WINDING ROAD

在宅介護という名の過酷にして壮絶な終わりなき戦いの日々 自分の病気、ジツボとの関係 荒野に俺は一人だけ(笑)
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大切なことはみんなマンガが教えてくれた

古い話で恐縮ですが、
(最近、ババア化が顕著なもんでさぁ)

80年代、スケバン刑事やピグマリオで一躍名を馳せた、

故 和田慎二の作品で、91~95年に連載された「怪盗アマリリス」という作品があるのですが、

元は、スケバン刑事から更に10年遡る(ひええ!)73年に、単発で発表された読み切りでして、


某財閥企業が地方開発において、或る街に供給される食料に麻薬を仕込み、
意図的に豊満体型(笑)に仕立てながら、平穏無事な日々を供給するその裏で住民の自発思考を停止し、開発側の思惑通りに動く操り人形と化す陰謀が実験的に進んでおり(家畜の安寧 虚偽の繁栄ってヤツですよ)、
一時はその安寧に飲み込まれかけた主人公ですが、親友を失うことで覚醒し、財閥企業を倒し、陰謀を白日の元に晒し、人々を救う というストーリーなんですが、




その中で、重要なシーンであり、ワタシにとって今でも印象深い場面が、

誰もが満足し、幸せに暮らし、食べ物は美味しく、揉め事もなく、心配も悩みもない平和な街。
だけど、何か違う。何か物足りない。どこかおかしい。

そんな違和感を感じつつも、

「ま、いいか。考えるのが面倒だ」そう呟いて、主人公は思考を停止し、
もっと楽しい今日のおやつのことを考え始める。


ト書きで

《アマリリスは自分の発した言葉の恐ろしさにまだ気づいていなかった》

とありましたが、


これ、幸福と快楽を取り違えた、物凄い怖い状況を示唆してる場面です。
理性をかなぐり捨て、本能のままに衝動に突き動かされ行動するわけですから。


面倒だからと考えること、深く掘り下げること、疑うことを放棄した瞬間、

それは人ではなく、安寧に微睡む飼い慣らされた家畜であり、戦火の喧噪や災害の鳴動から目を背け、虚偽の繁栄に溺れる刹那的な愚者と成り下がる。

ナチスドイツしかり、
太平洋戦争しかり、
連合赤軍しかり、
オ◯ム真理教しかり、

考えているつもりで考えていない、
方向性が狭角になり、踏みとどまる一線、修正すべき時期が正しく認識できない集団ほど恐ろしいものはないんです。



古来、学問的には、人間の定義は様々に言い表されてきました。

霊長目ヒト科に属するホ乳類、ホモ・サピエンス(知恵ある人)。

「人間は社会的動物である」by哲学者アリストテレス
「人間は半ば社会的、半ば孤独な存在だ」byラッセル
「人間は、どんなことにでも慣れる動物だ」byドストエフスキー
「心をもった機械」byデカルト
「ホモ・ルーデンス」(遊ぶ人)byホイジンガ
「ホモ・ファベル」すなわち作る人、
「生産する動物」
「道具を使う動物」
「裸のサル」と言った人も。

しかし、人間を表現したもので、最もよく知られているのは、

『パンセ』の一節 
「人間はひとくきの葦にすぎない。自然の中で最も弱いものである。だが、それは考える葦である」byパスカル

「人間の尊厳のすべては、考えることのなかにある」
「考えが、人間の偉大さをつくる」


考えましょう、自分の頭で。
考えましょう、不平不満を垂れ流すのではなく、解決の為の思惟を。

無条件で鵜呑みにせず、先ず立ち止まり、自分の頭で考え、疑問を調べ、その上で行動しましょう。


だから、

「情けは人の為ならず」と聞いたからといって、

情けをかけることは相手の為にならない と遺棄するのはやめましょう。
(実はこれが本題 笑)
(毎回前振り長くて申し訳ない)
(時と場合によっては温情が仇になるケースも否定はしませんが)

この解釈間違いは相当古くからあって、60年代の頃から問題になってたんですが、
おかしいだろーと思っても、調べたりせず、そのまま鵜呑みにして、それを免罪符や口実に手助けしない人大杉。

昔は凶器になりそうな広辞苑めくって調べるのめんどくさいからって言えたかもしれませんが、
今なら辞書機能で一発検索ですよ。
調べないから分かんないなんてのはただの怠慢でしかないでしょう。
それでいてReTweet replyは間髪入れずにやってんだから。


そもそも「情けは人の為ならず」は本来の文の半分しか言ってません。

正しくは

情けは人の為ならず 巡り巡って己が為 です。

覚えるなら 「情けは己が為」 なんです。
(ただ、語呂がイマイチ。情けは人の為〜の方が聞こえがいいんだよな〜(>д<))

情けをかけるのは相手の為ではなく、いつかその行いが自分に還ってくるから という意味です。
(だからといって、悪い花咲か爺さんやシンデレラのお姉さん達みたいに果報目当ての施しは論外ですが)
(そっちの場合は因果応報ってヤツで 笑)


かわぐちかいじ「沈黙の戦艦」でも、クライマックスに

独立せよ と世界に力強く呼びかけるシーンがあります。


それはそれまでの関係を破壊し、権利を暴力で贖うことではなく、

人として集団として国として、レベルアップし、違いを認め、理解し、難局を乗り越え、来たるべき苦難多き未来へと共に乗り越えるべき呼びかけであった筈です。




>3/25 拍手からコメ下さったAさま
続きでお返事させて頂いております。

>3/25 拍手からコメ下さったOさま
続きでお返事させて頂いております。




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>3/25 拍手からコメ下さったAさま

初めましてPOTEと申します。

記事内容によっては悪口雑言が過ぎる為(笑)、勝手ながら自主規制で限定公開にさせて頂いております。
どんなものでも飲み込めるぜいという太っ腹な方で、fc2ブロガーの方はブロとも申請をお願いしております。
fc2以外の方、又はブロとも申請せずともちょっとだけ読みたい方はパスワード攻略をお勧めいたします。
お使いの環境(ガラケー)によってはお読み頂けない場合もあるようです。
以上を踏まえ、よろしくご検討ください。

拍手からコメントありがとうございました。


>3/25 拍手からコメ下さったOさま

ああ〜、ゴメンなさい。
偶然じゃないんです。
Oさんがお書きになった記事に触発されて急ぎ書いただけなんですの。
でも、かねがね感じて思っていたことは本当です。
例の件のご快諾と合わせて、拍手からコメント有難うございました。

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返信ありがとうございました。
ブロガーでは無いので、パスワード攻略、励んでみます(笑)
2016年03月26日(Sat) 00:28












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