婆様ショート、じゃっくさん出張で、

温い伊豆辺りで、新鮮な刺身たらふく食って、海でも眺めながらのんびりまったり露天風呂…の筈が、
台風1号崩れの低気圧で全国的に凍るような寒い雨に見舞われ、
こんな日に鉛色の海見てどーすんだと、急遽予定変更。

で、一人出かけた先が、


鉄博(愛称 てっぱく) 
埼玉県さいたま市大宮区にある、鉄道博物館。

古くは大正10年に「鉄道開通50周年」を記念して、東京駅の神田駅寄り高架下に鉄道博物館の名称で開設。
その後、関東大震災で施設・収蔵品のほとんどを消失。
昭和11年に現在の秋葉原と御茶ノ水の中間にあった万世橋駅舎跡に移転して再建。
当初は鉄道省(後に運輸通信省)直営だったが、日本交通公社に委託され、更には交通文化振興財団運営となり(この辺りの流れが如何にも運輸族の天下り先として格好の子会社だったような気が…)、
国鉄民営化後はJR東日本が継承。
なお、運営は引き続き交通文化振興財団の委託(ほほぉ〜〜〜)。

都心にある、鉄道ファンにとっては「聖地」ともいうべき極めて人気の高い博物館だったが、収蔵・展示品目の増加、建物の老朽化とバリアフリー未対応(業務用含む)という有り得ない不便さから、平成16年(2006)に閉館。
70年にわたる万世橋での歴史に幕を閉じた。

現在、跡地は再開発され、地上20階地下2階の環境配慮型賃貸オフィスビル「JR神田万世橋ビル」が建設され、これに併せる形で、永らく旧然のままだった旧万世橋駅遺構も整備され、高架下の商業施設や駅舎跡の観光施設課が行われ「マーチエキュート神田万世橋」として開業。
(近日中に是非こちらもレポしたいと計画中)

話を鉄博に戻し、

鉄道博物館のコンセプトは次に掲げる通りである。

日本と世界の鉄道に関する遺産と資料を広く人々に公開し、かつ旧日本国有鉄道の改革および東日本旅客鉄道 に関する資料を保存し調査研究を行う。
鉄道システムの変遷を鉄道車両などの実物展示を中心に各々の時代背景を交えながら産業史として公開する。
鉄道の原理・仕組みと最新の鉄道技術、将来の鉄道技術を子供たちに模型やシミュレーション、遊具を使いな がら体験的に学習できる。

…とまあ、小難しい能書き垂れてますが、鉄オタならずとも大人から子供まで楽しめる、近代日本の歴史と繁栄を語る上で欠かせない、電車の博物館です。

2007年の開業当時は入場制限3時間待ちなんてこともあったようですが、

流石に9年も経ってるし、平日だし、幼稚園の遠足とか、老人会の日帰り旅行の団体さんが一組ずついらしたくらいで、のんびり見学できました。

若干順不同で回っておりますので、テケトーにお付き合いください。


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1880年(明治13年)の北海道初の鉄道(官営幌内鉄道)の開業にあたり、アメリカから輸入された7100形蒸気機関車

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その名も「弁慶」(右から読んでね)
この機関車は番号以外に、他にも「義経」「しづか(静御前)」「比羅夫(ひらふ)」といった北海道絡みの歴史上の人物にちなんだ愛称がつけられているそうな。

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夢の超特急、新幹線といえばやはりこの団子鼻の0系でしょう。

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昭和11年 一般形機械式ディーゼル動車 キハ41000の昔懐かしレトロな運転席

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車内窓や座席枠が木製ですよ

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旧仮名遣いの駅名標

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ワタシが子供の頃は横書き表記が右読みって、配達車両の左側とか割と普通にありました。

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展示車両は殆ど車内見学が出来るようになっており、通常は自由に見られない台車や床下機器も間近に見る事が出来ます。

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思わずツボってしまった、ワタシが通勤に利用してた中央線車両。

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仕事を終え、夕飯何作ろうかと考えながら乗ってましたっけ…(笑)
(17〜18時に仕事終えて、1時間かけて帰るんですけど)
(当時は近所のスーパーが19時で営業終了しちゃうんで、いつも閉店ギリギリに駆け込んで大変ですた)

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クモハ40型 昭和7~17年に活躍した、鉄道省の電動車としては初めて全長20m級の鋼製車体を採用した電車

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ストーブが付いてる(笑)
同じ都内と言いながら、今でも立川・八王子の気温は都心に比べて3~5℃低いので、昭和一桁の当時はどれだけ寒かったことか。

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鉄道開業当時(明治)、鉄道員には士族が多く、乗客への態度は横柄なものであったといわれる(ワタシが通勤利用してた国鉄時代だって、表に出てこい!って言いたいくらいの相当な態度の駅員がうじゃうじゃ居たわい)。
また、国内機関士は技術・知識水準が外国より遅れていた為、花形職業であるにもかかわらず機関士は主に招聘された外国人であり、日本人は車両上部で燃料をくべる燃料係がせいぜいだったという。
(今で言う3K?)

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そういった紆余曲折を経て、西欧諸国に追いつけ追い越せと努力を重ね、
時代とともに日本の電車は輸送から旅行へと主目的が変化し、寝台列車あさかぜが登場。
走るホテルと呼ばれ、豪華な列車旅行が当時のトレンドだった。
(まだ「七つ星」も遥か未来の時代です)

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カルダン駆動体験ブース
カルダン駆動とは鉄道における駆動系の一種で、動力源をバネ上に配置し、自在継手(ユニバーサル・ジョイント)を介して車軸側の歯車装置を駆動する方式の総称。
この方式は、当時においては実用上優れた方式であったが、モーターがバネ下重量となるためモーターに車輪からの激しい衝撃が加わることや、ギヤの歯面形状や遊間に起因する大きな駆動音など、いくつかの根元的問題を抱えていた。
近年の傾向として、VVVFインバータ制御と誘導電動機の組み合わせの普及の結果主電動機の小型化並びに高出力化・高回転化が推進されたことから、中実軸の電動機を用いるWN式、TD継手式のいずれか(事業者によっては両者を併用)が主流となりつつある。

若いパパさんが4~5歳の坊やを連れて、駆動体験してたんですけど、傍で見てる坊やそっちのけで、パパさん、真剣にレバー操作してました(鉄少年の情熱がってか 笑)

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昭和35年に誕生した日本最大規模の最新式オンラインシステムMARS1

日々急増する旅客に対応すべく、それまで係員がすべて手作業で行っていたチケットの予約販売業務を自動化し、旅客の利便性を向上させるため、MARS1が誕生。

インターネットもクラウドシステムも存在しない、テレビだってブラウン管の白黒で、自宅に電話がある家の方が珍しかった時代のコンピュータですよ。

で、このマルスが開発される以前は、その列車の始発駅が属する指定席管理センターで、列車ごとに日別の指定席台帳を作って各列車の指定席を管理しており、

駅で切符の申込みを受けた際は、

1.駅員が電話でセンターへ問合わせ、
2.センターでは指定席台帳から空き座席を探し出して見つけた座席の座席番号を回答し、
3.駅ではその座席番号を指定券に手作業で書き写して発券していた

…っーんだから、悠長なんだか、緻密なんだか、アナログ作業の真髄を見せつけられた思いです。

続きます





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POTE
Posted byPOTE

Comments 8

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オリオン  

あ~懐かしい新幹線。
思わず「びゅわーんびゅわーん走る青い光の超特急♪・・・」歌ってしまいました。
東海道新幹線が開通した年に生まれましたので・・・そしてあのまん丸のお顔の新幹線を自転車に乗って、見に行ったことを思い出しました。
POTEさんのブログで、また物知りになりました~。

2015/01/26 (Mon) 21:42 | EDIT | REPLY |   
POTE  
>オリオンさま

じそーく、にひゃーくごじゅっきろー♪
飛んでくように、はしーるー
びゅわーん びゅわーん びゅわーん
はしるー♪
キャァ♪~~(/≧∇)/\(∇≦\)~~キャァ♪

コメントありがとうございました。

2015/01/26 (Mon) 22:31 | EDIT | REPLY |   
山田あしゅら  
ああん。あさかぜ。

乗り間違い事件をひき起し
米原駅で2本の列車を臨時停車させたのが
20年前のそう、あさかぜでございました。
懐かしいなぁ。
翌朝、寝台から思い切りずっこけたのも
今では叶わないイイ思い出です。

2015/01/26 (Mon) 22:58 | EDIT | REPLY |   
TOMAMA  

そうです 小学生の頃 都内見学で見た弁慶のロゴ?はこれっ!!
躍進日本 光り輝く0系も 博物館入りたあ
こちとらが年を取るのもしかたないのう ε-(;ーωーA フゥ…

そうそう 朝一で並んで 
希望列車と名前を書いた紙を渡して番号札をもらい 
1時頃に行くと 番号の横に○×の書いた紙が張ってあって
○なら 切符が買えた 
一応 コンピューター導入で 電話注文じゃなくなった頃の話です

2015/01/26 (Mon) 23:48 | EDIT | REPLY |   
miu  

懐かしい!
私も思わず歌ってしまったクチです(苦笑)

2015/01/27 (Tue) 15:53 | EDIT | REPLY |   
POTE  
>山田あしゅらさま

列車2本臨時停車とは剛毅な(笑)
そうそう、当時の寝台って、不安定でしたよねー。
展示ブースとしてはサブのヒストリーコーナーの方がワタシ、色々な思い出が甦ってき
て面白かったです。

コメントありがとうございました。

2015/01/28 (Wed) 09:08 | EDIT | REPLY |   
POTE  
>TOMAMAさま

長距離切符なんて本当に「特別」でしたものね。
自宅最寄りの駅で、窓口すら通さず、券売機で新幹線の指定席が取れて、窓側通路側まで自分で決められる時代が来るなんてねえ…

コメントありがとうございました。

2015/01/28 (Wed) 09:11 | EDIT | REPLY |   
POTE  
>miuさま

新幹線、超特急、未来に夢と希望が溢れていた時代でしたね。
時代そのものもそうですが、ワタシ自身もまだまだ幼く、オボコく、信じやすい純粋さがありました。
…今ではこんなに老け込んで捻くれて世俗にまみれてしまいました〜(大笑い)

コメントありがとうございました。

2015/01/28 (Wed) 09:15 | EDIT | REPLY |   

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