WINDING ROAD

在宅介護という名の過酷にして壮絶な終わりなき戦いの日々 自分の病気、ジツボとの関係 荒野に俺は一人だけ(笑)
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「介護は命削る作業」

脳出血で左半身まひの障害がある夫=当時(72)=の介護に疲れ、自宅で夫を刺殺したとして、殺人罪に問われた妻(79)の裁判員裁判の判決公判が29日、千葉地裁でありました。

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かつて「介護は愛情ある家族の手で」と言った政治家がいました。

恐らく、老親のシモの世話もしたこともない、

耳障りの良いことだけ吹聴し、派閥の親分と持ち上げられ、スタンドプレーにはやり、面倒なことは秘書や奥様に丸投げして自分は良いカッコしているだけの、古き良き時代の見栄っ張りなそのセンセーは、判決を受けた妻と同年輩の筈ですが、ご自分はますますご壮健でおられるんでしょうか。
耳が遠くなり、目も見えにくくなり、覚えが悪くなり、足許もおぼつかなく、同じ昔話を繰り返し語り、食べればこぼしまくり、着替え一つにも往生し、失禁することもないのでしょうか。
愛情ある家族に手厚く介護される日は永遠に来ないのでしょうか。
(それならそれでいいですが)
(ほとんどの場合、本人は出来てるつもりでも、周りからすれば「そんなわけねーだろ!」)


80を目前とした老体で、日を追う毎に介護負担は増加し、夫は思い通りにならない苛立ちを感情的に妻にぶつけ、息子も協力的ではあったけれど会社に出勤した後は老いた妻がたった一人で夫の世話に明け暮れなければならない。

愛情は数ヶ月で霧散し、疲弊し憔悴しきった身体で、義務感と使命感だけで懸命に頑張っておられたのでしょう。

「あなたが頑張らなくてどうするの」
「私が頑張らなければ」

「お父さんにはあなたしかいないんだから」
「お父さんには私しかいないんだから」

「応援してるから頑張って」
「応援されてるから頑張らなければ」


お母さん、お母さん。

あなたは限界まで頑張っていたんです。

これ以上頑張ることなんかなかったんです。

もうできない、もうやりたくない、もういやだって言っても良かったんです。

お母さん、あなたはとても真面目で誠実で一途で一生懸命な人だから、苦しさのあまり、お父さんの手を離すことではなく他の方法を選んでしまった。

残念です。とても残念です。


これは決して特別なケースではなく、今在宅介護のどのお宅でも似たようなどす黒い感情を燻らせている介護者がざくざくいるんじゃないかと思います。

お願いだから、介護者に「頑張れ」と言わないで。

その善意の応援が、介護者を更に追い詰め、その判断を誤らせる。


無駄に明るい介護者の「大丈夫」を信じないで。

いっそ、とめどなく恨みつらみ愚痴を吐き出してる人の方が余程切り替えに長けていて、それができない人の方がずっと危険な土俵際ギリギリに追いやられている実態を見逃さないで。


介護は嫌な仕事で、やりたい人なんかいなくて、シモの世話は臭くて汚くて、その人が家にいるだけで気が滅入って、神経が休まらなくて、顔も見たくなくなる。

それが当然。そう感じるのは当たり前。

大げさでなく、介護は人生を捧げてするものだから。

本来、そこまですべきではなく、もっと余裕を持って向かい合うべきなのは重々承知しているけれど、

要介護者の動向は常に予想外、櫛の歯が欠けるようにできないことが増えていき、介護者の負担は増える一方、しかもいつ終わるのかも分からない不安と孤独と恐怖の中で、

髪振り乱して必死になることで、どうにか凌げることも多々ある筈。

もっと、周りが協力してくれていたら、
もっと、楽に弱音が吐けたら、
もっと、自分が思う通りにできていたら。

あなたは悪くない。
あなたは限界以上に頑張っていた。
あなたは偉かった。

だから、自分自身を責めないで。

誰も思う通りの介護なんかできていない。

外野はいつも無責任で、好き勝手なことばかりさえずっている。

残念だけど、誰もあなたを守ってはくれない。

だからあなたは、あなた自身であなたを守るしかないんです。

それが、ひいては要介護者をも守ることにもなる。


痛ましい悲しい事件が起きるたび、

かつてワタシ自身もそうであったように、
(あなたとワタシの違いは凶器を手にしてしまったかどうかの差だけ)
(実際に手を下してないだけで)
(しめたろかとか刺したろかとか沈めたろかとか、そればっかり考えてた時もありました)
(殺意を一度でも一瞬でも抱かず、昼夜逆転やBen失禁の後始末、いわれのない誹謗、無責任な応援を聞き流せる人がいるのでしょうか)
(そら、いるかもしれないけど、問題は殺意抱かない人の有無じゃなく、否応なく殺意を抱かざるを得ない人の救済をどうするか)

相手の死を願い、実子を恨み、自分の夫を憎み、自分自身の馬鹿さ加減とこの世のあらゆる全てに怒り、

同じように、優しく心配してくださる声を素直に聞き入れられなかったワタシだったからこそ、

懸命に誠実に無欲に頑張っているあなたに伝えたい。聞いてほしい。抱きしめたい。


手を放す勇気も時には必要です。

◯◯しなければ、でご自分をがんじがらめにせず、

辞めていいんだ、辞められるんだと思う卑怯な想いが、逆にあなたを救ってくれます。

世間の都合の良い良妻賢母幻想に縛られ、途を見誤るくらいなら、悪妻愚妻鬼嫁と謗られようと、進むべき道標を見失うことのなきよう。


そして、今なお、この暗く凍るような冬の夜の奥底で、懸命に闘って耐えておられる多くの同志諸姉に申し上げたい。

正しく、カッコよくいたい自分自身の幻想に負けないで。

無様で不器用で弱くて情けないことを恥じないで。

強く、しなやかに、したたかに、諦める勇気を持ってください。





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Comment

No title
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お陰様で、殺人犯にはなりませんでした
今、狭い村中の良い嫁です
とっても偉い嫁です
本当は違うのにな~!
まぁ、いいか!
2016年01月31日(Sun) 18:46
No title
編集
大昔から 殺人は犯罪です
でも こういうニュースにふれると
全く好転の見込みのない介護を
妻というだけで 高齢者一人にまかせ 
彼女の残り少ない日々と命を削らせる事は
国家の怠慢という 緩慢な殺人行為なのではないかと思えてなりません
優しかったから 逃げる という選択肢を
とらなかったのに
切ないです
2016年02月01日(Mon) 16:07
>農家の嫁さま
編集
やったかやらなかっただけの違いですよね。
やりたいと思った人は全員じゃないかとこっそり思ってます(え?違う?)。
いい嫁という称号も、農家の嫁さまはそれに充分相応しいお働きがありましたが、ワタシは結構微妙なので、正直なんだかな〜と思いますが、まあせっかくのご厚意だから有難く頂戴しておきませう。

コメントありがとうございました。
2016年02月01日(Mon) 20:17
>TOMAMAさま
編集
医療費削減の為に療養病棟を閉じ、介護看護を家庭に押し付けた時点で、同様の悲劇がざくざく怒るだろうことは充分予見できた筈ですが、結局医療保険の崩壊を阻止するという大局の為に、個々の事案は無視されることになりました。
熱心なかかりつけ医やケアマネ、訪看、施設スタッフや、誠実な家族、親切な友人知人に恵まれれば、それでもどうにか凌ぎきることはできるかもしれません。
でも、そういう繋がりを持たない人は見捨てられ取り残され解決策も希望も与えられず、ついには凶行に走ることしか残されていない。
何とか、そういう人たちに手を差し伸べる社会であり続けることは無理なんでしょうか。
病院からも出され、施設からもサービス対応外と締め出され、絶望しか残っていない老妻に夫婦だから愛情があれば何でもできる、後は自分でなんとかしろだなんて、そんな卑劣な引導はないと思います。

コメントありがとうございました。
2016年02月01日(Mon) 20:19
いつもうなずきながら読んでいます
編集
初めてコメントいたします。
昨年、私の身近でも、事件が起きてしまいました。
思い出すたびに、どうすれば介護している人は救われるだろうと考え込んでしまいます。
介護をしていると、ここから抜け出すには、自分がいなくなるか、相手がいなくなるかの極端な考え方になる気がします。
なぜか、他のいい案が思いつかないんですよね。
そんな精神状態に追い詰められる前に、なんとかしてあげなければいけないのに。

私自身も2年前に、ぎりぎりの所に立っていました。
私は自分がいなくなろうと思っていたんです。でも、その時は誰にも言えませんでした。
今、ぎりぎりの人がいたら、なんとかしてこちらに一歩、引っ張りたいと願っています。
少しでも相手が弱音を吐けるようなコミュニケーションができたらいいのですが・・。
2016年02月03日(Wed) 14:04
>ちくわぶさま
編集
はじめましてPOTEと申します。

1対1の介護は絶対に身が保ちません。
ケアマネや施設や訪看、理学療法士といった利用出来うる人材を限界まで動員して、どうにかガス抜きができてかろうじて回せるかも…というのが現実ですが、10年前も今も、必要な人に必要な情報が行き届いていないのは大いに問題です。
子育てと同じだとか、会社勤務だって大変だとかの反論は全くもって認識が低すぎると思います。
介護していることがそんなに偉いのか?との批判も受けたことがありますが、偉いに決まってんだろー!誰が好き好んでシモの世話したり、延々同じループ昔話拝聴してると思ってんでしょう。
ひとりに押し付けて、安全圏から応援旗振ってるだけの卑怯者が多すぎます。
今苦しんでいる人が、要介護者が死なない程度に(汗)何もかも引っ被っている重荷を降ろして、一人じゃないから、皆同じように土俵際で文句たらたらでしょうことなくやっているのだからと呼びかけたいですし、どうしてももう無理であるなら、施設入所を決意するのも大切で尊重されるべき決断ですね。

ワタシは病気を得た時、見ず知らずの先輩たちからかけて頂いた応援や励ましにとても救われました。
その恩義に報いるのは、応援してくれた人たちへの返礼にとどまらず、昨日のワタシでもある人たちに、希望のバトンを繋いでいくことだと考えています。
無力な市井の人間ですが、だからこそ寄り添える、苦楽を共有できる存在として、孤立し道を見失っている人に、できるだけ呼びかけていきたいと思っています。

コメントありがとうございました。
2016年02月03日(Wed) 19:57












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