WINDING ROAD

在宅介護という名の過酷にして壮絶な終わりなき戦いの日々 自分の病気、ジツボとの関係 荒野に俺は一人だけ(笑)
2017年07月 ≪  12345678910111213141516171819202122232425262728293031 ≫ 2017年09月
TOPカテアブ騒動 ≫ じゃっく:決戦当日

じゃっく:決戦当日

3/4(火)8:45 ウテナの婆様に面会。
(ホントは面会は10時からですが)
(別に受付で制止もされなかった)

POTEの顔を見るなり、

婆様「手術終わったの?」

…朝の8時45分ですよー、終わってる訳ないでしょーが と思っても、そうは言いません。

POTE「手術はこれから。今日の午後です」

ここウテナ(仮名)のショートには、老健やフラワーカントリーのデイで一緒の方も2泊利用で来たりしてて、結構知った人の出入りも頻繁だし、近所の方がボランティアで来ていたりして、それほど寂しくなく済んでるらしい。

ちょっと雑談にお付き合いし、日曜にお風呂入れて頂いたので洗濯物回収。

一度帰宅し(ウテナはチャリで15分の地元施設)、洗濯済ませてから、今度はじゃっくの病院へ。


途中で昼食を済ませ、13時少し前に病院到着。

隣の駄山氏(仮名)の鼾がうるさくて眠れなかった 耳栓が要る とメールがあったので、売店で購入してから病棟に行くと、既にT字帯(初日に売店で購入)で尿管も入れられ、見るからにしおしおしてるじゃっくさん(笑)。

例の一番痛くて辛かったこと→尿管挿入!(男性全員)情報は完璧すっとぼけていましたが、

入院スケジュールの当日の予定項目に「朝 尿管挿入」と有るので、本人嫌だし怖かったそうで。
(入院前夜に自分で剃毛済み)

しっかーし!さすがは天下のT大病院、百戦錬磨?の熟練看護師さん。

ビビるじゃっくの不安をよそに、にこやかに現れるや「尿管入れますねー、失礼しまーす」で、

さっとT字帯めくって、ガッとナニを掴まれ、ぐいっと尿管挿入され、何事も無かったように「じゃ、処置室から呼ばれるまで待ってて下さいね」と軽やかに去って行った…(じゃっく談)。

パジャマから長襦袢というか綿ガウンみたいな術着に着替え、処置室から呼ばれるのを待つ。

予定では14時開始だけど、前の処置患者さんが済み次第だから、あまり期待せず、持参した本を読んで呼ばれるのを待つ。
(ワタシの手術のときなんか13時って言われてたけど、やっぱり前の方が時間押して1時間以上遅れて呼ばれた)
(しかも、ストレッチャーにも車椅子にも乗らず、看護師さんとテクテク歩いて手術用EVに乗り込んで、「行ってきまーす」て努めて明るくじゃっくに手を振ってたわ)


で、14時15分に、処置室から迎えの看護師さんが来て下さって、

じゃっくさん、ストレッチャーに寝て、まな板の鯉状態。

手術処置用のEV(特別のカードキー通さないと廊下の自動ドアもEVも動かない)に、ワタシも同乗して処置室へ。

便宜上「手術」という言い方を多用していますが、厳密には内視鏡処置(今回のカテーテルアブレーション含む)は治療であって外科手術ではないので、医療ドラマオペシーンでおなじみの完全滅菌の外科手術室ではなく、内視鏡処置室という部屋で行います。

ですから、仰々しく手術処置用のEVに乗ったものの、降りた先からは外来患者や面会者が往来してる廊下を進むし、
内視鏡処置室の手前にはレントゲン室があったりCT室があったりMRI室があったり、
廊下の待ち合いソファーで撮影順番待ってる人が腰掛けてたりで、

外来とそれほど厳重に遮断されてはいない環境です。

(10年前、じゃっくさんが心房中郭欠損閉鎖手術受けた時は純然たる外科手術でしたので)
(手術室前まで、ワタシも一緒に付き添いましたが、「ご家族の方はここまでです」と言われ)
(じゃっくさんはストレッチャーで手術室(正確には手術準備室)に入って行きましたが)
(カードキー持ってないのに、手術エリアにワタシ一人置き去りにされた格好になり)
(別の用件で入って来た看護師さんに連れ出してもらうまで、手術フロアのEVホールに閉じ込められたままだったと言う)
(不審者か?)

じゃっくをオペ看さんに託して見送り、後は病棟でお待ち下さいと促され、今回は閉じ込められることも無く、処置室から普通に廊下に出て、そのまま病院内の売店やコンビニ、コーヒーショップ(ロー○ンとタリ○ズとドト○ルが入ってた)を見て回り、

飲み物買って、病棟のラウンジ(食堂)でじゃっくさんの帰りを待つ。

ラウンジの眼前が上野の不忍池で、観光客のスワンボートが浮かび、正面にはスカイツリーも聳えていたんですが、

明るい午後の日差しに満ちていたラウンジも、15時16時17時と時間の経過と共に眼下の景色が夕暮れていって、

スワンボートも撤収、スカイツリーのイルミネーションや周辺ビルの照明が点灯、

18時近くになると、患者さんの夕食時間なので、ラウンジのテーブルを占拠してる訳にもいかず、

EVホールのベンチに座ったり、病室に引っ込んでみたりする。


19時、処置開始から5時間経過。

体験記で最長の方は6時間超えだったので、5時間超えても心配はしていないつもりだったが、

街の夜景を見ていると、なんとなく小心者の虫もうごめき出して、

カテーテルアブレーションで死亡する確率は殆ど無いし、
アブレーション処置のリスクについて、Dr.馬助も「自分が大学に戻ってからは一例も有りません」とはっきり言って下さったけれど、

婆様の「じゃっくは死ぬの?大変な手術なの?」という言葉が妙にリフレインされて、

まさかねー、でも万が一そうなったら?、確率の問題だからなー、100%大丈夫だなんて言い切れない訳だし、1/100の悲劇に見舞われない根拠も無いしなー とか考え出したら、

そーなったら、義姉上に電話してー、菩提寺に電話してー、会社に電話してーとなって、

終いには、ワタクシ、喪主挨拶の文言草稿してました(そっちかいー!)

いや〜、最悪、意識障害の半身不随で返されちゃったら、やっと爺婆ダブルが終わったのに婆ダンナダブルかよ とか。
でも、これでじゃっくが死んじゃったら(死なないっての)、正々堂々と国賓に婆様差し出して、晴れて自由の身になれるよな とか。
そーしきっつーと、あの病んでる蘭子さんにも連絡しなきゃいけないのかな。
ワタシの一存で家族葬に出来ないかなー。
婆様に諮ったら、きっと立派で恥ずかしくないお式をとかっていうんだろーなー。
喪主だと和服着なきゃならないから、婆様の介助誰に頼もうか とか。


何せヒマだったんで、そーゆー、もんの凄ーーーーーーーく罰当たりなことばかり、つらつら考えてました。
(どーも、すんませんっっ!!!)




19:10、処置終了の連絡が有り、夜番の看護師さんが呼びにきて下さったので、不安のネタも尽きホッとして(笑)一緒に処理室に迎えに行く。

意識も有り、本人とも会話。


参考写真 内視鏡処置室内風景はこんな↓感じ。
junkanki.jpg

(メインのDr.馬助はモニターに注目し、処置作業を行い、鼠蹊部と首の付け根からカテーテル導入されたじゃっくがブルーシートに覆われ、横たわっていた模様)

完オチの全身麻酔でも、ドクターと会話出来る局部麻酔でもないので、じゃっくさん、カテーテル導入・抜出の感覚は分かってて、

しかも、首の付け根からのカテーテルがなかなかスムーズに入らず、
「ここでいいですか?」と内視鏡モニター前にスタンバって居るDr.馬助に確認したり、
「すいません、時間かかっちゃって」とじゃっくに声かけてくれたりしてるサブのドクターの話し声は全部聞こえていたようです(笑)。

次に気が付いたのは抜出作業中なので、詳細は不明なんですが、

まー、別にそこは知らなくても良いんじゃない?


オペ看さんと病棟看護師さんが申し送りしてたら、

処置着姿のDr.馬助が来て、
「18時に最後の焼灼を行いましたが、その後の誘発に対し反応が認められないので、ほぼ完全に焼灼出来たと思われます。今夜と明日一日様子を見て、異常が無ければ6(木)には退院です」との説明を受ける。

長時間、有り難うございました。

ストレッチャーのままでレントゲンを撮り、それから病棟へ。

ナースステーションから数人が呼ばれ、医療ドラマでよく見る、ストレッチャーからベッドへの移乗(4~5人で「1、2、3!」てやるヤツね)。
22時までは身体を動かさないよう指示されるが、同じ姿勢で腰痛が耐えられなくなったら、腰だけ浮かせても良いとのこと。
20時過ぎには軽食許可で、おにぎりとみそ汁が出る。

面会時間は20時迄なので、後のことは看護師さんにお任せして帰宅。

後日聞いたところでは、寝たままの姿勢のじゃっくに看護師さんが小さいおにぎりを食べさせてくれ、
嘔吐も食欲不振も見られず完食出来たので、点滴もその後あっさり撤去で就寝。



続きます。
やっと手術にこぎ着けた〜。次です。次で終わります。





ランキング参加中
よろしければクリックを
にほんブログ村 介護ブログ 在宅介護へ
拍手して下さるアナタに感謝

Comment













非公開コメントにする
Trackback

Trackback URL