京都国際マンガミュージアム(入館料800円)

国内外の漫画に関する貴重な資料を集める日本初の総合的な漫画ミュージアムとして2006年11月25日に開館した。
明治時代の雑誌や戦後の貸本などの貴重な歴史資料、現代の人気作品、世界各国の名作など約30万点(2011年現在)を所蔵している。

マンガ学部を持つ京都精華大学と土地・建物を提供した京都市によって共同事業として整備が進められたもので、現在は市と大学で組織される運営委員会の下、大学が管理・運営している。

館長には『バカの壁』などの著書で知られる解剖学者・養老孟司が非常勤で就任している。また近世思想史や美術史などを専攻する研究員4人が所属し、まんが文化の研究にあたっている。

施設は廃校になった旧・龍池小学校の校舎を改築(一部増築)して利用している。この建物の改修及び設計は、類設計室が行った。旧・龍池小学校の本館・講堂・北校舎・正門及び塀だった建物は2008年7月23日に国の登録有形文化財に登録された。

一般公開のギャラリーゾーン、研究ゾーン、資料収蔵ゾーン、地域利便施設によって構成されており常設展示、企画展示、龍池歴史記念室の他、ミュージアムショップ、喫茶が併設されている。

ミュージアムの顔としては、総延長200メートルの書架に5万冊が並ぶ「マンガ本の壁」がある。
kyoutomanngamyujiam.png
(参考写真)

また屋外の芝生にマンガを持ち出して読むことが可能。一度チケット購入すれば、その日の内なら何度でも再入場も可能である。

 wikiより抜粋


朝から雨だったので、水族館やてっぱく(鉄道博物館)に行かれた方も多かったようです。

前回4年前に水族館は行ったし、てっぱくは到底2~3時間じゃ足りない(埼玉のてっぱく行った時は体力あれば一日中居たかったくらいです)のは承知してたので、

ホントはここも開館直後から閉館までフルタイム滞在したかったけど、

初見だし、様子見ということで、昼食後〜14時過ぎまで、京都マンガミュージアムでマンガ読んでました。

シリーズ物全巻読破してらっしゃる方も居ましたが、ワタシはひたすら最終巻狙いで、

三原順「はみだしっ子 つれていって」
和田慎二「スケバン刑事」「ピグマリオ」
永井豪「デビルマン」
古谷実「ヒメアノール」

と手当たり次第読んでいるうちに、

ああ、ワタシ、和田慎二さん大好きだったんだよなあ…と懐かしさで胸がいっぱいになり、

和田先生が一躍別冊マーガレットの主流執筆人に躍り出る契機となった「銀色の髪の亜里沙」も、
あの神恭一郎初登場の「愛と死の砂時計」も良かったけれど、

スケバン刑事麻宮サキの原型になった(とワタシが勝手に考察してるだけの)「大逃亡」を読み始めた時、


大切なことはすべてマンガが教えてくれたと公言して憚らないワタクシですが、

ワタシの取るに足らない人生において、師となり指標となり、辛い時苦しい時、ワタシを支えてくれた多くの珠玉の言葉の中で、この作品にはその言葉がこんなにも詰まっていたんだと今更ながらに思い出され、

現実の同窓会や恩師にあってもそんな風に感じたことなど殆ど無いワタシでしたが、

幼い日のワタシにこの作品と出会わせてくれた和田先生に感謝するとともに懐かしさで胸が熱くなりました。



身寄りがなく親戚銃をたらい回しにされた挙句、森の奥にある孤児院に置き去りにされた幼い少女。
理想と使命に燃える正しい心の若き神父と、
身内の裏切りに会い、名誉も財産も女性としての尊厳も恋人すら奪われ、この世は強者でなければ生き抜けないのだと思い知らされ、絶望の底から這い上がってきた娘(主人公)が、
幼い少女のこれからについて応酬する一幕。

あの子の人間不信は成長しているんです!
そしていつか、人間に対して自分の恨みをぶつけていくようになる。
そうなったら私達…いや、誰もあの子の助けになることは出来ないんです!

結構なことだね。
小さい時にそれを知れば先で人間に失望することもない。

あなたはあの子があのまま育っていくのを手をこまねいて見ているわけですか。

誰かが他の人に何かしてやれると思うのは大きな間違いだね。
上に立つ者の優越感(おごり)だね。
人間は一人で生きていくのが一番さ。
私はあの子の生き方を肯定するね。

…あの子はあなたに似ています…

それには答えず、黙って神父を睨みつける主人公。


土砂降りの深夜、孤児院を抜け出し、国道をずぶ濡れで歩く主人公と高熱の少女を乗せてくれたトラックの大将。
何故自分達を乗せ、親切にしてくれるのかと問う主人公に、

大将には主人公と少女と同じ年頃の娘がいた。
仕事に失敗し、妻が亡くなり、荒れるに任せるだけの暮らしの中で娘たちは父親の元を去って行った。
コツコツ貯めてきたはずの貯金通帳全額を置いて。

他人に親切にしたら、その分だけ想う人が幸福になるってなぁ。
気休めだとはわかってるんだよ。それでも俺ぁなあ(半泣)。

主人公たちを助けたというより、父親らしい事をしてやれなかった娘たちへの贖罪の思いと深い愛情が大将の善行の行動理由という、そうして人は救い救われ助け合い繋がっていけるという可能性をも示唆した、脇エピにしても泣かせる部分。


主人公は少年院を脱走した過去を持っていた。
元々の罪も、暴行(rape)に対する自己防衛の傷害致傷の筈が一方的に不利な罪状に操作されたものであり、彼女が資産家令嬢でありゆくゆくは莫大な財産を相続するのを搾取しようと目論む強欲なおば一家の陰謀だった。

孤児院に身を寄せ、数年が経過し、今は保母(のような立場)として平穏な暮らしに身を置きつつも、己の立場と犯した罪に不安と是非を思い悩む主人公に、老神父が静かに語りかける。

現在の法律は必ずしも罪人に平等とは言えない。
その罰はある人にとっては長過ぎ、ある人にとっては短すぎる。

罰の本質はその人が罪を悔いることにある。
心から悔いた時、それが罰の終わりだ。

その人の悔いる心の芽生えを踏みにじるほどに刑期が長ければ、その人は罪を犯した以上に心に亀裂を作り、一生を暮さねばならぬ。
また刑期が悔いる心を探るまでに至らぬほど短い期間ならば、その罰は意味がない。

だが、罪を犯し同じ罰を受けてもその心によって意味合いが違ってくる。
あなたはあなたの心に不相応な罰を受けたと言える。
万里亜、自暴自棄は良くない。
あなたの罰は終わりかけているのだ。


大好きな場面です。

雑誌掲載時、「大逃亡」ってタイトルから、映画「逃亡者」(妻殺しの罪を着せられた医師が警察に追われながらも真犯人を見つけ出すというサスペンス)みたいなストーリーかと思ったんですが、ロードムービーというよりは心に傷を負った主人公の不幸と葛藤と救済と哀しくも祝福に満ちた旅立ちというお話でした。

70年代の作品ですので、古いといえば古い感覚は否めませんが、
今読み返しても、心に響く作品です。

「言葉」と「文字」というツールを操る種族であるならば、
正しく、より良き事の為に使ってこその「言葉」であり「文字」であるべきです。


昨今の、一度失策を犯した人に対する滅多打ちみたいな叩きは如何なものかと思わざるを得ません。
公費使い込みは責められて然るべきですが、大昔のラブレターTVで公開されるって、それとこれとは全く違う話だと思います。
皆が叩いてるから何でもありで、とにかく今のうちに叩けるだけ叩いてやれという、後の事なんか知っちゃいねえし的なヤケクソな八つ当たりの炎上状態は凄く怖い、嫌な感じがします。



和田慎二「大逃亡」。
ネットカフェじゃなかった漫画喫茶(なんてまだ有るんですか?)辺りで機会がありましたら是非ご一読ください。





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POTE
Posted byPOTE

Comments 2

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ツンデレ  

マンガ博物館ですかー行ってみたいですね

いやぁ結婚するときにそれまで持っていた漫画は殆んど処分したんで(親が捨てた)
実家に置いて置くつもりが滑っ無くなった時にはせめて一言あっても良くない?と思ってましたが

姉はリボン私は別花で育ち後にマンガオタクに成る程はまってしまいLaLaのセンジツ亡くなられた吉野朔美さんの話は大好きでした
マンガで和田慎二さんの正義感やガラスの仮面での不条理感、萩尾先生ではポーの一族で愛とは人間とはまた宇宙観やイグアナの娘の親と娘の不条理な関係やら
色々な事を教わりました
旦那はマンガ否定派ですが
今も子どもと共にはまっております
あの在宅介護の最中
マンガで癒されていたのは間違いありません

なかなかハードで充実の京都旅行でしたが
また許されれば旅行記お載せください

私も行きたいんですけどねー
子どもより手の掛かる坊ちゃんがー
( ´Д`)

2016/06/26 (Sun) 10:24 | EDIT | REPLY |   
POTE  
>ツンデレさま

小説には小説の、マンガにはマンガの、他アニメやら映画やら夫々が、読む人の心の糧となり知識となり見識を広げるきっかけになります。勿論、癒しにも息抜きにも。
まさに、無駄なことなど何も無い。

マンガミュージアム、じゃっくさんに言わせると「でかい満喫(漫画喫茶)」ですが、貸本屋と国立国会図書館くらいの差がありました。
機会がありましたら、是非。

コメントありがとうございました。

2016/06/26 (Sun) 20:42 | EDIT | REPLY |   

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