WINDING ROAD

在宅介護という名の過酷にして壮絶な終わりなき戦いの日々 自分の病気、ジツボとの関係 荒野に俺は一人だけ(笑)
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生まれる命 去り行く命 2

M山さんは飲食店をやってらして、奥さんは土地付き店付きの一人娘だった人で、ご主人は婿さんなのだけれど、御夫婦ともにとうに80を越し、ご主人は通所介護に通い(聞くところによると、利用曜日は違うけれど、うちの爺様と同じところらしい)、店は息子さんが切り盛りしてるんだけど、

この奥さんという人が、自分を中心に世の中回ってるみたいな方で、商売は大嫌いで、店のことは何一つ手伝わず、日本舞踊と呉服の新調と人に物くれるのが大好きで、やれ踊りの発表会だなんだと、近所中に見に来てねと触れを回し、お義理で伺うと、来てくれた御礼に値の張る記念品みたいなの(それで婆様の物入れに、妙な成金趣味みたいなアクセサリーがどっさり入ってる訳すね)を配って、御礼を言われてご満悦。

しかも、発表会の度に新調する着物、帯、草履は殆どツケだとか。
お取り巻き衆に配ってる記念品も、仲良しの後輩に買い付けに行かせ、清算がうやむやになることもしばしば(それ、パシリにタカってるってことですよね)。

それだけ好き勝手やってる人なので、夫婦仲も親子関係も決して良いとは言えない有様だったらしいけど、

婆様から聞いた話で、凄いなと思ったのは、とっくに家庭内別居状態だったある日、ご主人が心臓発作起こして自宅で倒れたところに、丁度奥さんが外から帰って来たのだけれど、

胸押さえて苦しがってる亭主に声も掛けず、平然とその横を通り抜けて、自分の部屋に引き取ったそうで、
(幸い、息子さんが気付いて救急車呼んだので、大事には至らなかったそうです)

いくら不仲の亭主とはいえ、そこまで出来るもんなんですかねえ。

見知らぬ他人だって、苦しがってたら、普通「どうしました?大丈夫ですか」とか言うと思うんだけど、

婆様曰く「あの人はそういう人だからね。自分がこうと決めたら、テコでも動かないんだよ」

…意志の強さとしては相当ですけど、でも、それ、人として正しいとは思えない。
だって、今回は無事だったけど、それでダンナさんが死んじゃってたら、寝覚め悪いじゃないですか。

婆様「誰が死んだって、あの人はそんなこと気に病んだりしないんだよ」

そう言われてたM山さんの奥さんは、藤田まことさんと同じ、動脈瘤破裂による急逝だったそうです。

一応婆様に報告し、香典の金額について指示を仰ぎ、爺様の名前で香典を用意し、通夜にPOTEが焼香に行くことに。

婆様「色々難しい人だったけどね、お友達としては楽しくて、面倒見の良い人だったのよ。バブルの頃は近所で旅行に行ったり、新年会だ、暑気払いだって集まって、あの頃は楽しかったねえ。M山の奥さんは家族とも相当仲悪くなってたみたいで、寝付きでもしたら誰も面倒見てくれないだろうって、どこか施設にでもやられちゃうんじゃないかって皆で心配してたんだけど、そうならなくて良かったかもしれない」

そんな婆様の複雑な呟きを胸に、お通夜に伺うと、それでも地元商店街関係の弔問客が随分いらしてて、それなりに立派なお通夜でした。

親族席の筆頭席には歩行器を横に置いた白髪のお爺さんが座ってらして、多分あの方がM山さんのご主人だと思うんだけど、その隣に今は店を一手に任されている息子さん(息子と言っても60代)、時々店の手伝いに来ている娘さんのお顔は見て分かった。

焼香台に立つ弔問客に深々と一礼し、粛々と通夜が進行して行く中、御夫君にせよ、子供さん方にせよ、なさぬ仲とはいえ、妻であり母であった人が突然他界し、通夜葬儀という非日常的な行事のまっただ中に身を置いている今、その旨に去来する思いは如何ばかりかと思う。

好きとか嫌いとか、そんな単純に割り切れない、複雑な綾錦もかくやという入り組み、捩れた想いの綴れは誰の心にも仕舞い込まれているものだから。

誰よりも愛されることを望み、ひたすらに愛を乞い、それが叶えられないことに酷く傷つき、恨み、頑になり、そうして孤立感を深めていく。

人は誰しも脆弱で、それを秘し隠そうとするあまり、殊更凶暴に振る舞ったりする。

自分の弱さ、未熟さ、愚かさを自ら認め、己が何者であるか、何が出来て何が出来ないか、虚勢を張ることなく、己が己であることを認めることが出来てこそ、始まるものもあると思うんですけどね。

ところで今回の香典は、婆様の采配で一万円にしたのですが、

爺様もM山さんとはそれなりに懇意だった為、帰宅して、爺様の名前でお通夜に香典持って行きますと爺様に言ったら、三万円くらいは包まなきゃダメだとか言い出して、

それ撤回させるのに、まー難儀しました。

婆様からは、爺様が入院した時や今の家を建てた時、M山の奥さんの名前で一万円もらってるから、香典は一万円で良いと言われてるのに、爺様の記憶ではM山さんからは三万はもらってる筈だ、もらった分は返さないとと譲らない。

だって、今時三万円なんて持ってったら、かえって向こうが迷惑ですよ。こういうものは近所で足並み揃えないと。それに、うちがもらってるのは一万円です。三万もらった話は聞いてません。

爺「だったら、明日病院行って婆さんに聞いて来たらどうだ」
P「お姑さんにはもう諮ったんです。一万円というのはお姑さんの御指示です。私的には五千円で良いと思ってたくらいです」
爺「五千円だあ?そんなちっとばかし出すわけにはいかねえ」
(だから、一万円で良いっつーの)

もー、あくまで三万出すっていうなら、いっそ弔問行くのやめたろかと思いましたけど、

爺「もう時代が違うからな。俺の時代じゃなく、Sちゃん(ダンナ)とPOTEちゃんが中心になってやってるんだから、じゃあ一万でいいかな」
P「充分だと思いますよ」

何が疲れたって、この攻防が一番疲れました…

後でダンナさんにこの一件について話したら、

ダンナ「別に、三万預かって、一万だけ香典で持ってって、あとはこっそり返すか、いっそのこともらっちゃえばいいだろ。どうせ、2、3日したら香典出したことも忘れてる筈だ」

…うん、まあ、そういう手もあるけどねー。