WINDING ROAD

在宅介護という名の過酷にして壮絶な終わりなき戦いの日々 自分の病気、ジツボとの関係 荒野に俺は一人だけ(笑)
2013年12月 ≪  12345678910111213141516171819202122232425262728293031 ≫ 2014年02月
TOP ≫ ARCHIVE ≫ 2014年01月
ARCHIVE ≫ 2014年01月
       次ページ ≫

≪ 前月 |  2014年01月  | 翌月 ≫

乾燥バナナ≠バナナチップス

朝の連続テレビ「ごちそうさん」。

大正15年生まれの婆様にとっては、主人公の長女と同年齢ということもあり、

懐かしさも相まって、当時の思い出話が尽きません。


ドラマは昭和15年、戦争の影響がじわじわと市民生活に影を落とし、

ついに「ぜいたくは敵だ」の音頭の下、

肉を買わない日が指定されたり、イチゴが市場から消えたり、砂糖が配給制になったりして、


婆様「この後、お米も満足に買えなくなっていくんだよ」

「お薄みたいな雑炊しか作れなくて、土手の方に出かけていって、芹でも何でも雑草摘んで、それを具にして煮たもんだよ」

「醤油どころか、味噌も塩すら無くって、味なんか殆どついてなくて、でもそれしか無いからしょうがなく食べたけど、もう二度と食べたくないねえ」


で、あれこれ懐かし(でもないか)の戦中戦後の食料苦労話を拝聴してるうちに、

「乾燥バナナ」なるものの話を聞き、

POTE「ドライフルーツってヤツですか?」

婆様「とにかく乾燥してカチカチになってて、それを齧って食べるの」

P「一枚ずつ?(バナナチップスを想像してた)」

婆「そのまま、まるごと一本が乾燥してるんだよ」

P「えー?大きさは?」

婆「今のバナナみたいに大きくないから、こんなくらい(と、人差し指をちょっと延ばす仕草)」

P「モンキーバナナみたいな、こんまい感じ?」

婆「そうだね、あんな感じで、黒か茶色っぽい感じで、でもあんまり美味しくなくて大して食べなかったね」


当時、家が今で言う食料品店をやっていたので、配給に頼りながらも商売仲間からの融通も多少有ったということらしいのですが、

そういうツテがまるで無く、配給と闇市と焼け残った着物と交換に近隣農家から恵んでもらう残り野菜で食べ繋ぐしかない人も大勢居たので、

同年齢でも乾燥バナナすら口にしたことがないと言う人は珍しく無いようです。


戦時中は男手がことごとく戦地にかり出されてしまい、

老人と女性と子供だけでは、生産も加工も流通も立ち行かなくなり、

戦局は悪化を辿り、連日の空襲に晒され、広島と長崎の悲劇の後、終戦。

戦後は栄養失調で衰弱して、薬もなく助からなかった老人や子供も大勢居て、

本当に生き延びることがどれだけ大変な時代だったことかと思います。


話題の乾燥バナナは今ではネットでお手軽に購入出来るようです。↓かりんとうみたい。
banana4.jpg
かりんとうだって、今時の若い子は食べないんじゃないの?


しかし、乾燥バナナって名称を聞いたことはありましたけど、

まさか、それを実際食べてた人が身近に居て、当時の話を聞けるなんてねえ。

考えてみたら結構凄いことだと思う。

有り難や有り難や。(^人^)感謝♪





ランキング参加中
よろしければクリックを
にほんブログ村 介護ブログ 在宅介護へ
拍手して下さるアナタに感謝