8年も前になりますが、実父を肺ガンで亡くしました。

亡くなった直後は、通夜だ葬儀だ四十九日法要だ新盆だと、ばたばたしながらも葬祭行事を執り行うのに忙しく、気持ちの整理は全くついちゃいませんが、それでも、とりあえず一周忌までやること無いということで、どうにか一区切りついた頃、

父の闘病は知っていても、訃報までは知らない知人に、外出先ですれ違い、

「そういえば、お父さん、どうなさった?また入院してるの?」と訊ねられ、

「亡くなりました。その節は、ご心配頂き有り難うございました」と答えるのが、凄くイヤだった時期があります。

折角心配して下さっているのに、甚だ無礼千万なことだとは思いますが、
実父が死んだと聞いた途端、相手の人の、困惑した、同情頻りの、それは可哀想にと、こちらを気の毒がって労って下さる物言いと態度が、何だか不愉快でしたし(何たる身勝手な八つ当たり)、

仮に、ここで「亡くなった」と告げず、適当に話を濁しておけば、相手の人の中では父は死んだことにならず、その記憶の中で生き続けることが出来る。

身内でも葬儀参列の友人知人でもない知り合いにまで、わざわざその父の逝去を伝える必要が本当にあるのだろうか、

父は死んでしまったけれど、誰かの記憶の父まで殺さなくても良いじゃないか。

死んでしまったからこそ、誰かの記憶の中だけででも、父に生きていてもらいたい。
せめて、その人の耳に訃報が届く迄の間だけでも、父はまだ生きていることになっていて欲しい。

そんな風に考えていたことがありました。
(実際には、どなたに訊ねられても、ちゃんと亡くなったことは伝えましたけど、その都度忸怩たる思いに駆られ、一周忌法要が済むまで、そのもやもやとした気持ちを払拭することは出来ませんでした)

話は飛びますが、伊豆の田子に、天狗寿司というお寿司屋(既に閉店)さんがありました。

ダンナさんはここのマグロの握りが大好物で、結婚後間もなくから、まだ爺婆様達に留守番をお願いしても大丈夫だった頃まで、年に何度も車を飛ばし、ここのマグロを食べる為に伊豆へ出掛けたものです。

小さな個人店なので、不定休で休業されることも多く、折角出掛けていっても、お店が閉まっていることもあり、事前に電話して、営業してるか確認するのは必須でした。

久しぶりに休みが取れることになり、じゃあ、また天狗で寿司食べて、ついでに温泉で一泊して来よう(普通逆だて)と電話を掛けたところ、
年輩の女性の方が出て、事情があってお店は閉めてしまって、今はやっていないと告げられました。

初めて行った時には大旦那が一緒に寿司を握っていたお店は、いつのまにかご主人が一人で切り盛りするようになり、まだ50代後半~60代始めくらいのお年の方だったので、引退するには早過ぎる、

昔は漁業が盛んで、漁師町として賑わっていた田子も、最近ではダイビングがメインになってしまい、かつてのような活気はなく、

腕はある人なのだから、地元で店を続けることに見切りを付け、沼津だとか下田だとか、もっと大きな観光地で、雇われ職人として腕を振るっているんじゃないかと勝手に想像し、納得していたのですが、

ある日、ワタシは、ネットしていて、ひょんなことから西伊豆の元サーファーの方の個人ブログを見つけ、

天狗寿司のご主人が、病気で亡くなっていることを知りました。
(その元サーファーさんは、ご主人の友人の方で、葬儀にも出席しておられました)

そして、今、我が家は車椅子の要介護4と3のダブルの在宅介護で、伊豆も温泉も、夢のまた夢という状態で、

それでも、TVのグルメ旅行番組で西伊豆が紹介されたりすると、
ウチのダンナさんは「天狗寿司のご主人は、今どこで働いてるのかなあ、あの人の握ったマグロをもう一度食べたいなあ」と呟きます。

そうだねえと相槌を打ちながら、ワタシは未だに、天狗寿司のご主人の死を、ダンナに告げることが出来ずに居るのです…




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POTE
Posted byPOTE

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