WINDING ROAD

在宅介護という名の過酷にして壮絶な終わりなき戦いの日々 自分の病気、ジツボとの関係 荒野に俺は一人だけ(笑)
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戯言吐いてみた

育児期の親御さんの心情を表す言葉に

這えば立て
立てば歩めの
親心

というのがありますが、

子の成長を待ちわびる親の思いとは裏腹に、

介護者の終着点或いは卒業は即ち要介護者の命が尽きることになるわけですから、

勿論、そこに至るのは命あるものの宿命に過ぎず、肝心なのは如何にそこへ至るかという経緯こそが何にもまして注視されるべき箇所ですが、

まあ、終末期が進めば進むほど、現場は壮絶だし、麗しい理念も心意気もあったもんじゃないんですが。
(人の言葉が通じないんだよ)
(2秒で忘れるし)
(それでいて取り繕うことだけは超一流で)
(都合が悪くなると逆ギレして錯乱みたいになって周囲が根負けするのを狙ってるとしか思えん)


感謝の一言もなく、大威張りで介護者を振り回す要介護老人には
「一言でも感謝してくれれば」と思い、

常に感謝してはくれるけれど、おシモ仕事がメインな場合は
「お礼言えばいいってもんじゃない」とか
「感謝されたところで臭いのと汚いのがなくなるわけじゃなし」と思い、

昼夜逆転、せん妄、暴力、拒否が強い要介護者をたった一人で在宅介護している方のことを思うと、

デイに通い、ショートも定期的に利用し、気立ても善く、お礼も欠かさず、皆に愛されてる要介護者の世話なんて天国みたいで、文句言うなんてバチが当たる?みたいな自己嫌悪に陥ることはままありますが、

実は心理的ダメージとしては後者の方がキツイんじゃないかと思っております。

手のかかる要介護者さんも次から次へと色々やらかして気が休む暇がないですから、それは勿論大変ですけど、

手がかからないから「楽」ということもないと思うんですよ。

だって、安心して留守頼んでどこかにパートに出るとか、食事用意しておくから一晩泊まりに行けるかと言ったら、

行けないんですから。

2~3時間の外出だって、帰宅して鍵開けるときドキドキもんですよ。
(爺さまがいた頃、それで何度悲鳴あげながら拾ったり拭いたりしたことか)

自分の介護を他と比べること自体、ナンセンスです。

相手が一人だろうと、複数だろうと、要介護度が高かろうと低かろうと、

介護してるか、してないかのall-or-nothing。

しかも、この拘束環境の閉塞感がどれだけ言葉を尽くしても外野には理解されない。


疲弊しきってるときは、要介護者に持ってきてもらう菓子ひとつでさえ、「仕事が増えた」だけで、うんざりしたもんです。
(だって、包装解いて、食べ易いように一口大に切って、菓子皿に乗せて持って行くのは介護者の仕事なんですよ)
(お茶だって淹れなきゃならないし、済んだら下げて洗わなきゃいけないし)
(その程度のことくらい、愛想よくやってあげればいいじゃないと思われるでしょう)
(それが 出 来 な い の !)
(よくも仕事増やしやがったな くらいにしか思いませんでしたわ、おほほ)

そんなふうにしか考えられない自分への幻滅もありましたけど、

身代わりのヤギよろしく、どこかに怒りをぶつけなければ自分を保ち続けることはできませんでした。


気晴らしに外出しようと誘ってくれるダンナさんにも、そんな時間があるならワタシに代わってトイレ介助して、ワタシを寝かせてくれよ と思いましたし、

じじばばさまの就寝セット完了した直後に帰宅され、もう30分から1時間遅く帰ってきてくれれば一休みできるのに、これじゃあ夕方からずーっと動きっぱなしじゃないか とイライラムカムカしてました。
(うちのダンナは帰宅するとリビングの通称:王様の席に陣取って絶対動かない)
(猛暑下に就寝セット(夜用オムツ)完了して、Tシャツ上半身汗でずぶ濡れで這うようにリビングに戻ったら、王様の席から呑気に「お茶(淹れてよ)」)って言われてブチ切れたこともあったわー(笑)

今では休みの日はじゃっくさんがお茶淹れてくれますけどね。

でも、介護(特にシモ)については見事なくらいノータッチ。
(ここの家の実子は介護は嫁の仕事で自分たちがする必要なんてないと本気で信じてる)
(そもそも婆さまが「あの子たちにそんなことさせるくらいなら死んだ方がマシ」とか言ってるんですが)
(嫁ならいいんですか?って聞いたら「だって、長男の嫁なんだから」だと)
(財産がっぽりもらえて大いばりだった長男嫁御前様の時代は遥か大昔の家長制度のお話ですが)
(大正生まれだからなー)
(でも、その子供たちは昭和生まれなんだぜ)
(婆さま曰く、自分は長男の嫁でさんざん苦労したから、義姉子の結婚相手は絶対次男で)
(商売やってる人との縁談もあったけれど、そっち断って会社員の今の「義姉上ご夫君」さんにして本当によかったよ だそうです)
(最後の部分は同意しますけど)
(商売人のとこに嫁いで、も少し色々叩き込まれた方が良かったんじゃないすかー?)

じゃあ、いつまでも意地張って(笑)、義務もない相続権もない義親の介護なんかしてないで、

さっさと実子に押し付けるか、縁切りして自分の人生生き直せばそれで済む話じゃないか。

万一、先にじゃっくさんが死んだら、義姉上が何も言い出さなければ(相続放棄とかね ま、しないだろ)法律上、家と土地は全部義姉上とその子供に相続され、天涯孤独の小梨嫁は無一文で叩き出されるのは必定。

それを阻止する唯一の遺言状にも着手せず、

相変わらずこんな非生産的な愚痴ばかり毎回グダグダグダグダ書き連ねて、読んでる方も気が滅入る とのお叱りもありそうですが、

今更、ここで投げ出すのもねえ。
(で、結局振り出しに戻る)
(色々裏からもご心配いただいておりますが(笑)、相続の件は確かにワタクシ善意で放逐される予想大ですがそれはまた別の話ということで)
(法律改正 早よ)



まあ、婆さまの「子供達には介護させたくない」には些か不満もございますが、

確かに適材適所だったかもという自惚れもありますし、

泣いて逃げ出す可愛いタマではなかったという点でも、ワタシに白羽の矢が立ったのは正しい任命だったような気がします。(誰の任命や?)


誰しも人は重荷を背負って生きている。

小さくて目立たなくても肩に食い込むほど重い荷な人も居るし、

軽いけれど嵩張って動きにくい人、

何度も荷を降ろす機会があるのだけれど、すぐまた次の荷を負う人、

背負いやすい荷物のように見えるのに、不平不満な泣き言ばかり言う人、

傍から見て心配になるような荷の多さでも、飄々と歩を進める人。


結局、荷の負荷は荷物そのものの荷重ではなく、負う側の気持ち、考え方のような気がします。

その達観に至れるか、いかに至るかが人生の学びなのかもしれません。


でも、荷物降ろしたいよねー。
優しくしてほしいよねー。
楽になりたいよねー。
自分ばっかり貧乏くじで、ふざけんなーって喚きたいですよね。(* ̄m ̄)ぷぷぷ






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