WINDING ROAD

在宅介護という名の過酷にして壮絶な終わりなき戦いの日々 自分の病気、ジツボとの関係 荒野に俺は一人だけ(笑)
2017年07月 ≪  12345678910111213141516171819202122232425262728293031 ≫ 2017年09月
TOP日々のたわ言 ≫ 蓮花のように 5/伝えたい想い

蓮花のように 5/伝えたい想い

弔問客は殆どまりこさんと同世代の方達で、中には取る物も取り敢えず駆けつけたのか、辛うじて服装は白と黒だったけれど、金ラメバッグ抱えたお嬢さんもいた。
それでも、誰もが悲しげで、祭壇に飾られた遺影を見つめてはすすり泣き、友達の早すぎる死を悼んでいる。

読経が終わり、僧侶の法話が語られた。

冷房ですっかり冷えきってしまい、早く終わらないかな~トイレ行きたいな~などと、罰当たりなことばかり考えていたが、

戒名について話が及び、ホトケ様がまだ若い女性であるということで、清く美しく花のように香しいお名前をということで、
「清蓮院芳薫妙紀信女」という戒名を付けさせて頂きました と聞き、

綺麗でとても良い戒名だと思うと共に、そこにはやはり人生半ばで逝かなくてはならなかった悲しみと、やり場のない憤りが改めて込み上げ、為す術もなく彼女を見送ることしか出来なかった御家族の無念は察するに余りある。

僧侶退場を一同合掌で見送り、喪主挨拶でおじさんがマイクの前に立つ。

「本日はお忙しいところ、まりこの為に皆様遠路から駆けつけて下さいまして、本当に有り難うございました。まだ、何だか、呆然としてまして、色々不行き届きもあったと思います。こんなに急になるとは、思っていなかったものですから。…ホントにねえ、皆さん、(身体には)気を付けて下さいねえ。本日は誠に有り難うございました」

一言毎に言葉が途切れ、波立つ感情を押し殺しつつ、懸命に絞り出したような震える言葉。
娘と同じ年頃の大勢の弔問客を前にした、娘を失った父親の、それは偽らざる気持ちだったに違いない。

司会進行係が閉式を告げ、一般弔問客は引き物を受け取って辞去、親族親戚は別室の通夜振る舞い(食事)の席に案内される。

うちでは近所と親戚関係の冠婚葬祭(殆ど葬だけど)は全て婆様担当で、ワタシはいつも爺様の世話と留守番役だったものだから、通夜振る舞いに預かる機会は久しぶりで(多分、うちの父親の通夜以来)、

いやー、最近の通夜振る舞いって、あんなにゴージャスなんすかー?
勿論、駆けつけてくれた皆さんに、精一杯のもてなしをしたいという、おじさんたちの意向あってのことだけれど、特上寿司に、洋風オードブル、ローストビーフ、スモークサーモン、天ぷら盛り合わせ、煮物盛り合わせの大皿がどばばんと円卓に並べられ、伊勢エビとか鯛の頭こそ無かったけれど、まるで披露宴料理のような賑わいですた。

凄いねー、おじちゃん、頑張っちゃたねー、きっと、まりこさんにしてあげられることは、もうこれくらいしかないと思って、一番高い料理注文したんじゃないですかねえーと、義姉上夫妻とウーロン茶を注ぎ合い(義兄上はちょっと身体を悪くしてお酒は不可)、料理を取り分ける。

やがて、おじさんがまりこさんの彼と母上を伴って、ワタシ達のテーブルに挨拶に来て下さった。

彼「岩清水(仮名)と申します」

やはり、祭壇で喪主の次席に掲げられていた名札は、彼の名前だった。

まりこさんとのお付き合いは、知り合った頃から数えると13年になるという。

まりこさんの急変に居合わせたのも彼で、急ぎ家族に連絡してくれたのも彼だったそうで、

おじさん「結局、我々、家の者は誰も間に合わなかったんだけどね。でも、彼がずっと傍に居てくれて、最期の時も、彼が抱きしめててくれて、その腕の中で息を引き取れたから、幸せだったと思いますよ」

ワタシが知り得たガン友の、逝ってしまわれた方、今尚治療に頑張って居られる方、治療を終え、仕事に家庭に奮闘して居られる方、それぞれお一人お一人に、生と死に直面した真摯で壮絶な物語があり、

そんじょそこらのトレンディードラマや、某民放開局記念番組とて足元にも及ばない、現実の、愛と生と死のドラマがここにもあった。

おじさん「良い奴なんですよ。正月なんかね、もう、誰も私の相手してくれないのに、彼だけは最後迄私に付き合って、酒飲んでくれるんですよ」
岩清水「最初は大西さん(長女御夫君・仮名)や横田さん(三女御夫君・仮名)も一緒なんですけど、気が付くと皆さん、上手に逃げ出して、最後迄捕まってるのが自分なんです」

…もー、おじちゃーん、年なんだから、お酒飲み過ぎちゃダメだって、いっつもおばちゃんから言われてるのにー。

別卓の、弔問客が辞去するのを見送る為に岩清水君が中座した後も、おじちゃんは既に酔いも回っているのか、岩清水くんの母上に「良い子ですね。良い青年ですよ。これからも、家族同然に、私も色々声掛けさせてもらいますんで」
岩清水母「よろしくお願いします。まりこさんが亡くなられて、これから先のことが心配なんです。優しい子なんですけれど、優し過ぎてねえ…」
(このやり取りから、母子家庭らしいことは薄々察せられた)
(未確認ですけど、でも多分そうだと思う)

時刻はまもなく8時になろうという頃で、他にも席を立つ御親戚の方もいらして、義兄上に「我々もそろそろ失礼しようか」と促された時、岩清水君がテーブルに戻って来た。

ワタシの見る限り、彼は通夜振る舞いの料理に箸を付けた形跡はない。
恐らく、呑気にモノなんか食べられる心境ではないのだろう。
でも、でもね。

そう思った時、ワタシは席を立って彼に歩み寄り、彼だけに聞こえるように耳元で囁いた。

ワタシもね、まりこさんと同じ病気で、手術したんですよ。
今でも治療を続けてます。
一緒に治療を頑張って来た人を、これまで何人も見送って来ました。
どのご主人も、本当に悲しそうで、それを見るのもとっても辛かった。
貴方も、まだ、しばらくはお辛いでしょうし、すぐ元気になれなんて無理は言いませんけれど、
まりこさんのこと、忘れて欲しくはないけれど、
でもね、まりこさんに縛られてはいけませんよ。
生きることに、後ろ向きになってはいけませんよ。
それは、まりこさんも望んでいませんからね。
辛くても、悲しくても、生きている人間は、一生懸命生きなくてはね。
ワタシもね、頑張りますから、貴方もどうぞ、頑張って下さいね。
今日は有り難うございました。
貴方に会えて良かったです。

そう言って、岩清水君の両手を取ると、彼は涙ぐみ、小さい男の子のように何度も頷いてくれた。

ホントはもっと上手に、良い言葉で話したかったのだけれど、咄嗟に思い立ったもので、アレがワタシの精一杯。
でも、単なる親戚のおばさんのおせっかいと思われるより、同じ病気と闘う同志だとカミングアウトした方が、彼も少しは聞いてくれるかなと思って。

岩清水「お身体は大丈夫なんですか」
POTE「年寄り二人抱えて、在宅介護してるんで、具合悪くなってる暇もないのよん」
岩清水「…有り難うございました」

義姉上夫妻と共に、おじさん、おばさんにも御挨拶し、引き物もしっかり受け取って(笑)、EVに乗り込むと、いちかわの家の人と岩清水君が見送ってくれて、

最敬礼の岩清水君は、EVの扉が閉まるまで、深々と頭を垂れてくれました。


続きます(…えーと、多分、あと2回くらい引っ張ろうかと)




ランキング参加中
よろしければクリックを
にほんブログ村 介護ブログ 在宅介護へ
拍手して下さるアナタに感謝

Comment

編集
まりこさん、若すぎます。相思相愛だった方、残された者はつらいです。POTEさんのアドバイス、彼氏さんのこれからのよき指針になってくれると思います。
ところで、医学は進歩していると思うのですが、なぜに癌は多くの命を奪うのでしょう?
私のご近所、半径100メートルの範囲で今年になって逝去2名、余命宣告2名います。早期発見とは言いがたい人たちで年齢も5,6,70代で仕方ないです。でも若い方の命は奪ってほしくないと思います。
2010年07月03日(Sat) 11:24
編集
>まさひまさま

39才。まだまだしたいこと、行きたいところ、食べたいものが沢山あったと思います。40にもなれずに、逝ってしまうなんて、悲しいですね。

Mついさんのお葬式でも、ご子息とお嬢さんが驚くほどしっかりと弔問客に対応しているのに、ご主人は言葉も無く、目をまっ赤にして俯き加減にしてらしたのを思い出します…
ワタシ、ぼろぼろ泣いてたら、お嬢さんに「笑って送ってやって下さい」て言われました。あの母にして、この娘ありと感慨深かったものです。

ガン細胞も元は自分の身体の一部。正常だった細胞がガン細胞に変化してしまうのは、老化現象の一つでもあるようなのですが、それにしてもお若い方の発症件数が増加しているのが気がかりです。

コメント有り難うございました。
2010年07月03日(Sat) 20:11












非公開コメントにする
Trackback

Trackback URL