2016. 07. 29  
ナチスドイツによる障害者の安楽死政策を「恵みの死」などではなく

単なる殺人だと公然と非難したミュンスターの司教 クレメンス・アウグスト・フォン・ガーレンが

1941年に教会で行った説教。


「貧しい人、病人、非生産的な人、いて当たり前だ。

わたし達は他者から生産的であると認められた時だけ、
生きる権利があるというのか。

非生産的な市民を殺してもいいという原則ができ、実行されるならば、
我々が老いて弱った時、我々も殺されるだろう。

非生産的な市民を殺してよいとするならば、
今、弱者として標的にされている精神病者だけでなく、
非生産的な人、病人、傷病兵、仕事で体が不自由になった人すべて、
老いて弱った時のわたし達すべてを、
殺すことが許されるだろう」



福祉も介護も目を見張るような劇的な改善が出現するようなものではない。

こと高齢者の介助・見守り・寄り添いというものは
合理的でもなく、生産性も無く、不衛生な場合が多く
言ってみれば、ひたすら無駄に根気良く忍耐強く応用に寛容に付き合い(オオゴトにならぬよう監視)続ける「だけ」であり、

そこに意義や意味を求める方がどうかしているのだ。

人は誰しも老い、弱く、鈍く、何もできない、迷惑をかけるだけの存在に還っていく。

その存在を認め
尊厳を尊重し
最期までその人らしく生を全うできるよう力を尽くす

その行為と誠実で真摯な想いをこそ、美談で済ますことなく真実賞賛すべきだろう。


別件で耳にした高齢者に対する罵倒。

『貴方達年寄りが軽微な体調不良の度に救急車を呼ぶ為に、私達若い者は税金を払ってるんじゃありませんのよ』
(相手に向かって直接言った訳じゃないすけどね)

ある意味正論ではある。
呑み屋で盛り上がってるサラリーマン、給湯室・ロッカールームの女子的な、その場の勢いに乗った放言ではあるのだけれど、

だがしかし、この痛烈な一言に、ワタシは相模原の襲撃犯と同等の厭忌を感じずにはいられない。





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