WINDING ROAD

在宅介護という名の過酷にして壮絶な終わりなき戦いの日々 自分の病気、ジツボとの関係 荒野に俺は一人だけ(笑)
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介護者として思うこと

過日は「優しさの功罪」におきまして34もの拍手を頂き、また熱意のこもった真摯なコメントを頂戴致し、誠に有り難うございました。
(途中、一抜けして湯治に出掛けて申し訳ございませぬ)

もー、かつての自分もそうでしたが、介護者は誰もが土俵際ギリギリのいっぱいいっぱい。

余裕のある介護、笑いのある介護、協力し合う介護を目指しながらも、

結局人間、一時はその気でも時間の経過と共に熱意は薄れ、義務感だけでイヤイヤやってる主介護者と、

交代要員の筈の身内で、逃げられる人は言葉巧みに楽な方に楽な方にと如才なく流れ、

結局、不器用で責任感のある人だけが孤独で壮絶な現場に取り残される。

「大変だ」「疲れた」という必死の訴えも「うちだって」「私だって」「無理しないで、頑張って」などという何の慰めにもならない詭弁で躱され、
(「何でもやります。おシモ以外なら何でも手伝いますから言って下さい」とかな)
(余りに正直な善意と自己保身に二の句が継げねえ 笑)

辿り着いた達観は『荒野に俺は一人だけ』。

排泄と食べこぼしとエンドレス耳タコ昔話又は妄言の狂人と向かい合う、絶望だけの終わりのない宿直生活。

(そうクダまくと、自分だけ被害者面するなとか、他の皆だって自分の出来る範囲で手伝ってるじゃないかとか)
(感謝もせずにハナから嫌って悪口言ってるのはお前だろ とか)
(…誰 の 親 だ ぁ?…)


主介護者の孤立はあってはいけないし、そうならないように努力することは何より優先されるべき。

しかし、現実はそう成り下がってしまうのが在宅介護の現実だから。


「大好きな自宅に居たい」
「病院や施設ではなく、最後まで自宅で過ごしたい」

そんな舅の希望に応じ、自宅看取りを敢行してしまったワタクシですが、
(そこに至るまで色々思うところは有りましたが)

ご近所の皆様にも菩提寺住職にも各施設担当スタッフにも有り難くも勿体無いくらい褒めて頂きましたが、

…でも、やっぱり自宅看取りは推奨出来ない。

今更ですが、あれはお手本でも何でも無い、寧ろ悪い前例だったのじゃないかとさえ思います。


その場の勢いや心意気に煽てられ在宅介護に拘ることは、選択肢の一つではありますが、別に石に齧りついてもとか、他に選択肢が無いとか、貴重な人生捧げてまでするほどのものかっつーと、

違うような気がする。

多分、そのことはかなり早い時点で介護者は気が付いてると思うんですよね。

あ、コレ、無理 と。
コレ、ワタシ、保たない と。
年寄りの為に費やしているのは、かけがえのない自分の人生だ と。
取り返しのつかない貴重な時間だ と。
(やればやっただけの意義も価値も徳も有るとは思います)
(だけど、恐ろしいくらいカネは無くなる)


でも、口には出せない。

何故なら、それは親を施設に入れる=親を捨てる(違います)人非人のする所業だという誤った思い込みが刷り込まれているから。

「亭主の親は自分の親も同然」
「姑を世話するのは嫁の当然の勤め」
「産んで育ててもらった恩を返す幸せなお役目」

…って、

んなわけねーだろっっ!!!

(特に前の二つは何時の時代の考えだよ)
(尤も、コレ、ワタシが言われた台詞ですけどね 笑)
(大正生まれってねえ)

まー、大正生まれ辺りまでは教育勅語が染付いてる世代だからしょうがないかなー。

そういう認識の人に施設行けって言っても、姥捨先入観が払拭されないから不毛な修羅場が待ってるだけのような気もするし、
(それを億劫に思って回避しちゃいけないんだろうけど)
そもそも、圧倒的に施設不足で重度要介護でもなきゃー、300人待ちだからなー。

腹括って、親と決別の覚悟(寧ろ逆だけどな)で施設入りの話しを進めるか、

親の方から進んで施設入りしてくれるような風潮っつか、そういうトレンド来ませんかねえ。
(それにゃあ、先ず、入所したくなるようなお洒落で至れり尽くせりの施設)
(当然、就業側の給与も高給又は一般職級、勤務条件としても好適)
(若いうちは税負担も重いけれど、現役リタイアしてからは悠々自適の老後で死ぬまで安心)
(北欧式ってヤツ?)

一足飛びに実現は無理でも、せめて今の施設入所=姥捨の先入観の是正と、

介護業界全体のレベルアップ(給与、待遇、質、理念)、

劣悪施設の駆逐(虐待は無論のこと、慢性的な人員不足が原因の北京ダックみたいな食介とか、半裸のまま廊下に並べて待機させる尊厳無視の入浴介助とか)で、

“施設で過ごす老後も悪くない”と自然に思える時代が来てくれるといいんですけど。


それにはやっぱり、当人の自発的決断だよね。

今でこそ、休日はもとより通勤時ビジネススーツに抱っこ紐で赤ちゃん連れてるパパさんの姿もそんなに珍しく無いですけど(東京下町)、

一昔前は男親が赤ん坊連れて外歩くなんて、「男の沽券に関わる」とか「男として恥ずかしくないのか」とか「そんなことは女房の仕事だろう」という男尊女卑的考え方の方が絶対的主流だったわけで、

でも、「出来る方がやれば良い」「子育ては夫婦共同の仕事」「別に恥ずかしくないし」と考える男性の増加が現在のイクメンの流れを作って来たことを考えれば、

「施設ライフも悪くない」層の出現もそう遠くないような気がしないでもない。

その為にも、前述のような介護業界の現状からの脱却は是非にお願いしたいものです。



ところで、ショートから帰宅なさった婆様は、

今回新しいお友達が出来たとかで、結構ご機嫌なんですが、

そのお友達さんが同じ名字だったので、女学生のように下の名前で呼び合ったとか、

食堂テーブルの向かい側には認知症の進んだ方が居て、牛乳の入ったコップにお手拭きハンドタオルを突っ込もうとしたので、思わず声を出して制したので、スタッフも気付いて大事にならずに済んで、お礼言われたとか、

音楽ボランティアの講師の方が来て、音楽体操に参加して一生懸命頑張った姿に講師の先生がとても感激して下さったとか、

うーん、そー、よかったねーと出来るだけ優しく相槌打ちながら、

同じ話を食事の度に聞かされてます。
(明日も有りそーよー 笑)





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Comment

編集
こんにちは
「施設は姥捨て山、親を見捨てるのか?
あそこの人もここの人も、親の面倒をしない人でなしだ!」

最近、姑だけでなく舅も脅しのような、呪いごとのようなことを言います。
すべてご近所の噂、悪口なんだなー
行動範囲が狭くなっている証拠でもあります。
嫁のこころを試すようなことを言ってみたり、恩を押し付けてみたり、
はては娘を使って「お母さんをいじめないで」なんて言われています。
自分達のことは棚に上げ、人様のことを非常識云々言う姿は、あまりいいものではありません。
そんな姑さんたちの世話なんてできるのかなぁ?と不安に思います。
色んな思いが頭から離れませんが、
その時が来るまでの貴重な時間、出来るだけ楽しもうと思っています。

現在は、患者さんのほぼ全員が後期高齢者という診療所に勤めているのですが、
家庭介護に限界を迎えているお家がほとんどです。
いざとなってしまうと、ショートにショートを重ね、特養が空くまで施設を転々とせざるを得なくなったりします。
利用者の人たちもやっと施設に慣れたと思ったら、次の施設へとか、
利用者の方たちが嫌がるのもわかる気がします。
ただ、当地は超田舎ゆえ、地域から出たことのない人がほとんどで、
施設でも幼い頃からずっと一緒だった人たちがいると、むしろ喜んで入所されることもあるみたいです。
施設のあり方も変わってゆくべきでしょうね
2014年09月05日(Fri) 10:55
編集
こんにちわ
レス ありがとうございました。

介護を抜け駆けする人をなくすため
徴介護制をつくったらいいのに、、、と思ってます。

ケアプランに押印する主介護者は免除して
その他の者は 25(6年生の大学は卒業時が25だから)から1年間 介護研修
その後 1年に1か月は有償ボランティアとして介護実習
浪人や留年などして 卒業してない場合は 罰金付で繰り上げ(12万×繰り上げ年数)
(これで 介護スルーする人間がいなくなる、又、その研修で 「老い=いつか来る道」と教育してもらいたい)

ハード面は いま バタバタ廃業している産婦人科(入院施設付)を国が借り上げ 施設として活用したら 建築費用を国税で賄わなくて済むと思うのですが どうでしょう?

2014年09月05日(Fri) 17:14
家は・・・
編集
同じ話を何度も聞かされるともううんざりして
返事はしませんわ。
代わりに旦那さんが生け贄になってます。
まあ、表面だけ聞いてる振りしてれば終わるので我慢して、って頼んでます(笑)
お酒が大好きのため施設にはまず入らないでしょうね。
家でも週一の休肝日でさえ文句を言うのです。
ショートには黙って行ってくれるだけ良しとしなくちゃいけませんね。
2014年09月05日(Fri) 19:34
>ぽんぽこママさま
編集
口を開くと悪口や文句しか言えない人って寂しいです。
でも、成長過程で「会話」が成立しない環境で育つと、寡黙に過ぎるとか、一方的に話すことは出来ても相手の話しに耳を傾けたり議論(決して口喧嘩ではなく 笑)する力が身に付かないような気がします。
因にワタシ、両親共働きで、下に弟妹が居たせいで、4才からはかなり放置状態でしたが、ひたすら脳内会話・脳内議論とかしてましたので(しかも二人じゃなくてもっと多くのキャラが出て来てた)(分裂症?笑)(本好きだったから、単に物語作るのが好きだった夢見る少女だと思いたい)、相手が居ないから会話出来ないということは無いと思ってます。

高齢者の特性として環境の変化には弱いですからね。
見知らぬ土地、見知らぬ施設、見知らぬ職員。住み慣れた自宅から引き離すことが寿命を縮めることに直結しやすい世代ですから、子供さん達も決断に苦慮するところだと思います。
施設入れたからすぐ死んじゃったなんてねえ、やっぱり寝覚め悪いですから。
でも、1~2年くらいならと思ってたのに、片手どころか両手まで行ったなんて話も有りますし、先が見えないからこそ踏ん切りも付けられない難しさが有りますね。

コメント有り難うございました。
2014年09月07日(Sun) 14:23
>キリークさま
編集
有償ボランティアについては大いに賛同です。
助け合い、「お互い様」にお金が関わるのは如何なものかという麗しくも高潔な理念も結構ですが、働くことに対し成果だけで満足しろというより、相応の報酬が有った方がモチベーションが上がるというのは人の気持ちとして寧ろ自然なことではないでしょうか。

少子化で小児科も産婦人科も苦しい時代ですね。
でも、恐らくあと10年をピークに団塊世代高齢者層は減少に転じていく。
それと平行して、政府としては是非とも少子化に歯止めをかけ、平成のベビーブームを呼び込みたい筈。
未来の国民と、かつて国に貢献してくれた国民。
どちらに手厚い国となるのか。
いずれにしろ「カネ」抜きには実現は難しい…
(そういや「結局は金目でしょう」発言のI原伸晃さんは安部改造内閣から弾かれましたな~)

コメント有り難うござ生ました。
2014年09月07日(Sun) 14:24
>みかんさま
編集
話す側は常に新鮮でも、聞かされる方は苦行ですからね。
「人としての尊厳」云々と言う言葉を耳にする度、主介護者の人権はどうなってるんだよ~と思わざるを得ません。

コメント有り難うございました。
2014年09月07日(Sun) 14:25












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