WINDING ROAD

在宅介護という名の過酷にして壮絶な終わりなき戦いの日々 自分の病気、ジツボとの関係 荒野に俺は一人だけ(笑)
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べいまっくす

婆様は6人兄弟、兄3人と姉2人の末っ子で、

兄上2人は太平洋戦争に従軍し(もう一人は夭折)、

海軍在籍の兄上は復員したが、もう一人の兄上は中国戦線で帰らぬ人となられました。
( ̄ДÅ)

一時期婆様が帰依してた、人の見ぬモノを視る“先生”によると、その兄上は頭に大変な痛みを受けて亡くなられたらしく、

当時、戦局は悪化の一途を辿り、中国駐留の日本軍は敗走に敗走を重ね、生き残った部隊は飲まず食わずで険しい山の道なき道を深夜駆け通しで安全圏へと落ち延びていた。

おそらくはその中途、敵兵に襲われたか、山中を抜ける途中で事故に遭ったか。
だから、その方の戦死広報が届いただけで、今も何処でどのように亡くなったかすら知る術がありません。
(部隊そのものが壊滅状態だったらしい)
 (´・ω・`)お気の毒です…

婆様「兄弟の中でも、とても気持ちの優しい、怖がりな兄だったんでねえ。それなのに、中国のそんな山奥でなんて、どれだけ怖い寂しい思いで死んでいったかと思うと可哀想でならなくてねえ」

中国で亡くなられた兄上の話になると、必ず婆様はそう繰り返していたんですが、


ここからは些かファンタジーとゆーかオカルトとゆーか世にも奇妙なっぽい分野の話になりますので、そーゆーの興味ない方はスルーしてください。



もう何10回と拝聴してる、中国で亡くなった兄上の話になった際、よほどご本人が主張したかったのか、久々に感度が良くなったような気がして、信じてもらえないの前提で、ご本人からの伝言を婆様にお伝えしました。
(いちおー言っておきますが、たーまーに、なんとなーく感知出来るだけで、ものっそ不安定アンテナなんで、普段は霊感ゼロです 断言)
(因みに、婚家系のは結構拾えるんですが、実家系はまるでダメです)
(自ら拒否ってるのもある 笑)

POTE「生きて帰って来られなかったことは残念だし、悔しいし、申し訳ないと思っているけれど、自分は最後まで出来る限り一生懸命頑張ったので、今は何も悔いていない。だから、可哀想とか言わずに、よくやったと、よく頑張ったと思って欲しい、自慢に思って、讃えてくれたらもっと嬉しいって言われてますけど」

婆様「…そうだね、その方がいいんだろうね…」


その話はそれで終わったんですけど、

ワタシ、じじ様が居た頃、かなり腰を痛めてしまって、腰や姿勢矯正に良いと聞き、うちにはバランスボールがあります。
こんなの。↓
ball.png

今でも、仰向けに乗って背中ストレッチしたり、婆様の食事のお給仕の時はこれに座ってるんですが、
腰痛防止になってるかどうかは正直微妙。
(ワタシの場合、床に寝転がったストレッチの方が効くんで)
結構大きくて掃除機かけるのに、邪魔になる時もあるし、使わない時はテーブルの下に軽く押し込んでおきます。
IMG_1753_convert_20150216185401.jpg

で、中国で亡くなられた方の話をした日の夜、

婆様の夜セットも整え、食器も洗い、

じゃっくさんの帰りを待ちながら、テーブルの横にある座卓に向かってPC弄ってたらですねー。

地震も風もないのに、テーブル下に押し込んであったバランスボールが一人でコロコロ〜と転がり出て、
ワタシの背中にぴったりくっついたんです。
ぴったりというかぽよよんて感じで。
snap_pote1130_20152119827.png

その時、

べいまっくす?



いやいや、確かに白くて丸くてぽよよんとしてるけど(笑)。

バランスボールべいまっくすに形を借りて、中国で亡くなった兄上がワタシに「伝えてくれてありがとう」と言って下さったような気がしたのは、
単なる考えすぎか、はたまたこじつけかもしれませんが。

そんなに余計なお節介でもなかったような気もするし、
(ほら、こういう助言って言い方や力の加減間違うと、ただのゴリ押し迷惑になりがちだから 笑)

今も、バランスボールは使わないときはテーブル下に入れてますが、あの後、何度か地震で揺れた時ですら、転がり出て来たことはありません。

何故、あの時、コロコロ出てきたのか不思議です。
うん、多分、単に押し込み方が浅かっただけでしょうけどね。
(´∀` )





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Comment

いやぁ。それはやっぱり・・・
編集
おばあ様のお兄上がべいまっくすに扮して(いや、扮してないって)
下りてらっしゃったんじゃないかと。

故人を知る人もだんだん少なくなって来ます。
ポッと思い出して話題に上げる方が
ご先祖様のご加護を祈ってご喜捨に励むより
どんなにかご供養になるかと。
2015年02月18日(Wed) 11:22
編集
いいお話ですね~。
私も感じることが出来たらいいのになあと思うことあります。
“かわいそう”でなく“よくやった!”ですね。
戦死された方はみなさん、そうなのかもしれませんね。
2015年02月18日(Wed) 12:48
編集
間違いないと思います♪

私も絶対姿は見ない人なんですけど
顔を知らないご先祖さまの祥月命日に
1人手を合わせていたら、ふわ~っと
暖かいものに包まれたことがあります。

信心深いひと回り上の従姉が言うには
「人は2度死ぬ」のだそうです。
1度目は命が尽きた時
2度目は忘れられた時

確かにそうかもしれません。
私がこの世に生を受けた時に
すでにこの世にいなかった父方の祖父母。
顔も知らず、ずっと興味がなかったけど、
最近は、申し訳なかったな・・・と。
お目にかかりたかったと涙が出たら、
まるで「大丈夫、愛してる」とでも言うように
暖かく包んでくれました。

婆さまのお兄様も、嬉しかったと思いますよ!
2015年02月18日(Wed) 16:09
編集
物が動くなんて 
お兄様の感謝の気持ちが すごく強かったからだと
思います
自分の気持ちを伝えてくれた事
嘆く妹の気持ちを前向きに切り替えてくれた事
への感謝ですよ 間違いなく
どうせなら べいまっくすのように包んで…
それは チト怖いか  ̄m ̄ ふふ

↑私も 何かを決めかねて悩んでいる時
時々ですが 背中から腰にかけて
あきらかに体温を越えて(カイロをあてたように) 
カーッと熱くなる事があります

そういう時は 何かが「やっちまえ!!」 と
言ってると解釈して やっちまいます(笑)
2015年02月18日(Wed) 17:12
編集
間違いないですよ
私も霊感ないと信じてますが・・・
亡き爺ちゃんに守られてます
そう信じてます
爺ちゃんのお陰です
2015年02月19日(Thu) 08:29
複雑な気持ち
編集
3年前に90才でなくなった父親は先の大戦で南方戦線(現在のミャンマー)に従軍しました。
父親は戦争の事は家では余り話しませんでしたが、戦死した日本軍人200万人の半分以上は実際の戦闘ではなく、(無謀な作戦の結果)食糧が無い為の餓死や病死だったと言っていました。
その父親が介護状態になってから、日本軍の戦争は戦後のアジア植民地解放の助けに成ったと言う様な事を言った事が有りました。
私は「そうだねーそう言う面も有ったよね」としか言えませんでしたが、ちょっと複雑な気持ちでした。
2015年02月19日(Thu) 12:24
複雑な気持ち(2)
編集
結果として植民地解放の助けに成ったのは一部分では事実でした。
終戦後にも係らず残留日本兵が戦地に残ってインドネシア独立戦争やベトナム独立戦争に参加してその功績を讃えられています。
しかし無謀な侵略戦争によって多くの人を殺し、一般市民100万人を含めた300万人もの日本人が死に追いやられた事も事実でした。
エッヘン、私の高校生の娘には日本が戦争に突き進みそうになった時は命を掛けてでもそれを阻止しなければならないと思っていると言い聞かせています。(ホンマカイナ)
2015年02月20日(Fri) 01:27
>山田あしゅらさま
編集
やっぱりそうですかね。だとしたら、ワタシも嬉しいです。
喜捨も賽銭も、善意と熱意の現れだとは思いますが、人は人、自分は自分、それぞれのやり方を尊重すべきですね。

コメントありがとうございました。
2015年02月20日(Fri) 20:01
>オリオンさま
編集
介護している我々も(オリオンさんの毎日も立派な介護です)、可哀想と同情されるより、頑張ってるね、頑張ったねと労ってもらう方が嬉しいですよね。
あ、ワタシの場合は同情するならカネをくれ ですけど(笑)

コメントありがとうございました。
2015年02月20日(Fri) 20:02
>miuさま
編集
肝心の実子さん達がそういう類系の昔話にはとんと疎い人達ばかりなので、基本は婆様孝行の傾聴ですが、兄上について語ることが出来るのはワタシ達くらいになってしまいましたから。
結果的にそれが亡くなった方の供養になるのであれば嬉しいことです。

コメントありがとうございました。
2015年02月20日(Fri) 20:02
>TOMAMAさま
編集
すると、時々、足の上にモノ落っことして痛みに悶絶するのは何方からの叱責なんでせうか?
(それは単なる粗忽)

コメントありがとうございました。
2015年02月20日(Fri) 20:03
>農家の嫁さま
編集
等価交換理論のように、何かをお願いすれば叶えられるような類のものではないし、最初からそれを願うのは問題を履き違えているのでしょうが、後年振り返った時に、「守ってもらって居たんだ」と実感できるのは幸せなことだと思います。

コメントありがとうございました。
2015年02月20日(Fri) 20:05
>パップさま
編集
初めましてPOTEと申します。

ミャンマーですか…リアル「ビルマの竪琴」ですね。
はるか遠い異国で、どれだけご苦労されたかと思うと胸が痛みます。

もちろん、当時の歴史的背景や国際情勢を語らず、単に太平洋戦争の勝敗だけを語るのは片手落ちだと思います。
実際、東南アジア諸国に対するヨーロッパ勢の進出はおよそ紳士的とは言い難い、「奪ったもん勝ち」的側面もありました。
いまもって、アジア諸国に親日派が多いのは、敵の敵は味方といった、侵略統治者のヨーロッパ勢に対する遺恨の裏返しとも言えましょう。
いずれにしても、良き父良き夫良き兄良き弟だった人が国家の命により遠い異国にて命を落とし、残された老人女子供も連日の空襲に脅かされ、誰もが明日をも知れぬ命を細々と繋ぎ、今日の我々の生活がある訳です。
戦争は間違いだった。
いつの世も戦いは破壊と怨嗟と遺恨を呼ぶだけの、虚しく、愚かな選択です。
しかし、この現代においては益々恒久平和の難しさを感じざるを得ません。
だからこそ、先人の苦労も知らず、かつて戦場に否応なしに巻き込まれ、家族を守るためと信じて赴いていった人達の覚悟を貶め侮辱するような昨今の風潮は由々しきことであります。
事実徴兵された人を身内に持つ我々としましても、徒らに戦争を美化するでもなく、木を見て森を見ずエキセントリックに戦争反対を唱えるだけでなく、時流に流されず冷静に自らの考えを持つことが肝要と考えております。

コメントありがとうございました。
(書き方が悪くて誤解を招いたようで申し訳ありません)
(怒ってませんし、パップさんが戦争に行った方々を侮辱したとも思っておりません)
2015年02月20日(Fri) 20:12
編集
POTEさんこんばんは、私のコメントの表現がお気に障った様でしたらお詫び致します。
先の大戦でなくなられた方々を侮辱するつもりなど微塵もありません。今の日本の平和はこの方たちの犠牲の上に成り立っています。だからこそその方たちの思いを無駄にしてはならないと思っています。二度と戦争をしない、平和を守れるか否かは政治家ではなく私達国民の意志と行動に係っています。私は自分の覚悟を省みて心もとなく思っただけでした。(自衛隊体験入隊経験者より)
2015年02月21日(Sat) 23:36
>パップさま
編集
お初の方に、いきなり熱く批判的持論をブッこいてしまい失礼いたしました。
リアルでも言葉が過ぎる、言い方がキツイと叱責頂くことが多い、他人に厳しく自分に甘い卑怯者でございます。
真面目ーに歴史認識を語ることもあれば、姑小姑愚痴を垂れ流すだけの無節操さが身上です。
拙ブログでは自由に気兼ねなく色々な方と意見交換し、議論し、相学び合い、テケトーにゆる〜く交流していければと思っております。

コメントありがとうございました。
2015年02月22日(Sun) 20:55
編集
POTEさんこんばんは、私こそシリアスなコメントですみませんでした。
いい加減はすごく大切ですね、特に介護では。
POTEさんの介護ブログは私も共感出来る事が沢山あります。私の心も理想とは程遠いですが私もそれで合格だと思っています。
2015年02月22日(Sun) 23:29
>パップさま
編集
これからもよしなに〜。

コメントありがとうございました。
2015年02月23日(Mon) 10:05












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