2017 / 09
≪ 2017 / 08 - - - - - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 2017 / 10 ≫

転院当日は快晴。しかし、同時に身が引き締まるような寒い朝でもあった。

前夜はダンナが出張で不在な為、爺様とワタシの二人きりだったのだが、夜中トイレに行こうとして廊下の途中で転倒でもされたら叶わんので(2階でドア閉めて就寝してたら、絶対ワタシ気が付かない)、布団を階下に下ろし、時折トイレに向かう気配を感じつつ、リビングで寝たんだけれど、

今日はワタシが出た後、入れ違いに義姉上が来てくれることになっているので、またもや布団を担いで2階に戻し、朝食の支度。

幸い、爺様も定時(7時過ぎ)に着替えてリビングに来てくれたので、急かすこと無く、ゆっくり朝食食べて、食器洗って、爺様のおシモも綺麗にして、

8時20分に無事出発。

8時35分には病院に入り、会計窓口で支払い(1割負担の後期高齢者なので、23日間の入院で、結局6万ちょっとでした)。

13Fに上がり、病室に向かうと、忙しそうに廊下を行き来しているスタッフのうち、ガタイの良い、ナオミ(いいとも少女隊)似の看護師さんに呼び止められる。

ナオミ(仮名)看護師「POTE村さんの御家族ですよね。会計の方からもう計算出来ているので、お支払いにおいで下さいとのことです」
POTE「はい、もう支払って来ました。支払い終了のピンクの用紙もクラークさんに渡しました」

病室に入ると、婆様がちょっとしんどそうな顔をしている。

どうした?と尋ねると、腰がつっちゃったとのこと。

聞くと、ナオミ(仮名)看護師が今朝のおむつ交換担当だったんだけど、手際が良すぎるというか、寝たままの人のオムツ交換は要介護者に小さくなってもらって、左右に身体を転がしながらオムツ装着するのがコツなんだけど、その転がし方がちと丁寧に欠けるというか、早過ぎて婆様が付いて行けず、結果腰を捻る羽目になったらしい。

あらま、前日、入院中のアンケートで、看護師の対応について、かなり満足に◯しちゃったけど、ナオミ(仮名)看護師~!39キロのか細いお婆ちゃんなんだから、60キロの男性患者みたいな扱いはやめとくれ。

まあ、動けないような痛みではなかったので、ユ◯クロのふわもこハイソックスを履かせ、水色のフリースに、ピンクベージュの中綿コートを着せ、足には膝掛け、首回りはウールのケープをおしゃれに巻いた。

残りの荷物を総ざらえしてバッグに詰め込んでいるところに、若くて、これまたガタイのいい介護タクシーのドライバーさんが車椅子で迎えに来て下さり、担当看護師さんも駆けつけてくれて、婆様を車椅子に乗せてくれた。

担当看護師「元気でね、POTE婆さん。リハビリ頑張って」

そう言いながら、EVのドアが閉まるまで手を振ってくれた担当看護師さんはいつも優しく、何度も辛抱強く、婆様のトイレに付き合ってくれたという。

確かに、都内最大級のERの名を標榜するだけあって、看護技術の水準の高さはかなりのものだが、惜しむらくは(ある意味致し方ないのかもしれないけれど)とにかくここの看護師さん達は忙しすぎる。

1Fに下り、介護タクシーに乗り込む。

ドライバー「それでは出発致します。明治通りからのルートでよろしいですか」

はあ、何でも結構でございますー。無事墨◯から出られただけで、今日の仕事は8割がた終わったも同然。

ドライバー「車椅子の方はちょっと横揺れがありますので、そこだけ気を付けてあげて下さい」

はいはい、了解致しました。

車はゆるゆると発進し、20日ぶりに見る外界の景色を、婆様は感慨深げに眺めている。
歩道を行き交う人を見ながら、

婆様「また、あんな風に歩けるのかしら…」

POTE「それは、これから次第ですよ。これから本格的なリハビリが始まるんですから」

婆様はそうねと小さく頷いた。

こう言う場合って、本当はもっと安心させるように、大丈夫ですよ!きっと元気になれますよとかって言った方が良いのかとも思うんだけど、

あんまり楽観的に励まして、後で思うような成果が出なかったりすると、かえって落胆させちゃうんじゃないかとか、
依然と変わらないくらい回復出来る人も大勢居るけれど、どんなに必死に歯を食いしばって辛いリハビリに耐えても、失われた神経組織が戻らなくて、不自由な身体のままの人が居るのも事実だから、
高齢だし、元からスポーツ派だった訳でもないし、正直完全回復はかなり厳しい筈。

だからといって、もうこれで死ぬまで車椅子ですよとは言えないし、ひと月先三月先どうなっているのかは皆目見当がつかないのだから、逃げ口上かもしれないけれど、微妙に励ますスタンスしか取れない気がして、

そうこうしてる間に、車は業平橋の東京スカイツリーのすぐ横を通り、下町らしい商店街を抜け、隅田川沿いの東京R病院に到着。

入院手続きをしている間に、ドライバーさんは車椅子の婆様と荷物一式を下ろし、婆様を病院の車椅子に移して、お仕事完了。お世話様でした。料金は5,600円でした。

その後、病棟看護師の春風さん(仮名)が迎えに来てくれて、CTとレントゲン検査を受け、5Fの病棟へ。

レントゲン撮影が混んでいて、なかなか呼んでもらえなかったので、その間春風さん(仮名)と色々お話する。

婆様「ごめんなさいねえ、お手間取らせてしまって。他の患者さんが待っているんじゃないの?」
春風(仮名)「いえいえ、ワタシ今日はPOTE村さん専属ですから、そんなことお気になさらないで下さい」
(複数の患者掛け持って、しょっちゅう駆けずり回っていた墨◯の看護師さんとはエラい違いで、こちらの看護師さんは色々おしゃべりに付き合って下さるので有り難い)
(墨◯は余計なこと尋ねたり、言ったりすると怒られるんじゃないかというくらいピリピリしてたもんで)
(そらまー、向こうは命の最前線みたいなところだったから、こういう療養型病院とは別次元の病院だった)

春風(仮名)さんによると、ここ東京R病院では、(体調にもよるけれど)日中ずっとベッドで過ごすことはせず、朝6時の起床後はパジャマから普通着(リラックスウェア)に着替え、食堂で皆と朝食、午前と午後にリハビリが組まれ、正午に昼食、午後6時の夕食が済んでパジャマに着替え、消灯は午後9時。

みっちりリハビリが組まれているせいか、皆さん寝付きがよく、消灯時間前に病棟は深閑となるとか。

ここでは墨◯のような、呻き声を上げる人も、家族を呼び続ける人も、病室内をうろつく人もいないらしい。

入浴は週三回(墨◯では20日間の入院中、シャワー浴が2回。清拭は毎日あったらしいけど)。

病院の建物の規模は墨◯に比べればコンパクトだけれど、窓が大きいので日差しが差し込んで明るい印象で、廊下のあちこちに談話コーナーがあって、綺麗なお花や可愛いぬいぐるみが飾ってあって、とてもいい印象を受けた。

EVホールの前がナースステーションになっていて、看護師長さんがすぐににこやかに出て来て迎えて下さった。
(そういや、墨◯では誰が師長なのか、最後まで分からなかったなー。挨拶にも来なかったし。いや、別に来なくても構わないんですけどね)

病室は4人部屋で、婆様のベッドは窓際で、隅田川と高速道路がよく見える。

すぐ主治医(若い女医さんですた)の診察に呼ばれ、発症当時の状況をPOTEが改めて説明、そのあと筆やブラシで婆様の左右の手、膝、足を触れたが、目をつぶって触れられた場合、やはり左の感覚はかなり鈍い。

朝からの移動で婆様かなり体力の限界のようなので、一足先に看護師が病室に送って行き、その間、主治医から告げられた診断はおおよそワタシの予想と合致しており、

高齢でもあることだし、劇的な回復は難しいと思われる。
2~3ヶ月を目処に、集中的にリハビリを行い、出来るだけ自宅で生活出来るようにフォローしていく。
その一方で、御家族は介護申請、自宅の改築、車椅子や電動ベッドのレンタル等の準備を始められた方が良い。
今伺ったお話では、既にお爺様の世話をなさっているということで、今後はお婆様が加わって二人の世話をするとなると、かなり負担が大きいので、訪問ヘルパー、デイサービス、ショートステイ等を組み入れた介護プランを考えた方が良いだろう。

診察室には女医さんと担当看護師春風さん(仮名)と、もう一人白衣を着た女性が同席していたのだけれど、介護プラン云々という話になると、Dr.よりその白衣の人が主としてお話して下さった。

誰だろう?サブのDr.なのかしら、と思ってたら、

「申し遅れました、私、ソーシャルワーカーのSと申します」

おお、それで、介護プランの話題になると、Dr.でなくお宅様が説明して下さる訳でんな。

S「退院後の生活に向けて、色々準備していく必要があると思いますが、御不明な点があれば何でも相談して下さい」

退院後かあ…。何かまだそこまでとても考えられないんだけど。

病室に行き、居合わせた同室の方によろしくお願いしますと挨拶。
収納棚に着替え等々を詰めていると、春風さん(仮名)が来て、お疲れのようだから食事はベッドの方にお持ちしますと言ってくれた。

婆様「もう、夕御飯?」

夕飯じゃないですよ、婆様。まだ1時になったばっかりなんだから。これからお昼御飯ですよ。(⌒▽⌒;)

婆様「まだ1時なの?もう、夕方かと思った」

今日は朝から移動だ何だって、てんこ盛りスケジュールだったからねえ。

昼食はお粥と刻んだおかず、ゼリー状のオレンジに、とろみのついたお茶。
婆様が無事食事を終えるまで付き添い、その後1Fの軽食レストランでPOTEも遅い昼食にする。

リハビリルームは2Fにあるけれど、病院内の廊下、階段、ホールは全てリハビリ出来るようにどの壁にも手摺がついており、患者さんと療法士さんらしき人が階段上る練習してたり、杖をつきながら廊下を往復したりしている。

婆様も、明日からは本格的なリハビリが始まる。
どれだけ回復出来るのか、正直分からないけれど、頑張ってもらいたいし、例え回復出来なくたって、車椅子生活になったとしても、婆様が家に帰り、爺様と和室で生活出来るようになるのであれば、

POTEは協力を惜しみません。く( ̄△ ̄)ノガンバレェェェ!!

【お疲れ様】
大変な1日でしたね。

急性期の病院と療養型の病院との違いがとてもよく分かりました。

義母は糖尿以外体は丈夫で今まで入院ということもなく過ぎ
前回の義父の肺炎入院も、最初こそ慌てましたがさほど長くならず
そのまま自宅に帰されましたので、まだこのような経験はありません。
多分、そう遠くないうちに参考になるかと・・・。
手際の良いPOTEさんの対処、心に留めておきたいと思います。

お婆さまのご快復を心からお祈りしています。
【>山田あしゅらさま】
救急車搬送されるのは、ダンナと爺様の経験から、結構慣れているつもりでしたが、付き添いの家族はやはり大変です。

それでも、最近の救急隊の人は若いし(いや、自分が歳取ったのか?)、親切だし、病院の事務の方も看護師さんも本当に良くして下さいました。

手際が良いなんてとんでもない。
無駄に不器用にどたばたする日々ですが、自己反省を含め、私の体験が他の方の参考になれば幸いです。

コメント有り難うございました。
この記事へコメントする















POTE

Author:POTE
家族:
ダンナ(じゃっく・仮名)
子供なし
婆さま(ダンナ母・90才要介護4 脳梗塞で左麻痺の車椅子)
爺さま(ダンナ父・2012.9逝去 享年95才 最後は要介護4の車椅子)

since2009.2.10

08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30