもらうんだけど、間に合うのかな。

で、採血にトライ。
もともと血管弱ってるところに持って来て、このところの衰弱と脱水でなかなか取れず。
反対側の腕から採血出来るかもと、壁際からベッドを動かしていたら、車輪がコードを踏み越え、ベッドががたんと弾み、驚いたように爺様が頭をもたげる。
ごめんごめんと謝ったら、また目を閉じ、荒い息に戻った。
採血3回目で漸く成功。

一連の様子から看護師さんが「入院だね」と言うので、
入院はさせない、この家から送り出すと話すと、静かに頷き、

「御家族にその決心が出来てるなら、その方がいいね。点滴するとね、ぶよぶよしちゃって綺麗じゃないのよね。でも、この状態じゃあ、どこにも出られないね、大丈夫?」

午後には義姉上が来ることになっていたし、その長男も見舞いに来ることになっていたので、昼一食くらい抜いたところで、その後、誰かと交替出来るだろう。
夕方には、入浴サービスを受けた婆様も今日だけなるべく早い便で帰してもらえるようお願いしたし。
「土曜なんで、患者さんがなかなか終わらないかもしれないんですけど、出来るだけ早く来るように先生に伝えておきますから」

ありがとうございます。
でも、多分、先生に来て頂いても、して頂くことって、もうかなり絞られてきたようです…

    12:05 爺様の利用するデイサービスウテナ江戸川(仮名)相談員から、お見舞いの電話。

籍を残したまま、3ヶ月の病欠扱いが可能なので、それでお願いするも、おそらく再度利用は限りなく難しいことは、相談員の人も予想しているような雰囲気。

電話を切り、和室に戻る。

POTE「ウテナ(仮名)さんから電話があったよ。
皆がお爺ちゃんのことを心配してるよ。
でも、もうどこにも行かなくて良いよ。
ここに居るよ。
お爺ちゃんが大好きだって言ってくれた、この部屋にずっと居て良いからね」

と語りかける。

婆様のベッドに腰掛け、爺様の荒い息遣いを聞きながら、この呼吸音を一晩中聞いて夜を過ごす婆様の心的負担を思い、臨時で婆様だけショートに行かせるべきか、でもそれだと肝心の臨終の場に間に合わない、それは本末転倒。
とにかく、婆様に手を取られ、義姉上や孫に囲まれ、息を引き取ると言うシチュエーションを実現する為に鬼嫁は踏ん張っているのだし、等々、

色々考え過ぎて疲れて、少しうとうとする。
ふと目が覚め、爺様の方を伺うと、

突然、あくびをするような大きな息を2回。

チェーンストークス?と慌てて腰を浮かした途端、目の前で呼吸が止まった。

時刻はPM12:15。





ランキング参加中
よろしければクリックを
にほんブログ村 介護ブログ 在宅介護へ
拍手して下さるアナタに感謝
POTE
Posted byPOTE

Comments 12

There are no comments yet.
ツンデレ  
御身体大丈夫ですか?

ブログを読めば読むほど壮絶な闘いをなさったんだと案じてます

事細やかに最期の日々を淡々と書かれていることに頭が下がります
ほとんどが客観的にこれから自宅ターミナルケアを考えられてる方に
事実を記録され参考になるように記録してあります
これを書かれるのにどれだけ苦しまれたのでは?と感じてます
毒気と最初に書かれてますが全く毒気は無いじゃもなく
いや介護として常識ない実家族の浅はかさしか見えない記録になってます
惜しむらくはジャックさんがもう少し側にいて補足してくれればPOTEさんがここまで苦しまなくても良かったのにと
新ためて家族の意識が大切なんだと気づかされました

しかし私も四十九日に当たる儀式を自宅で行いましたがやっぱり大変でした
鬼嫁としては次、義〇の時はどこかでホテルかお食事処でやってやる~

まだまだ心の疲労が取れてないご様子ですが
亡くなられた義父さんも感謝の気持ちしか無かったはず
こんな良い娘がいたんだ
あの言葉には嘘は微塵も無かったと
お嫁さんから娘になったその瞬間だったと
優しい娘さんに看取られて静かに旅立つ事を選ばれたんだと思います

本当にお疲れ様でした

2012/10/28 (Sun) 07:45 | EDIT | REPLY |   
みかん  
ご苦労様でした

一人でよくぞここまで頑張りましたね。
家から送り出す壮絶さをしみじみ感じました。

母親は施設で亡くなりましたが、父親がどうも家からになりそうでちょっと不安です。
POTEさんがご苦労されたように私にものしかかってきそうです。
ここまで冷静に介護の様子を記憶されてるのにも驚きです。
年末には一周忌をしなくてはいけないので、お寺、後の食事会、そろそろ予約に入らなくてはならなくなりました。
POTEさん、どうぞお体だけはいたわってくださいね。

2012/10/28 (Sun) 08:38 | EDIT | REPLY |   
TOMAMA  
ありがとうございました

まだまだお疲れだと思いますのに
後に続くものたちに 詳細な記録を本当にありがとうございました

私の母は老健におりますが 7月に発作を起こし 救急車は呼んだものの受入先がなく
そのまま 老健に戻した際に『ターミナル契約書』にサインしました
この先は何かあっても入院をさせず 施設で看取るというものです

その事の本当の意味を今 ブログを拝見して知りました
私もその時 POTEさんのように 揺るがない決意をしなくてはと思っています

まだ残る方がいて 本当には休めないでしょうが どうか少しでも心と体を休められますよう祈っております

2012/10/28 (Sun) 16:54 | EDIT | REPLY |   
こらいおん  

お疲れ様でした。
来たるべき近い日に備え、何度も読み返させていただきました。

爺さまの最期のお言葉・・・すてきです。
お人柄でしょうね。(T-T) ウルウル

2012/10/29 (Mon) 03:29 | EDIT | REPLY |   
山田あしゅら  
お疲れさまでした

更新されているに気づき
(アメブロは他社ブログの更新が分かりづらい仕組みになってしまって…怒)
読み始めたのですが
これは片手間に読む記事じゃないと思い
時間を改めて姿勢を正してから拝見させていただきました。
お爺様がPOTEさんに最後に投げかけた言葉と
POTEさんが最後まで自宅からの見送りを全うされた真意の箇所は
思わず涙が…。

外野が立ち入ることのできない
POTEさんにしかできない見送りだったと
改めて感じました。
書いてくださって本当にありがとう。

まだまだお忙しい毎日が続くかと思います。
どうかくれぐれもご自愛くださいね。

2012/10/29 (Mon) 09:42 | EDIT | REPLY |   
picco  

産まれ来る時も最期の時も、皆本当にそれぞれなんでしょうね。
超ご高齢のお義父さまは、おそらく私の母の最期と同じような最期だったと
勝手に思っておりました。

1年前、在宅で看とる覚悟であるならば
「慌てない。救急車は呼ばない。それをした途端、ここまでがんばったことが全てフイになる」
と看護師さんに言われました。

その後、母はそれこそ枯れるように、徐々に弱っていったので、
終末を迎える覚悟(のようなもの)ができる時間をくれました。

でもお義父さまのように熱や痙攣などが起こったら、、、
看護師さんの指示どおり、慌てず救急車も呼ばず…
という対応ができたか、自信がありません。

それができたPOTEさんは素晴らしいです!
また、日々をほんとに一所懸命お世話されたからこそ
その決断もできたのだと思います。

そして最後に、役に立たないお義姉上にバァ〜ン!と言ってのけた
POTEさんはほんま、アッパレです!!!

2012/10/30 (Tue) 00:22 | EDIT | REPLY |   
POTE  
>ツンデレさま

誠に有り難い言葉を貰いました。
ま、ただ、それで3年間のダブルの苦労、7年間、車椅子押してきた中でのあれやこれやが、すぱーっと昇華したかと言うと、それがなかなかそうならないところが、ワタクシの未熟で狭量さですが(笑)

とりあえず、納骨が済めば、かなり気は楽になりそうですが、何しろ、婆様があれこれ采配振りたがるもんですから、大変です。

寂しさからなんでしょうけれど、食後の度、30分舌好調茶飲み話を辛抱強く傾聴するので、疲れが一向に取れません。

コメント有り難うございました。

2012/10/30 (Tue) 20:59 | EDIT | REPLY |   
POTE  
>みかんさま

往診医や訪看やケアマネ、施設連絡帳との正確な情報共有の為に、体調不良時の検温や食事量、排泄状況は必ずメモするようにしていました。

今回は事態がワタシの予測を越える早さで進展していましたので、殴り書きのようなメモで、あとで判別するのに苦労しましたが、記録しておくというのは色々後で役に立ちました。

年末の法事は会場予約も早目になさらないと希望の日時が取れないのではないでしょうか。
年の瀬だけに気ぜわしいことですが、三回忌あたりまではきちんとやらないといけないようですし、大変だと思いますががんばって下さい。

コメント有り難うございました。

2012/10/30 (Tue) 21:07 | EDIT | REPLY |   
POTE  
>TOMAMAさま

爺様を自宅で看取ったことに後悔は微塵もありませんが、振り返ると反省することばかりです。
ただ、ワタクシの場合は運良く自宅看取り出来ましたが、夫々のお宅ごとに事情は異なりますし、ウチの看取りが正解だという訳でも無いと思います。
病院で送って差し上げた方が良い場合も勿論あるでしょう。
主介護者のみならず、本人も家族も皆が納得出来る形であることが望ましいですが、難しいですね。

コメント有り難うございました。

2012/10/30 (Tue) 21:14 | EDIT | REPLY |   
POTE  
>こらいおんさま

気短かで、思ったことは直ぐ口に出しちゃうし、自己中心的で、時代錯誤で、苦手だったんですけどねー。
でも、侠気があって、普段は温厚で、施設でも人気者だったんですよ。
あんまり身勝手なこと言うんでブチ切れて、襟首引っ掴んで、怒鳴り付けたこともありましたっけ(遠い目)。
金輪際、世話なんかしない。車椅子でどっか遠くの雑踏のど真ん中で置き去りにしてやるー!!なんて思ったことだって、何度もあります。
それでも、動けずにいればすっ飛んでって助けちゃうし、痛がってれば擦っちゃたりしましたねえ。
きっと、こらいおんさんもそんな風に、G様と日夜接しておられるんだと思います。
取り敢えず、爺様は送りましたが、まだ婆様が居るので、当分介護から足は洗えないみたいです(笑)

コメント有り難うございました。

2012/10/30 (Tue) 21:24 | EDIT | REPLY |   
POTE  
>山田あしゅらさま

婆様や義姉上が病院に入れさせたがるならまだしも、じゃっくさんが言い出した時は、やっぱり自宅看取り=無為に死なせる罪悪感みたいなものがあるのかと思いました。
気持ちは分かるけど、でも、皆、逃げずに爺様を送り出してあげようよ という思いで、頑として入院案は拒否してしまいました。
それで良かったのだと思いますが、婆様をデイに行かせるんじゃなかったとか、義姉上にもっと早く、朝一にでも来るよう言ってあげれば良かったとか、反省ばかりです。

コメント有り難うございました。

2012/10/30 (Tue) 22:26 | EDIT | REPLY |   
POTE  
>piccoさま

>慌てない。救急車は呼ばない。それをした途端、ここまでがんばったことが全てフイになる

まさしく、ワタシの思いも、その言葉に集約されます。
戦争で、お国の為に外地に派遣され、終戦後の焼野原に帰国、働いて働いて、怪我や病気、鬼嫁(笑)に悩まされながら、家で過ごすことだけを望み続けていた人です。

孫も抱かせられず、優しくて気だてに良い嫁にはなれなかったワタシが爺様にして差し上げられるのは、在宅で看取ることくらいしかありませんでした。

義姉上はですねー。
おかず作ってきてくれとか、そういう申し出を期待されてたみたいなんですが、残念ながらそうゆう小手先のなんちゃって役に立つ人を容認する余裕は、あの時のワタシにも無かったので(笑)
でも、あの方も「自分なりに頑張った」自負があるようです(え?そーなの?)

コメント有り難うございました。

2012/10/30 (Tue) 22:42 | EDIT | REPLY |   

Leave a reply