WINDING ROAD

在宅介護という名の過酷にして壮絶な終わりなき戦いの日々 自分の病気、ジツボとの関係 荒野に俺は一人だけ(笑)


その血統4(完)

  1. 2009/09/30(水) 12:54:41_
  2. 日々のたわ言
  3. _ tb:0
  4. _ comment:7
元々、家付き土地付き娘で、気が勝ってるところへ持って来て、姑に仕えることもなく、早世した入り婿亭主に代わって、一家の大黒柱となって身を粉にして働いて来た自負のある先代婆様は、

息子が嫁を貰い、一家を構えてからも、大人しく楽隠居する気は更々なく、

近所のガラス工場でパートの欠員が出たと聞くと、息子夫婦に断り無く、嫁(婆様)の勤務を申し込んで、「仕事探して来てやったから」と悪びれもせず、堂々としていたらしい。

それでも、残業とか繁忙期の臨時の出勤の時は、進んで家事を代わってくれたし、孫二人の面倒もよく見てくれたので、仕事に従事している時は心強く頼りがいのある応援団だったのだけれど、

仕事じゃない、いわゆる打ち上げ、慰労懇親会とか忘年会、新年会の類いになると、

「そういう所は男が行くもんだ。女がそんな集まりに行ってどうするんだ」とけんもほろろの対応だったらしい。

でも、せっかく親しくなったパート仲間の皆さんが、夜だと先代婆様の手前、嫁である婆様は参加し難いだろうからと、昼間の開催で調整して下さり、是非参加してくれと熱心にお誘い頂いたので、どうかお姑さん、行かせて頂戴と頼み込んで、数日掛かりで説得に成功したものの、

当日、朝から先代婆様はご機嫌斜めで、出掛ける段になって「それでは行って参ります」と挨拶に行ったら、仏頂面で返事もしてくれなかったそうな。

その険悪な仕打ちに婆様は多いに傷き、いっそ、出掛けるのをやめようかとも思ったけれども、折角のお誘いだったし、何より婆様自身もとても楽しみにしていた打ち上げ会だったので、委細構わずそのまま出発。

「どうして、一言、楽しんでおいでって言ってくれないんだろうって、会場に向かう道中、腹が立って、情けなくって、涙が出たわよ。その時にね、私、心に誓ったの。自分が姑になって、お嫁さんが出掛ける時は、絶対快く送り出そうって」

…ん?そうじゃない時もあったような…(ま、いいか)
はい、伏して感謝申し上げます。

ところで、今でも、婆様は心待ちにしてた外出だとか、娘一家が来る日は、朝から上機嫌で、歌まじりで掃除機掛けたりしてます。しかも本人全く自覚無し。
まあ、それだけ会うの楽しみなんだなーと私は思うくらいですが、

きっと件の日の朝、婆様は自分でも気付かないうちに、出掛ける前、家事をしながら如何にも楽しそうに鼻歌歌ってるんるんしてたのだろう。

先代は、女だてらに飲み食いなんて罰当たりな、働かざるもの喰うべからず、働くことこそ無上の喜びという、徹頭徹尾働き者の方だから、

古参のパート仲間の人が直々に先代婆様に許しを貰いに来てくれたりして、渋々許したものの、当日はたき掛けながら、洗濯物干しながら、鼻歌歌ってる嫁の浮き立った様子は、先代婆様の不愉快のドツボにメガヒットしちゃったのだろう。

婆様は充分傷ついたけれど、先代にしてみれば、行かせてやっただけでも最大級の譲歩で、その上、楽しんでおいでとは口が裂けても言えなかった筈。

何時の世も、どの世代も、感覚の相違、物事の優先順位の違い、ジェネレーションギャップというものは埋め難く、それをどう理解し、双方努力して落としどころを探って行くのかが、人間付き合いの極意と言う奴で。

それでも、その後、時代の趨勢と共にさしもの先代も老い、世間知らずのおぼこい嫁は実質的に実権を握り、おシモの世話まで受けて、先代は自宅で大往生なさるわけですが、

亡くなる少し前に「あんたがあたしの歳になるまで、守ってあげるからね」と言って下さったそうです。

とはいえ、先代の享年は現在の婆様の年齢よりも若かった筈なので、

家の仏壇には、先代婆様の小さいモノクロ写真が飾ってありますが、ちょっとしかめっ面のそのお顔と目が合う度、(まさか、息子夫婦の守り役をこんなに長くさせられるとは思わなかったでしょうね)と、孫の嫁はこっそり囁いています。

(えー、すいませんー、お迎えは、年齢順でお願いしますー)
(= ̄▽ ̄=)ニャハ

長々と、昔語りにお付き合い下さいまして有り難うございました。
2009_09_30  [ 編集 ]

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comment

う~ん。さすが。

  1. 2009/09/30(水) 14:59:03 |
  2. URL |
  3. 山田あしゅら
  4. [ 編集 ]
明治、大正を生きてきた女性は
昭和の私たちにはない強さを感じますね。
今時の女性のように『男なんかにゃ負けないわよ』
というのとはまた違った強さ、したたかさ。

見習うべきところもありますね。
あの時代に戻りたいとは思いませんけど。

とても興味深いお話をありがとうございました。

No title

  1. 2009/09/30(水) 18:09:25 |
  2. URL |
  3. まさひま
  4. [ 編集 ]
POTEさん。

口は悪くても、生きることに真剣で、過去を振り向かない前向きな生涯、お見事ですね。

お婆様(今の)の賢さが光ってます。

実際にあった濃密な事実を聞かせていただき、ありがとうございました。

若いころは「昔はね、、」
なんていわれたら、拒否反応でしたが、今はむしろ聞きたいくらいです。
年、ですかね。

>山田あしゅら様

  1. 2009/09/30(水) 20:51:35 |
  2. URL |
  3. POTE
  4. [ 編集 ]
人に歴史あり。
相性はどうあれ、縁あって家族となった以上、楽しい思い出も、腹が煮える揉め事も、それがその家の真実の姿であり歴史なんですね。

コメント有り難うございました。

>まさひまさま

  1. 2009/09/30(水) 20:59:36 |
  2. URL |
  3. POTE
  4. [ 編集 ]
良く出来た嫁は金(かね)のわらじ履いてでも探せ と言います。
完全無欠ではないけれど、それでも爺様にとって、婆様を嫁御に貰えたことは、人生最大の果報だったのではないかと思います。

でも、昔話に熱心に相づち打って聞いていたのは、最初の数年だけで、もー最近は、あーはいはい、その話なら全部知ってますーみたいな、実に適当な態度で聞くという体たらくです。

コメント有り難うございました。

No title

  1. 2009/09/30(水) 22:29:51 |
  2. URL |
  3. pegi
  4. [ 編集 ]
楽しく読ませていただきました。
一人一人人生のドラマがあり、社会に国に翻弄されながら強く生き抜く姿は見習わなければなりませんね。でも私その時代に生まれていなくて良かった。
お姑さまの見方が多少変わりました。(もちろん尊敬の意味です)

>pegi様

  1. 2009/09/30(水) 22:41:58 |
  2. URL |
  3. POTE
  4. [ 編集 ]
楽しんで頂けて何よりです。
どんな人も、見え易い表部分よりも、有事の際に初めて垣間見える本質というものがあるのだと、同居してつくづく学習しました。
それにしても、婆様も、まさか嫁が世間に向かってこんな昔話を発信しているとは夢にも思いますまい。

コメント有り難うございました。

>13日拍手してくださったn様

  1. 2009/10/01(木) 08:56:24 |
  2. URL |
  3. POTE
  4. [ 編集 ]
悪口でしか人を語れない(評価出来ない)昨今の風潮からすると、うちの婆様という方は、本当に尊敬に値します。
全然言わない訳じゃないんですよ。
実は結構キツいこともそれなりにおっしゃるんですけど、ものは言い様と言うか、聞いててそれほど不快にならない、笑い話としてオチがつくところに、婆様の懐の深さが垣間見えたりします。
言葉は人を表しますね。
(あれ…?ギクッ)

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プロフィール

POTE

Author:POTE
家族:
ダンナ(じゃっく・仮名)
子供なし
婆さま(ダンナ母・90才要介護4 脳梗塞で左麻痺の車椅子)
爺さま(ダンナ父・2012.9逝去 享年95才 最後は要介護4の車椅子)

since2009.2.10

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