在宅介護という名の過酷にして壮絶な終わりなき戦いの日々 自分の病気、ジツボとの関係 荒野に俺は一人だけ(笑)

「書く」と言う浄化

以前、↓こんなことを書いたのですが、

よく錯乱寸前にまで激怒してる人の人生相談に「写経をしなさい」みたいな回答がありますが、
あれ、案外的を射ているような気がします。
勿論、字を書くだけで問題は解決したりはしませんが、その問題に対する自分の冷静さを取り戻すためには、「字を書く」という手間と時間は有効のような気がします。

おヒマな方は全文こちら→

書く、文章推敲する と言う行為は抱えているトラブルの整理と解決策の発見(取捨選択)にかなり有効な浄化作業だと思います。

キモ だの
うざ だの
死ねよ な、ろくに脳みそ使ってない野生の条件反射的記号化した単語の羅列では無い、
読み手に理解してもらいたい、状況を知ってもらいたいと言葉を尽くすことは手間も時間もかかる作業ですし、
やたらこムヅカシイ言い回し使うってことじゃなく、ね
文才ある人の文章って、平易な言葉で簡潔なのに凄ーく分かり易い
逆に、いかにも高尚な文面ぽいんだけど逆に何言いたいんだかよー分からん文も(俺か?)

そこに没頭することで感情抜きに冷静に事態を振り返り、トラブルの本質に気づく経験は多々あります。
大体が相手が〜じゃなくて、自分次第だったりするんだな、これが。

過去と他人は変えられない。
ささやかな、取るに足らない一言だけど、相手からそれを引き出すのは至難の技。
だけど、それを良しと出来ない自分もまた偽れない。


結局、平行線の堂々巡りですよね。

ならば、先送りするか、早期解決は必要ならば、どこでどう落とし所を見出すか。

どのタイミングで譲歩し、スルーし、歩み寄るか。

それでも、恨みつらみを綺麗さっぱり水に流せられるほどできた人間になれないワタクシのような俗物は
折に触れ、古い、とうに干からびた化石のような負の記憶がちょっとしたことで赤ーく熾火が立ったりして、
一人でイライラムカムカフンガフンガして大変なんですけどね。

どこかで自由に吐き出すのは大事だし、いいことだと思いますよ。
(誰に言ってる?)

ブログが無かったら耐えられなかった なんてご意見は介護に限らず様々な分野で散見されますし。

自由にのびのび好き勝手できる秘密の原っぱは誰にも必要なアイテムです。
会員限定公開にしてもいいし、読み返してやっぱり人目にさらすもんじゃないと思ったら削除するのは書き手の自由だし、大体自分が思うほどよその人は全文一語一句漏らさず覚えて居る訳でも無いし。

(全体のトーンとして、そう言う苛烈にして壮絶な家庭内人間関係があったんだと思うくらいで)
(ワタクシなんざ、割と面だけでなく裏からもご相談いただくことが多いんですけど、まあよく似たようなケースの方がおられるもんですから、時々どの方がどうなったんだか、ごっちゃになって慌ててメッセージ履歴やら読み返してます)
(単にテケトー大雑把と言うだけなんですが)
(いや、でも、ご相談には精一杯誠心誠意お応えさせて頂いております)
(おります、がー)
(でも、どれだけ親身になったところで、問題に立ち向かうのは当事者様なので)
(その辺りの分を弁えるのも大事なマイルール)

だから、あまりお気になさらず、思いの丈をぶちまけてスッキリなさって見てもいいのでは。
(誰宛なんだよ、この記事 笑)





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