WINDING ROAD

在宅介護という名の過酷にして壮絶な終わりなき戦いの日々 自分の病気、ジツボとの関係 荒野に俺は一人だけ(笑)

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帰りたいと言われても

ソリタ(生理食塩水)とアミノ酸たっぷり点滴してもらった甲斐あって、入院3日目辺りから大分爺様の様子も落ち着いて来たんだけど、そうすると今度はやれ点滴の針が痛いだの(治療です)、ベッドが狭いだの(病院です)、部屋が暑いだの(全館暖房です)文句たらたらで、揚げ句の果ては、何にも治療しないで(だから、点滴が治療なんだって)、おむつにされて(だって痛くてまだ歩けないでしょーが)、こんな部屋に放っておかれるんだったら、家に帰って寝てても同じだからもう帰るとか言い出して、宥めるのが大変。

だって爺様、骨盤割れてんだよ。
何にも治療してないって言うけど、点滴してもらってるから、これだけ回復出来たんじゃない。
病院に居れば、看護師さんやケアヘルパーさんに、検温、血圧測定、おむつ交換から身体清拭まで至れり尽くせりしてもらえるけど、家に帰ったら婆様と嫁しか手数ないんだから、ここでしてもらってるような訳にゃいかんのですぜ。

我が侭言わないで、もちょっと病院で大人しくしてて下さいよ~。
爺様不在の間しか食べられない、ニンニク料理三昧をつかの間堪能させてもらってるんだから。
普段は爺様向けに甘>辛の煮付けが多い。元から食事量は赤ん坊並みに少ない人だけど、甘くて柔らかくて定番の和食おかずは食べてくれるので。エスニックとか見慣れないもの出すと、警戒して箸も付けてくれまへん。私キムチとかニンニクとかもつ鍋とか大好きなのに、爺様が居るときは家では食べられませんでした。

色々説得しているうちに、爺様の中では救急搬送された記憶は無く、掛かり付けの内科医t先生の紹介で、今居るy病院を受診したら、何だか分からないけど気が付いたら入院させられていたという事になっていることが判明。

玄関前の小階段4段降りるのに、ガタイの良い救急隊員三人に横抱きにされて、小さくされるがままになってりゃいいものを、不安なのか、途中勝手に手を伸ばして階段脇の手すり掴んだりするもんだから、隊員さん達が思うように階段降りられなくて「そこ掴まないで」「触らないで」「大丈夫だから、じっとしてて」と、救急車に乗せるのにも大騒ぎだったことも何一つ覚えちゃいないのかああ。

…でも、そんなに帰りたいとですか。そうですか。
看護師やケアヘルパーさん達が良くして下さるとはいえ、日がな一人きりでベッドに寝たままでいるんだから、確かに退屈だし心細くもなるよね。
やっぱり家で、婆様が傍に居るというのが爺様には一番良い環境なのだろうか。
どっちにしろ、救急搬送を受け入れて下さった院長先生に退院許可をもらわなきゃ、そうそう勝手は出来ないんだけど。

あああ、でも、こんな状態で帰されても、トイレも風呂も自分で出来ないんじゃあ、爺様はともかく、婆様と嫁の仕事が一気に倍増するのは火を見るより明らか。

今までは介助で済んだけど、これからは完全介護生活になる。お下の仕事も始まる。
まあ、それは11年前、ダンナが家を建て直し、同居を始めた時から私なりに覚悟していたことではあったけど。

11年、元気で、さほど手も掛からない元気な爺様だったけど、ついに「その時」が来たということか。

で、いきなり退院された場合を想定して、玄関の小階段を車椅子でも上がれるように、ケアマネに相談して段差解消スロープをレンタルし、車椅子も病室に運んでおいた。

後日、この速攻が大いに功を奏することになる。

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プロフィール

POTE

Author:POTE
家族:
ダンナ(じゃっく・仮名)
子供なし
婆さま(ダンナ母・90才要介護3 脳梗塞で左麻痺の車椅子)
爺さま(ダンナ父・2012.9逝去 享年95才 最後は要介護4の車椅子)

since2009.2.10

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