WINDING ROAD

在宅介護という名の過酷にして壮絶な終わりなき戦いの日々 自分の病気、ジツボとの関係 荒野に俺は一人だけ(笑)

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手術 さらば子宮

10/7金 6:00 起床
トイレ隣にシンク3つの洗面所があるが他の患者さんで満員なので、病室洗面使用。

歯磨き中に急にBen意が来て、慌てて口すすいで、トイレにすっ飛んでいくも間に合わず、下着に付着。
(でも、前夜殆ど出し切ってるから水様状が少し)

もう時間的に洗濯・乾燥機使う暇もないし、ウォシュレットでお尻を綺麗にして、まだ出るかもしれないので持参した尿漏れナプキンを当てる。

昨夜24:00から絶飲食なので水も飲めない。

7:00 止めの浣腸。もう水しか出ないけど、その後また3回トイレに走る。
(遠いよー 泣)
(また出ちゃったらマズイと、肛門締めながら走るのって結構大変)
(よくギャグマンガやコントでそーゆーのありますが)
(いざ自分がその立場になったら、コレ笑い事じゃないすよ)
(少なくともワタシは真剣でしたよ、真剣そのもの)

こんな下腹ゴロゴロの状態で、徒歩で手術室入りできんのかなと不安になる。
(手術部フロアに入ってから「すいません、ちょっとトイレ」なんて、ギリギリ前まで行かせてもらうのってカッコ悪い 汗)

なんてことを気に病んでいたが、3回目が済むと流石に今度こそ完全に出切ったらしく、下腹落ち着く。

血栓予防のハイソックス履いて、術後、病室に帰ってきた時、箸やスプーンをすぐ出せるように(勿論、自分じゃ取れないから看護師さんに取ってもらうと予想)床頭台に置いた小物バスケットの手前に立てていたら、

手術着姿の主治医Dr.ミツシマが来てくださって、

Dr.ミツシマ「(朝日のようににこやかに)おはようございます、POTE村さん、昨夜は眠れましたか?」

POTE「(まさか、ここでお会いするとは思わずドギマギ)はははい、お陰様でよく眠れました」

Dr.ミツシマ「それでは、手術室の方でお待ちしてますね」

POTE「あああ、よよよろしくお願いします」
(いや、実際はこんな吃ってなかった筈だけど、心情的にはこんな感じだったということで)
(ワタシ、ちゃんとご挨拶できてたかな)
(どうも、咄嗟の時って全然気の利いたこと言えなくて、そういうところが自分で嫌になる)

Dr.ミツシマが颯爽と退場されたのと入れ違いに、

7:50 じゃっく登場。で、いきなり

じゃっく「俺さ、老眼鏡忘れてきちゃった」

…は?(・∀・;)

手術中、本でも読んで時間潰そうと文庫本ショルダーバッグ(メッセンジャーバッグとかボディバッグつーんですか?自転車乗ってる人が背中に斜めに括りつけてるアレ)入れて、

夕方には手術終わるって聞いたから、その後新宿に出て買い物して…って思ってたのに、

肝心の老眼鏡がないと、手元の細かい字が全然見えない悲しき還暦。
読書どころか商品値札もメニューすら見えないんだから。

POTE「…一度家に戻って取ってきたら?」(ノ_-;)ハア…

幸い、うちは御茶ノ水から片道30分の至近距離。
じゃっくさんは通勤定期も持ってるし、この後ワタシが手術室入りしてしまえば、1~2時間は麻酔やら挿管の術前準備で、実際に切り始める(をい)のは正午くらいだって言ってたから、
ケータイで即連絡が取れるようにしておけば、その間老眼鏡取って帰ってくることは充分可能。

また一往復するのは面倒だけど、老眼鏡無しで病院内で5~6時間待機する方がよっぽど大変だろうと、

8:40に「POTE村さん、そろそろ行きましょう」と迎えに来てくれた担当のシゲちゃんにその旨相談すると、

病院としては、終了待ちの午後の時間帯には是非院内で待機して頂きたいが、午前中はそこまで制約されないので、昼食で院外に出る家族もいる。ただ、ケータイ等ですぐ連絡が取れるようにだけしてほしい との事。

POTE「じゃあ、そうしなよ。それが一番合理的でしょ」

そんな感じで、開腹手術受ける前の緊張感の欠片もない夫婦を伴い、担当のシゲちゃんはワタシのカルテと術後着、昨日のうちに預けておいた術後腹帯とオムツの一式を布バッグに収め、
(乳ガンの時も思ったんだけど、エコバッグにしか見えないんだ)

3人で6F手術部フロアに降り、手術室エリア入口でじゃっくとは一旦お別れ。

手術室エリアに入ると、相変わらず大勢の看護師(男女)さんが忙しそうに動き回っている。

「POTE村POTEさんです」と手術室看護師さんに引き渡され、シゲちゃんともここでお別れ。

改めて氏名と生年月日と手術内容を確認し、待合椅子に座って待つよう言われ、手術担当の看護師さんが迎えに来て下さり手術室へ。

迎えてくれたのは麻酔医のメインのDr.とサブのハル先生。
お二人とも手術帽にマスクしてるから正直顔がよく見えない(ワタシ、普段は遠近コンタクトの超ド近眼)。

麻酔医は昨日説明してくださったDr.オオタケかと思ったが、「初めまして。麻酔医の♢♤(マスク越しでよく聞き取れず、コンタクトしてないからネームプレートもよく見えない)です」と挨拶してくださったので、あ、昨日の先生じゃないんだ と。

で、早速、手術台に自分で乗り、パジャマの上を脱ぎ、
「こちらに背中を向けて寝てください」とハル先生(こちらは声でわかった)と看護師さんに手伝ってもらいながら横向きに寝て、背中に当たる部分が大きく空いたビニールシートが全身にかけられる。

「海老のようにまるーくなってくださいねー」と言われ、出来るだけ小さく丸まる。

麻酔医Dr.♢♤「消毒しますねー、ちょっと冷やっとしますよー」と、背中を消毒され、

誰かがシート上からワタシの身体を押さえる。

麻酔医Dr.♢♤「はい、針入りまーす」
(何しろシート被されちゃってるんで、声だけで、誰に何されてるか本当のところはわかりません 笑)

その瞬間、身体がビクッと小さく震える。

…うん、痛いわけじゃない。ハル先生が「痛かったですか?」と心配してくれたけど、痛くて痙攣したんじゃなくて、
何か異物が入ってくる違和感で、思わず身体が身構えて力が入っちゃった という感じ。

で、その後、「今度はお薬入りますねー」とか言われて、背後で何かされてるんだけど、もうその時には大して感じなくなってて、

(あー、思ったより痛くなくて良かったわー)とかホッとしてた。

だって、背骨に針差し込んで、それをネジ回すようにごりごり入れていくとか、その痛みで泣き叫んで中止してもらったとかの体験談もあったから、今回ワタシが一番ビビってたことだったけど、

あの体験談て何なの?
いや、実際大変な思いされた方もおられるんでしょうけど、初診時のDr.ミツシマの組織診といい、今回の硬膜外麻酔といい、

ワタシ、全然痛くなくて楽勝でした。
ヾ(@⌒▽⌒@)ノワーイ!

まあ、あれです。
確かに人によって、痛みの感覚も異なりますし、
全然大丈夫と断言はできませんが、あまり過緊張するのもかえってよろしくないのではないかと思います。


その後、硬膜外麻酔留置が完了したらしく、「お疲れさまでしたー」とシートが取られ、仰向けに寝かされ、上半身裸なのですぐにバスタオルをかけてもらい、今度はマスクが被せられる。

麻酔医Dr.♢♤「はい、じゃあ、ゆっくり深呼吸してください」

で、2回くらいスーハーして、即陥落。
(まさに瞬殺っすよ)
(乳ガンの時もそうだったけど、全身麻酔って効くの早!)

この時、硬膜外麻酔留置するので上半身は裸でしたけど、下はまだパジャマズボンも下着パンツも穿いていたので、

多分この後、看護師さん達に寄ってたかって真っ裸に剥かれ、心電図パッドやら点滴やら尿管やら入れられたんだと思う。

乳ガンの時は病室で点滴入れて、点滴スタンド持ってトコトコ手術室に入ったら、主治医とサブの先生が迎えてくれたんだけど、
(あの頃は手術部エリアに入った途端、ヘアキャップ被されて、サンダルの上から鑑識班が履くようなビニール袋履かせられて、歩くにくくて大変だったわー)

今回は手術室内で、ワタシの意識のあるうちに主治医のDr.ミツシマやサブの先生に会うことはなかった。



次に意識が戻った時、もう手術は終了していて、

病棟担当医ホンダ先生「POTE村さん、終わりましたよ。予定より早く終了しました」の声に、

重たい瞼をどうにか持ち上げると、ベッドに寝かされゆるゆると移動中で、

途中、白い壁に無機質な銀枠の掛け時計が見えて、時刻は13:35を指していた。

(15時か16時終了って言われてたけど、かなり早かったな…)と思い、またスー…っと意識がなくなり、

今度は女性の声で「POTE村さん、ダンナさん、お待ちですよ」
じゃっく「おい…。うん、うん」と聞こえたので、あーもうデイルーム前の廊下に帰ってきたんだなー、何か反応しないといかんなーと思い、だけどまだ酸素マスクも被らされて声は出なかったので、

とりあえず、点滴されてない方の右手でサムズアップして、Vサインもしておいた。

病室に戻され、周りがバタバタ動き回っているのはわかったが、まだ朦朧としていてこの後の記憶ははっきりしない。

後でじゃっくさんに聞くと、ワタシが病室に戻され色々整えてる間、じゃっくさんは主治医のDr.ミツシマに呼ばれ、廊下で切除した子宮の画像(コピー紙)を見せられ、手術の説明を受けていたそうで、

じゃっく「俺、始め、それ(全摘した子宮)をどういう向きで見たらいいのかもわからなくてさ。しかも、でかかったんだ。思わず『これ原寸大ですか』って聞いちゃったよ」

病室に入れるようになり、様子を見に行ったものの、何しろワタシはまだ酸素マスク被って話もできないし、あっちこっち繋がってて、まだ見るからにしんどそうなので、

「また明日来るから」と言って、15時過ぎに帰って行った。
(うん、それ覚えてる)

その日は随分こまめに(30分から1時間おきくらい)看護師さんが血圧測定と検温に来てくれたが、とにかく鈍痛で全身が重苦しかった。
(術後当日だからなー)
(当たり前っつーたら当たり前なんですが)
(麻酔効いててるから激痛じゃないんだけど、なんとも不快なあの鈍痛)

そうこうしているうちに、ワタシの後に手術受けてた、同室のヒガシイケさん(仮名)も病室に帰って来て、
ワタシの隣のタテヤマさん(仮名)は術後3日経っても腸からガスが出ず、腸の動きも思わしくなく、腸癒着が疑われ始め、その対応の協議が始まったりしてて、

その日のワタシ達の病室は全員要観察強化の患者ばかりの、ちょっとした集中治療室状態だった。





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  • posted by  
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  • 2016.12/10 10:05分 
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No title 

妹は、子宮腺筋症で子宮を全摘しました。
当時、実家絡みのことが原因で、
些細なことから、妹から絶縁されてまして、手術のことは知りませんでした。
激しい生理痛で、生理のたびに入院していたので心配はしていたのですが、
あの頃は、親兄弟、みんながおかしかったです。(ま、いまもなんですが…)
POTEさんの手術の様子を読ませていただくと、大変だったなぁと思います。
大事な時に、付き添ってあげられなかったことを後悔しています。
と、同時に、昔々繫留流産のために入院手術したのですが、
まったく無関心の主人に職場の方々から「なんて、冷たい亭主だ!」と怒られて、渋々来たことを思い出しました。

それにしても、POTEさんの様子が手に取るようにわかりました。
体にメスを入れるという大事なのに、時系列ごとに、きちんと振り返れる冷静さを驚きとともに、とっても尊敬します!
  • posted by ぽんぽこママ 
  • URL 
  • 2016.12/10 12:27分 
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三十年前を思い出した 

さすがです。
これだけ克明な記述が出来るなんて。

つい、昔受けた卵巣嚢腫の摘出手術を思い出しました。
(事情により硬膜外の局所麻酔による施術でしたが)

私はどちらかというと、ゴリゴリの方だったような・・・。
麻酔科のDrの腕前もあるのかも知れません。
何てたって初っ端から手首の血管に管を刺すとき失敗し、
血しぶき飛んで大慌てしてたりして・・・ひいい。
意識はしっかりしてるもんだから、
「おおぉぉい。だいじょうぶかぁぁぁ」と
ちょー不安になったのを今でも覚えてます。

お陰様で
胃腸風邪の方はもうすっかり良くなりました。

でも、今も手のひらモミモミと
背中のホッカイロは続けてますよ~。

ありがとうございました。


  • posted by 山田あしゅら 
  • URL 
  • 2016.12/10 23:38分 
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>ぽんぽこママさま 

物事は「最初はいつも小さな火」。
そして、どこかで誰かが行動し、流れや勢いを変えることもできたかもしれませんが、それも後から思えばで、その最中は熱に浮かされたように翻弄され、中々冷静に俯瞰できるものではありません。
ワタシにも音信不通まではいきませんが、Cメールのやり取りはできても現住所は知らない身内がいますし、ワタシから敢えて絶縁した婚家筋の親戚もいます。
大なり小なり兄弟親戚関係で悩んでおられる方は実は結構多いんじゃないかと思いますよ。
そして、苦境の時ほど自分の周囲にいる人間の「本質」が明らかになってくるものです。
心優しくて善良だけど、自分からは決して手を出さない、
心配して色々アドバイスはするが、実践には至らない。
それは卑怯というより、臆病なだけなんですけどね。
でも、有事にどういう人物が心強い味方であり、どういう人が晴れた日のお友達なのかがわかったところで、整理整頓できる人間とは限りません。
そういう人が大事なダンナだったりするんですから(笑)

コメントありがとうございました。
  • posted by POTE 
  • URL 
  • 2016.12/11 10:09分 
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>山田あしゅらさま 

検査や治療、処置は苦痛を伴うものですが、医療の技術の進歩は素晴らしく、当時に比べれば格段に患者の負担は減少しています。
勿論、ドクターの技量の向上もあるでしょう。
それらは過去に死ぬ思いで泣き騒ぎ苦しんだ患者と、上手くできず悩んだ医療技術者と、その訴えを真摯に受けて懸命に開発に努力した医療機器メーカーの努力の賜物です。

体調回復なさって何よりでした。
我が家もおなごしは今のところ無事ですが、唯一の稼ぎ頭が結膜炎です。
(相変わらず早出遅帰りの過労気味だし)
健康第一ですね。

コメントありがとうございました。
  • posted by POTE 
  • URL 
  • 2016.12/11 10:10分 
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プロフィール

POTE

Author:POTE
家族:
ダンナ(じゃっく・仮名)
子供なし
婆さま(ダンナ母・90才要介護3 脳梗塞で左麻痺の車椅子)
爺さま(ダンナ父・2012.9逝去 享年95才 最後は要介護4の車椅子)

since2009.2.10

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