2012. 11. 07  
おシモ洪水被害の度に、日に何度も風呂の残り湯を汲んでくれた風呂水ポンプの突如の昇天にとどまらず、

和室の時計は壊れる
(電池切れかと交換したけど、秒針は全く動かず)

窓の西日を遮る為にかけてあった簾の紐は切れる
(朝になったら、簾がだらりと片方だけでぶら下がってた)

4枚組の皿が割れて3枚になる
(普段使っていない皿なのに、出したら何故か縁が欠けてた)

トドメは、爺様健在の頃、トイレだ、ご機嫌暴走だと、夜昼区別なく待った無しでヨメを呼びつけていたワイヤレスホームコールまでが、

爺様に追従するが如く逝ってしまいますた。
∑( ̄[] ̄;)!ホエー!!

コールボタンを押せども、一時は幻聴とまでなってヨメを悩ませた「ロミオとジュリエット」は流れず、
代わりにピピピ…と無機質な電子音が鳴るだけで、
何回か試したところ、リビングでTV付けてたら、音の相殺で殆ど気付かないことが判明。

今後は和室は婆様が一人で寝る訳で、普段なら用があれば婆様は車椅子で部屋から出て来れる人だけど、万一車椅子から落ちたり、就寝中何かあった場合のことを考えると、やはりコールボタンは必要不可欠。

で、同じ機種を探したんですが、残念ながら既に製造終了しており、

止む無く同じメーカーの同系種を購入したのですが、

以前のモノはメロディー16曲から選べたのが、新機種はパターンの異なるチャイム音が主で、メロディー系は2種類しかなく、

最終的に選んだのが「古時計」。

はい、アレですよ。

お〜おきなのっぽの古時計 お爺さんの時計〜♪ ってヤツ。

どこまでいっても爺絡みだな〜。
ε-(;ーωーA フゥ…

まー、でも、婆様の異変を「爺様」が知らせるというのも、何やら暗示的で、身体は見えなくなってもこういう形で今尚爺様が婆様を護ってるという考え方は嫌いじゃないです。

あの怒濤の最後の日々が始まる前まで、ベッドから車椅子に移乗する婆様を危なっかしがって、手助けしようとしたり「気を付けなよ、危ないよ」って心配してた人だもんね。
(´∀` )

そして、今度の日曜は四九日法要と納骨に引き続き、ワタクシ最大のミッション、自宅にてのお斎でございます。

煮物作れだのサラダ作れだのつまみに枝豆出せだの食後はフルーツ出せだの言われてますが、

ほぼスルーの予定ですっっっ
(○`∇´)Ψケッケッケ


失礼に当たらない程度に手を抜きつつ、

ワタクシに出来うる範囲で、6名のお客様と我が家の3名が在りし日の爺様を忍びつつ、楽しく和気あいあいとお食事出来ますよう、真摯に接待させて頂く所存。
(ああ、だから、どうか一周忌はホテルでやれますように〜〜〜
(○ `人´ ○) タノンマスー!)





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2012. 11. 02  
そして、慌ただしくも通夜の当日を迎え、

脳梗塞後遺症で半麻痺になってしまった婆様が、久しぶりに会う親戚(兄妹関係は高齢で本人は来られず、殆ど名代の甥や姪)と落ち着いて話す暇もなく、

有り難くも菩提寺からは大住職と若住職お二人が揃って来て下さり、

ご近所のみならず、遠方にも関わらず(じゃっくの会社は西東京で、我が家は東東京の千葉県との境界。JRで片道1時間30分。東京を横断する小旅行並みの距離です)じゃっくの会社の皆さんにも多数お焼香に駆けつけて頂きました。

そして、住職の朗々と響く般若心経を、共に唱えながら、

アーノクターラサンミャクサンボーダイ のところで、

「レインボーダーッシュセブン!」と心の中で叫びながら、ここ数日奮闘の己を、死ね死ね団と戦う正義の味方に準え、脳内決めポーズしていた、不届きで不心得で不信心な鬼嫁はワタシです。
(私信 : だって、そこんトコはお約束ですよね ◯ティックさん!(笑))

とにかくやることが多過ぎて、あまりゆっくり話せなかったけれど、実家からも母と弟と妹がお焼香に来てくれて、

自宅で看取ったもんだから、警察が検屍に介入したんじゃないかと、弟は心配してたけど、

かかりつけの往診の先生がすぐ死亡診断書書いて下さったお陰で、それはなかった。
(前日まで元気だったのに、朝になったら亡くなってた とかだと検屍する場合が多いらしい)

翌、葬儀告別式では、前日の通夜でかなり無理してしまった婆様(何度も、途中で帰りますか?って聞いたんだけど、結局最後の通夜振る舞いの席にも顔を出して、親戚に挨拶して回ってた)は、葬儀と出棺までは頑張れるけれど、

さすがに火葬場同行は無理ということで、

出棺後、じゃっく達親戚が霊柩車とマイクロバスで出発し、

若住職の運転で大住職がお帰りになり、

それを見送った後、葬儀社の車で婆様とPOTEは自宅に送って頂き、

婆様を部屋に入れ、喪服(正式喪服じゃなくて黒の上着とズボンだけど)から楽な部屋着に着替えさせ、

先ずはちょっと一寝入りしたいという婆様をベッドに寝かせ、

葬儀社が持たせてくれた婆様の分のお弁当の包装を解き、直ぐ食べられるよう箸と湯呑みカップ、電気ポット、茶菓子、ティッシュ等々をテーブルにセットし、

冷蔵庫に残ってたリンゴ一かけを齧り、栄養ドリング一気飲みして、
(オヤジか)

POTEは遅れてタクシーで火葬場へ向かう。
(いや、この役については義姉上からも自分がやると申し出があったんですが、どう考えてもワタシがやった方が色々都合がいいもんで)

miずえ にある都営火葬場に到着し、POTE村家の控え室を探し当てると、皆さんはもう食事を済まされ、配膳係の方がわざわざ運んで下さったお味噌汁だけ飲んでたら、

呼び出しのアナウンスがかかり、拾骨場へ。

そして、皆の前に現れた白いお骨の欠片の中で、ひときわ目を惹いたのは(骨折入院でレントゲン撮る度に何度も見てきたけれど)、10センチ近くはあるかという、爺様の左大腿骨に入っていた、骨折箇所を補強する2本のボルト。

今年に入ってから、デイ施設で毎月体重測定してもらう度に痩せてきてたのに、こんな頑丈なボルトが足に入ってたんじゃあ、痛かったろうなあ…
(黒く焦げたそのボルトは火葬場の方で処理して頂きました)

まだ熱の残る、骨壺に入った爺様を連れて帰宅し、

お花とお水とお茶とご飯と果物を絶やさぬようにして、

役所への手続きやら
年金事務所への手続きやら
保険金の請求手続きやら
菩提寺、ご近所への挨拶回り、
塗り位牌の発注、
納骨と四九日法要の手配、
喪中ハガキの注文 と

駆けずり回っているうちに、もうひと月が経ってしまいました。

そうそう、出棺前の喪主挨拶で、

じゃっくさん、家内(POTE)の尽力で、大好きだった自宅から送り出すことが出来ましたって わざわざ言ってくれました。

…尽力って程じゃないすけどね。
ホントは嫌々、文句たらたらでやってたんだし。

まー、その一言で、ヨメに一切合切丸投げのムカムカやドロドロやイライラが綺麗さっぱりスパーーーーッと昇華したかと言うと、







…そんな訳ないじゃないですかー(毒笑)

いいとこ、せいぜい、2割減くらいすかねー(笑)

でも、翌日挨拶に伺った大住職には、喪主挨拶で自分の奥さんを褒めるのを初めて聞いたとまで仰って頂いて、

御近所の皆さんからも、気恥ずかしくなるくらいPOTEは褒めて頂きました。

ああ、皆、ちゃんと見て下さっていたんだなあって思いました。
(でも、自宅看取りは出来れば回避した方が良いと思います 笑)



先週までは寝ても寝ても寝足り無いくらい疲労感が抜けなかったのですが、

11月に入って、残務整理も少しずつ片付いてきて、

それと共に気持ち的にも体力的にも余裕が戻ってきたので、

そろそろお爺ちゃん、お出掛けから帰って来ても良いんだけどなー なんて血迷ったこと思ったりもしますけど、

もうお爺ちゃんは帰ってきません。

それで良いのだと思う反面、やはり一抹の寂しさもあります。

長年連れ添った婆様にとっては一層、喪失感は大きいことでしょう。

グリーフワークの一環だと思って、なるべく話し相手をするようにしてますが、

まー、話しだしたら止まらない止まらない(笑)

もともと話すの好きな人だったけど、もうその話しは1,000回くらい聞いてます と言いたくなるくらい、延々同じ話しを語って下さいます。

傾聴って…キツい(涙)
ワタシ的には、爺様シモ>事務手続き>婆様傾聴
あ、イカン、間違えた(大汗)。

爺様シモ<事務手続き<婆様傾聴 って感じですかねー。

だって、聞いてんの退屈だしー苦痛だしー登場人物多過ぎで途中で相関図崩壊しちゃうしー。
話したくて話してるだけだから、こちらに分かり易く説明するなんて配慮は皆無。
コレとかアレとかあの人とか連発されると、サーーーッパリ分かりません。
(ワタシがバカなだけ?)

認知症リピートークとはまた違う、あの、いつ終わるとも知らないお話地獄ににこやかに付き合い、華麗に終止符を打てる技術って、最高レベルじゃないかと思います。

これからはそれとどう付き合っていくかだなー。
そういう点でも、ほぼ全介助だったけど、爺様って実は手がかからない人だったなー(しみじみ)。

ここまでお付き合い頂き有り難うございました。





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2012. 10. 30  
色々考え過ぎて疲れて、少しうとうとする。
ふと目が覚め、爺様の方を伺うと、

突然、あくびをするような大きな息を2回。

チェーンストークス?と慌てて腰を浮かした途端、目の前で呼吸が止まった。

時刻はPM12:15。

(リンク先の解説通り、正しくはチェーンストークスは、浅い呼吸→深い呼吸→呼吸停止の繰り返しなので、この呼吸状態はチェーンストークスとは呼ばないと思われるが、

要は、チェーンストークスが臨終間際によく見られる呼吸状態であり、真っ先にその名称がワタシの脳裏に浮かび、慌てて立ち上がりかけた、その目の前で、爺様の息が途絶えたということです)

POTE「お爺ちゃん…?お爺ちゃん…!」

呼びかけ、揺すっても、爺様は二度と息を吹き返さず、

それがどういうことなのか、重々分かっているにも関わらず、ワタシはまるで悪い夢でも見ているような気分で、

聴診器(医療雑誌付録のオモチャみたいなもんですが、今まで何度もコレで心音取ってました)を持って来て、心臓と首筋に当て、心拍と脈拍が停止しているのを確認。

先程までの荒い息もなく、少し口を開いたまま、眠っているような爺様の顔は次第に黄色味を帯びてきた。

掛け布団を捲り、触れてももう握り返して来ない爺様の手を胸元で重ね、布団をかけ直し、

俄に、感情が込み上げ、爺様の枕元で、ワタシ、声を上げて泣きました。

後にも先にも、爺様の為に流した涙はこの時限り。

通夜の時も葬儀の時も出棺前の花入れの時ですら、一粒の涙も見せなかったワタクシですが、
(生花の数だの、火葬場に行く人数だの、弁当の数だの、家族席の着席順の指示だの、現実的な手配の方でいっぱいいっぱいで、泣いてる暇もありゃしません)
(とはいえ、後日、葬儀社が取ってくれたスナップ写真見たら、皆さん、棺を囲んで哀しそうに泣いてらっしゃるのに、一人平然というか淡々というか、微笑みすら浮かべて花入れしてて)
(確かに、殊更明るく「お爺ちゃん、綺麗なお花でいっぱいですよー、良かったですねー」とか語りかけてた覚えはある)
(アタシって、酷い嫁)

誰の目にも触れず、数分、静かに横たわる爺様の傍らで、ワタクシ、思う存分泣きつくし、

そして、ひとっきり泣いた後、先ずワタシがしたことは、洟かんだことと、爺様のパジャマズボンの交換。

前日、義姉上が手伝ってくれるっていうからパジャマと下着着替えさせたんだけれど、

結局、自力で座位が保てない爺様をPOTEが一人で着替えさせることになって、上半身だけでこっちがグロッキーでやめちゃったもんだから、パジャマ上着とズボンが違うデザインのまま。

これから、往診内科医や葬儀屋呼ばなならんのに、そんなチグハグな格好をさせておく訳にはいかず、

上下揃いのパジャマに着替えさせました。

汚い話しで申し訳ないが、或は臨終の際、脱糞体液流出もあるかもしれないと覚悟していたが、爺様の場合、それはなく、おシモも綺麗で、改めて清拭の必要は無し。

その後、シェービングフォーム塗って、軽くひげ剃り。
(いつもひげ剃り嫌がって、すぐに「もういい、もういい」って言ったよね)
(剃り残しが無いように、ワタシ強めにシェーバー当てちゃうから、いっつも「痛いよ!」って怒られたね)

仕上げに、ホットタオルで(温かいの好きだったし)顔や首回り、手を拭いて、これで、取り敢えず誰が見ても恥ずかしくないようにできた。

時刻は午後12時40分。

往診内科医のN先生はまだお見えにならない。
多分、外来の患者さんがなかなか終わらないのだろう。

N医院に、いえ電から電話し、受付のスタッフに先程息を引き取ったので、先生に急がなくて大丈夫ですとお伝え下さいと伝えると、

採血に来て下さった看護師さんが電話口に出て、まだ4~5人患者さんが居るので、もう少し待ってもらえますかと、凄く申し訳無さそうに言ってくれたので、

POTE「もう、こちらは急ぎませんから、ゆっくり来て頂いて構いません」
看護師「今、一人ですか。他に誰か居てくれてる?」
POTE「いえ、ワタシだけです」
看護師「大丈夫?」
POTE「…?はい、大丈夫です」
看護師「ごめんなさいね、なるべく早くお伺いするようにしますから」

電話を切り、今度はケアマネに、事態を報告すべく電話するが、よりによって今日はケアマネs氏はお休み。
事業所事務スタッフ「どうかなさいましたか?」
(婆様の訪看さんから、爺様の容態については事業所内でも周知されているらしい)
POTE「お爺ちゃんが先程息を引き取りましたので、週明けにターミナル訪看さんの打合せと契約のお話を頂いていたんですが、キャンセルさせて頂くということで…」
事業所事務スタッフ「えっ?ちょ…っ、ちょっと、お待ち頂けますか?」
すると、婆様の訪看に最初に入ってくれた(途中で担当者交替)看護師のサワダ(仮名)さんに代わり、
サワダ(仮名)「亡くなられたんですか?いつ?」
POTE「ついさっきです。12時15分でした」
サワダ(仮名)「往診医はN先生でしたよね」
POTE「ええ、ホントは外来が終わり次第、往診して頂くことになってたんですけど、間に合いませんでした。亡くなったことは、もうN医院に伝えてありますので、あとは死亡宣告して頂くのを待ってるという状況です」
サワダ(仮名)「誰か、一緒に居るんですか?お婆ちゃんは?」
POTE「お婆ちゃんはデイに行ってます。お婆ちゃん本人は、今朝かなりお爺ちゃんの状態が厳しくなってたので、デイに行くのどうするか迷ってたんですけど、このところの残暑で汗もかいてたし、お風呂には入りたいっていうので、ワタシが行かせたんです」
サワダ(仮名)「え、じゃあ、今、一人なの?」
POTE「はい、一人です」
サワダ(仮名)「大丈夫?」
POTE「大丈夫です」

…って、あのー、なんで皆さん、大丈夫かってお聞きになるんですか?
ワタシ、未だに何を心配されてたのかよー分からんのですが。
やっぱり、普通、家族って、もっと取り乱したりするもんなのかなー。

POTE「長い間、本当にお世話になりました。sさん、今日はお休みだそうで」
サワダ(仮名)「そうなんですよ、滅多に休まないんですけど、今日だけちょっと…、すみませんねえ」
POTE「とんでもありません。よろしくお伝え下さい」

いえ電を切り、お爺ちゃんが居る和室に戻ると、携帯が鳴った。

義姉上からだった。

義姉上「このあいだはお疲れ様でした」

POTE「…お義姉さん…」

義姉上「(聞こえてない)今日、お父さん(御夫君)が車出してくれるっていうから、これから一緒にそちらに向かいますね」

POTE「…お義姉さん…!」

義姉上「(やっぱり聞こえてない)で、どうです?お爺ちゃんの様子は?変わり無い?」

POTE「お義姉さんっっ!!」

義姉上「(漸く聞こえたらしい)なに?…どうしたの?お爺ちゃんに何か?」

POTE「さっき、息を引き取りました」

義姉上「え?なに?」

POTE「さっき、亡くなりました!」

義姉上「ええっ?亡くなった?いつ?」

POTE「12時15分に息が止まりました。…申し訳ありません」

義姉上「…ううん、そんな…そんなことないよ。お婆ちゃんは?そこに居るの?」

POTE「お婆ちゃんはデイに行かれてます。昨日も暑かったので、お風呂に入らないといけないと思って、ワタシが行かせたんです。すみません」

義姉上「え、じゃあ、POTEちゃん、そこに一人なの?」

POTE「はい、ワタシだけで見送ってしまいました。申し訳ありません」

義姉上「ああ、いえ、そんな、とんでもない、一人にさせちゃって、こちらこそごめんなさいね。じゃあ、とにかく、これからそちらに向かいますから」

POTE「それで、すみません、お願いがあります。車でおいでになるんでしたら、お婆ちゃんを早退させてもらうよう連絡しておきますので、デイに迎えに行って頂けますか。これから往診の先生が来て、死亡確認して頂くことになってるんですが、まだ当分ワタシはここから動けそうも無いので。駅前のデイサービスフラワーカントリー(仮名)です」

義姉上「ああ、そうね。分かりました。じゃ、そうします」

今度はフラワーカントリー(仮名)に電話し、事情を説明。
義姉上夫妻が迎えに行くので、今日だけ早退させてもらうようお願いする。

ケータイを切ると、まもなく往診のN医師が看護師さんと自転車で駆けつけて下さり、死亡確認。

午後1時36分、死亡。
死因は尿毒症。

免疫低下により、体内菌の炎症に身体が耐えられなかったということで、ある意味、寿命ということのようです。

医院に取って帰り、すぐに死亡診断書を書いて下さると言うことで、2時過ぎに医院に受け取りにいくことにする。

N医師と看護師さんが帰られると、まもなく義兄さんの車がウチの駐車スペースに入ってきた。

玄関ドアを開けると、義姉上が荷物を持って入って来られ、

義姉上「ごめんね、一人で大変だったでしょう」

いいえ、そんなと頭を振り、それよりも気がかりだったのは、やはり

POTE「…お婆ちゃんは、びっくりしてました?お義姉さんたちが迎えに行ったことに」

義姉上「うん、ちょっとはね。…でも、大丈夫よ」

ワタクシ、今まで幾度となく義姉上に対し、理不尽な八つ当たり暴言を吐いて参りましたが、
今回、義姉上は限りなくワタクシに優しく、色々慮って下さいました。
心から感謝申し上げます。

義姉上は大丈夫だと仰ってくれたが、もしかして見送ることが出来なかった不手際を責められるんじゃないかと、一抹の不安と緊張を抱きつつ、婆様を降車介助する為、義兄さんの車のドアを開けると、

婆様「よく一人でやってくれたね。何もかんも一人でさせて、済まなかったねえ」

4点杖を突きながら、4段階段を掛け声と共に上がり、室内車椅子に乗り、和室へ。
横たわっている爺様に、いつものように声を掛ける。

POTE「お爺ちゃーん、お婆ちゃん帰ってきましたよー」

婆様「お父さん、帰って来たよ。お父さん、もう行っちゃったの?…お父さん…お父さん…」

婆様は泣き崩れたりはしなかったけれど、この後、見舞いに駆けつけた(結局、間に合わなかった)義姉上の長男も加わり、

皆さんが爺様と寄り添い、悲しみと共に、葬儀準備開始前のつかの間の鎮魂のひとときを過ごしている間、

POTEはN医院に死亡診断書を貰いにチャリで走り、

リビングのいえ電で、葬儀社と菩提寺に電話連絡、

まもなく葬儀社スタッフが6~7人来て、

介護ベッド脇に祭壇をしつらえ、爺様の遺体は白敷布と白布団に包まれた。

ワタシらは和室外に出されてしまったので、詳細は不明だが、ベッドに居た婆様によると、オムツも持って来ていて、新しいのを当ててくれてたらしい。

すぐに菩提寺住職と、通夜葬儀の日程と葬儀会場を押さえ、

引き続き親戚への電話連絡と、ご近所回って爺様逝去と通夜葬儀の伝達。

その合間合間を縫って、親戚関係から問い合わせやら返答の電話がかかってきて、
(同年輩相手だとかなり話しが早いんだけど、爺婆様の兄妹関係になると、何しろ揃いも揃って80代の高齢者ばかりなので、耳は遠いし、日時と葬祭会場の名称伝えるだけなのに、もーなっかなか話し通じなくてエラい往生しますた)

そんなこんなで、この日、ワタシが遅い昼食にありつけたのは、午後5時過ぎ。
(それもう昼じゃないって)

動きっ放しのPOTEに代わって、商店街に枕花のアレンジメント買いに出てくれた義姉上と長男が買って来てくれたタマゴサンドを一瞬で平らげ、

義姉上達が引き取った後、婆様と二人、有り合わせのもので夕食をとる。

それが、爺様が亡くなった日の主な出来事だった。


因みに、仕事中(この日は運動会の撮影)のじゃっくと連絡がついたのは午後4時過ぎ。
10/1~4まではどうにか休みが取れるよう調整出来たが、明日30(日)の撮影だけは代写が手配出来ず、出社になるらしい。





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2012. 10. 27  
長らくお待たせ致しました。

爺様の看取りの記録です。

もっと早く記帳しなければいけなかったのですが、通夜葬儀後の方が忙しく、
漸く諸事が片付きだした頃には、今度はワタシが疲労蓄積で、例の如く寝ても寝ても疲れが取れず、
そこへ持ってきて、婆様の意向で納骨・四九日法要は極内輪の身内だけで、ということになったまでは良かったのだけれど、

法要後の会食を自宅でと言われた途端、ゆったりとお斎を頂く夢は無惨に打ち砕かれ、必殺配膳人の勅命下知に、
よほど本音は拒否ってたらしく、口内炎はできるわ、更年期のホットフラッシュは酷くなるわ、妙な息苦しさは続くわで、心不全で死んじまうんじゃないだろかと思ったりして、久々にレキソタンのお世話になったりしてました。
(乾杯用のビールに、お茶に、おつまみに、茶菓子に、食後のフルーツ…ブツブツ)
(調子こいた婆様が、煮物とサラダくらい作ろうかとか抜かしあそばしたので、即却下しますた)
(作ろうかって、作るのワタシですよね。食材買って来て、切って、盛りつけして、お出しして、後洗い物するのもワタシですよね)
(役所手続きから、年金手続き、死亡保険金請求、塗り位牌発注、喪中欠礼発注、返礼品リスト作成、菩提寺との打合せ、石屋さんの依頼、法要引き物手配まで一人でこなしてるワタシに、この上煮物とサラダを作れと?)
(ワタシ、爺様逝去以来、無休連勤状態なんすけど)
(納骨まではお爺ちゃんはここ(家)に居るから、ショートは行かないっつーから、オムツと着替えとトイレ介助は無いですが、それでも三食と食後の茶飲み話傾聴と、細かい指図にも従って(たまに拒否ってますが)ズーーーーッと婆様の世話してるんですけど)
(このままじゃ、ワタシが過労で死にます)
(誰か代わってくれーーーーー!!!)
(せめて法要会食は、やっぱり料理屋とかホテルでやりたかった
(でも、婆様はよそでやるのは嫌だっていうし)
(自宅ならトイレも車椅子で自由に使用出来るし、疲れたら部屋に戻って直ぐベッドに入れるしね)
(は〜〜〜……)

まあ、それはともかく、

あまり壮絶な状況にも陥らず、
律儀で、侠気に溢れ、紳士的で、恥ずかしがりだった爺様らしい颯爽とした最期でした。

なるべく感情を排し、事実のみを記したつもりですが、時折毒気も漏れてます。(笑)


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *



8/27月~9/5水 老健のぞみ(仮名)ショート利用。

9/10月 ウテナ江戸川(仮名)デイサービス利用。午前午後1時間ずつ臥床。体重測定42,9キロ。春以降、体重減少続く。

9/12水 ウテナ江戸川(仮名)デイサービス利用。午前午後1時間ずつ臥床するも、軽体操、健康体操には参加。

9/14金 往診内科医による高齢者健康診断(採血)。
N医師に、お爺ちゃんは100才まで行きそうですねと言われ、思わず笑顔が引きつる鬼嫁。

9/17月 ウテナ江戸川(仮名)デイサービス。午前午後1時間ずつ臥床。敬老の日ということで昼食はお赤飯。2/3食了。

9/19水 起床時オムツに排便あり。ウテナ江戸川(仮名)デイサービス。午前午後1時間ずつ臥床。食事全量食了。テーブルホッケー楽しむ。

べんべんも至極快調で、どうやら無事夏越えも出来たようだし、来月の誕生日で目出度く96才。
次に目指すのは年越えか〜。
このまま、ほんとに100才まで行っちゃって、区長さんが色紙と記念品持ってお祝いに来るのかもと、内心微妙。

9/20木 
まだまだ残暑厳しい頃で、日中は冷たいものが食べたい(つか、作る人間が、冷たいもんくらいしか用意出来ない)陽気。
昼食はお爺ちゃんの好きな抹茶入りざる蕎麦。いつもは食事が進む毎に、上体が左側に傾いていって、口に運ぶより床に落とす方が多いくらいなのに、珍しく食べこぼすこともなく、上体が左側に傾くこともなく、上手に完食。
午後15時のおやつフルーツとお茶を挟んで、殆ど臥床。
夕方、仏壇に向かって読経。
夕食のテーブルにつくも、食欲無く、食べずに就寝。

9/21金 起床時オムツ内排便 中量(+)。リハパン交換、着替え、洗面いつも通り。
朝食普段より時間が掛かり、何となく食べずらそう。
鼻水が出るので、風邪薬アスゲン新感冒錠服用。
     8:50 37.2℃
     10:00 37.5℃
婆様に訪看。問診(茶飲み話)の最中、爺様の顔色が変わったような気がする。
喉が渇いたのかと呼びかけるも、応答無く、俄に全身痙攣始まる。
顔色悪く、苦しそうに「死んじゃう」と呟く。
訪看が血圧、脈拍取るが低くて取れず。
検温は37℃以下。
便失禁2回。
痙攣40分ほどで治まる。
     11:30 訪看辞去後 39.7℃ オムツ交換(訪看に手伝ってもらえるかと思ったが、次の利用者さんの時間が迫っているとかであっさり逃げられ、一人で交換)
     14:00 37.9℃ 発汗多量
     16:00 37.8℃ カルピス3口飲水
まだ事情を知らないケアマネs氏から、次回ショートの連絡来るが、発熱中につき辞退。
     19:00 食事出来ず。オムツ夜セット、パジャマ着替え。上体起こすと、鼻水が垂れる。風邪か?
     就寝。
婆様だけの夕食。
取り敢えず、様子見。
今後熱が下がらなければ、往診を頼む。
更に、まずは回復を第一に目指すけれど、万一、状態が更に悪化した場合、病院搬送はせず、この家で見送りたい旨、婆様と確認。

9/22土 6:30 37.7℃ 呼びかけには良反応。シャッターを開けると、朝日が入り、室内が明るくなるのを喜ぶ。
        8:30 38.1℃ カルピス50cc 下着シャツ交換。
    12:40 37.9℃ 婆様の昼食を先に済ませ、食べられそうなものを用意するが、ヨーグルト バナナ薄くスライス3枚が精一杯。
    14:20 39.0℃ オムツ交換 排尿殆ど無し。
    15:40 38.6℃ 
    18:00 39.3℃ お粥3口 解熱剤カロナール2錠服用 コップから飲めず吸い飲み使用。
19:00 カルピス20cc 身体小刻みに震える 振戦?
    22:00 39.0℃ 唸り声(呻き声?)上げ続ける。

9/23日 6:30 37.5℃ ポカリスエット2口
      8:30 37.6℃ ヨーグルトミニカップ1/2 ポカリスエット50cc
    10:00 休日当番医だったN医師に相談、
先週の高齢者健康診断 血液検査では腎機能も良好な為、強めの抗生剤で短期で体内菌を叩くこととする。
抗生剤クラビット500mg処方
    12:00 お粥3口 バナナ2口 ポカリスエット50cc
事前に、爺様が発熱していること、婆様は皆とのお彼岸宴会を楽しみにしているが、爺様の具合が悪いので、申し訳ないがワタシはいつものような会食支度が出来ない旨メールしておいたので、
義姉上夫妻が宴会用寿司パックやサラダ、お爺ちゃんが少しでも食べられるようにプリン持参で来訪。
直後に爺様が激しい全身痙攣、呻き。
苦しさからか、歯を食いしばっていて薬が飲ませられない。

なかなか薬を飲ませようとしないPOTEに苛立ったか、
義姉上「後ろから背中を支えて起こすから、それで、薬を飲ませたらどう?」
起き上がれないから、薬が飲ませられないのだと思ったらしい。
POTE「電動介護ベッドですから、起き上がりはボタン一つで出来ます。姿勢の問題じゃないんです。熱で苦しいから、歯を食いしばっていて、口を開けてくれないので、薬を飲ませられないんです」
義兄(義姉上夫君)「身体を擦ってあげよう。少しでも楽になるかもしれない」

で、義姉上と義兄が爺様の足を擦ってくれたんだけど、義姉上、動揺してるのか、指圧とか整体マッサージみたいな強めの擦り方するので、おいおい、高熱で唸ってる病人にそんな強い擦り方すんなよと突っ込もうとしたら、
義兄がもっと優しく撫でてやるんだと、自ら手本を示して、優しくソフトタッチで爺様の身体を擦ってくれた。

その甲斐あってか、苦しげに口を食いしばっていた爺様の身体から若干力が抜ける。
今だ!と、電動ベッドの頭側を上げ、上体を起こし、クラビットを口中に入れ、吸い飲みで水を飲ませる。
ベッドを戻し、様子見。
墓参りや婆様とのお喋りどころではなくなり、義姉上夫妻に21金以降の状況を簡単に説明。
義姉上夫妻が買って来てくれた寿司とサラダで簡単に昼食。
正直こっち(恐らく義姉上夫妻も)は会食どころではないが、娘夫婦が来てくれた嬉しさで婆様は爺様そっちのけ(多分、現実逃避っつーか、爺様重篤状態の現実に耐えられず、敢えて眼を背けてる感じ)で上機嫌。

    14:45 40.5℃ 婆様大盛り上がりの隙に検温、解熱効果を期待していたが、それどころか40℃越えに仰天。再度N医師に電話相談するも、様子見結論。
    16:25 38.5℃ オムツ交換 排尿中量(+)ポカリスエット20cc
    18:25 38.1℃ 手先等末端部位は熱感あるも、体熱は幾らか下がった感じ。

9/24月 6:40 36.7℃ ポカリスエット2口 
    7:30 ヨーグルト2口 バナナ一口 クラビット500服用 下着交換
    9:00 37.6℃ ポカリスエット2口
   12:00 37.7℃ ポカリスエット2口

午後、流石に心配になった義姉上が続けて来訪するも、大きく変化無し。

    13:00 ポカリスエット50cc 卵豆腐一口 水ようかんカップ1/3 左臀部に発赤(床ずれ?)
    15:00 38.0℃ カルピス2口
    18:00 36.0℃ 冷や奴3口 水ようかん2口 ポカリスエット50cc
19:00 37.5℃ 就寝

9/25火 6:30 38.1℃ ポカリスエット3口 クラビット500 
    8:30 38.1℃ ヨーグルト2口 バナナスライス「固い」ので拒否 ポカリスエット3口
便止まっているのでマグラックス服用。
     10:00 37.1℃ 下着交換 ホットタオルで上半身清拭
     12:00 37.5℃ ヨーグルトミニカップ1/2 水ようかんカップ1/3 ポテトサラダ2口 ポカリスエット50cc
15:00 37.8℃ ブドウピオーネ「果肉が口に残って」ダメ ポカリスエット50cc
18:00 お粥かなり柔らかく潰して煮たがダメ 冷や奴3口 水ようかん3口 ポカリスエット50cc

熱は37~8℃台で推移しているが、反応は良くなってきている感触。
久々にお経を上げるというので、車椅子に移乗。
殆ど全介助で、エラい労働でしたが、読経は出来ました。
(流石に声は弱々しかったけど、まあ発熱と食事量の少なさからすれば致し方の無いところか)
このまま熱が下がって、回復に向かってくれればと思う反面、折角川面に近付いていたのを、力づくで引き戻してしまったようで、良かったのか悪かったのか、正直墓穴を掘ったと言うか、自分で自分の首を絞めてると言うか、やっちまった感あり。
じゃっくにそう告げたら、「まだ『中治り』の可能性もある」と微妙な慰め方をされた。

9/26水 6:30 37.0℃ バナナすり下ろし3口 ヨーグルト3口
    9:00 36.7℃ ポカリスエット50cc クラビット500

    11:45 37.1℃ 裏ごしカボチャヨーグルトまぜまぜ2口 肉豆腐の味しみ豆腐 ポカリスエット50cc
初めて「美味しかった」の感想。
これで少し食欲が戻ってくれるかと期待。
POTE「心配したんだよー。これからちょっとでもご飯食べて下さいねえ」とベッドの上にかがみ込んだワタシの顔を両手で包み、嬉しそうに、
爺様「私に、こんな良い娘が居たなんてねえ」



…娘じゃないけどね
…鬼嫁だけどね
…ワタシも嬉しかった

     13:00 オムツチェック 排尿無し?
     15:30 37.6℃ 排尿量中(+) 尿色きれい 13:00で排尿無しだと思ったのは綺麗だった為か?
     16:30 36.6℃
     N医師と相談。クラビットは30(日)迄服用。床ずれの発赤が出ており、栄養補助飲料エンシュアリキッド3食7日分処方。


起床時は平熱近くまで下がるが、時間の経過と共に上昇。
高熱ではないが、さりとて安心出来るような数字ではないし、何より食欲が戻らないのが気に掛かる。
この日もお経を上げるかと訊ねると上げるというので、何とか車椅子に乗せ仏壇前まで連れて行ったが、目眩がするのか手で額を押さえたままで、本人も読経しようという気持ちはあるが、お経がまるで出て来ないので、これはもう無理と即ベッドに戻す。

9/27木 6:30 36.4℃
    8:30 冷凍トマトすり下ろし+ヨーグルト2口 バナナすり下ろし2口 エンシュア2口 スポドリ50cc クラビット

入歯を痛がって直ぐ外す。食事摂取量の激減で、加速度的に痩せたため入歯が合わなくなってる?

    12:00 尿量 中
    13:00 37.4℃ すり下ろしリンゴ2口 冷凍トマトすり下ろしヨーグルト2口 エンシュア30cc

義姉上来訪。
爺様の状況変化無し。とういうより、何も改善されていない、どちらかと言うと厳しい状況になりつつある。
いつ入院させるのかと訊ねられるが、婆様とも話し合い、今更、検査で弄られ、管で繋がらせたくはない。
回復を願っては居るが、それがダメなら、敢えて治療行為はせず、このまま、大好きだったこの家で終わらせたい旨伝える。

     15:00 37.5℃ スポドリ2口 表情渋面多し

義姉上辞去の際、爺様に「また来るね、ちゃんとご飯食べるんだよ」と声をかけると、
軽く頭をもたげ、両手で義姉上の手を包み、「わざわざ来てくれて有り難う、気を付けて帰るんだよ」
これが、義姉上が父親と交わした最後の会話となった。

     18:00 37.5℃ 着替え時に背中と尻右側にもⅠ~Ⅱ期前半の床ずれ認める。

その晩、帰宅したじゃっくまでが、医療処置で回復出来る可能性があるのなら、入院という選択肢もあるのではないかと言い出す。

…もー、皆、いよいよって肝心な時に、気持ちがブレだしちゃうんだからー。
(つか、血を分けた肉親として当然の動揺か)
(一貫してブレない(いや、実はちょっとは揺れてますたけど)ワタスの方が冷血人非人なのか)

確かにワタシは医療専門職ではないけれど、実父が肺ガンで最後の入院した時、担当医は入院直後と臨終の後くらいしか顔を出さず、点滴も栄養経管も申し訳程度で、時間毎に看護師が来て、呼びかけをして、検温して、オムツ交換するだけだった。

恐らく、今、入院したところで、実父の時同様、病院がしてくれる医療行為は何もない。
せいぜい、生理食塩水でも点滴して、息を引き取るまで置いてくれるくらい。
病院に入れたら、どこの病院になるかにもよるけれど、婆様抱えてる身ではそうそう面会にも行けなくなる。
臨終の瞬間に家族は誰も立ち会えないかもしれない。

今まで何度となくあった、奇跡のような回復は、今回もうないと思う。
点滴や栄養注入で現状から僅かに軽快する可能性はなくはないけれど、それは単に今の状態を先延ばしにするだけで、また早晩同じ状態に戻ることは明らか。
それは爺様の苦しみを徒に引き延ばすだけでしかない。

何度も思わせぶりで結局来なかった迎えの船が、今度こそ、そこまで来ているのなら、病院に入れたりせず、大好きだったこの家の自分の部屋から、滞りなく爺様が旅立てるよう、力を尽くすのがワタシ達家族の為すべき唯一の努めだと思う。

保護責任者遺棄致死の罪に問われることがあるかもしれない。
義姉上やその子供達から責められる事もあるかもしれない。
だとしても、ワタシは爺様をこの家から出すことには、断固反対します

それに対し、じゃっくがどう感じていたのかはわからない。
でも彼は、ただ短く、わかったと返答し、それきり入院のことは口にしなかった。

9/28金 6:30 37.4℃ 飲水一口 嫌がる素振り リンゴすり下ろし エンシュア スポドリ微量(吸い飲みからスポイト使用に移行) クラビット
訪看来訪。
傍目にも、明らかに痩せ、衰弱した爺様に、「あら…急に痩せちゃったね…」
現状を説明し、救急搬送無し、入院無し、自宅看取りの方向で行きたいことを告げる。
それでも、60年も連れ添った夫に、「その時」が迫っていることに動揺が隠せない婆様に対し、

訪看「もう良いんだよ。寿命のまま、行かせてあげるのが自然の成り行きなんだよ。邪魔しちゃいけない」

と涙ながらに優しく色々話しをして下さり、そのおかげで、何とか婆様も覚悟が出来た様子。

    12:00 37.3℃ リンゴすり下ろし エンシュア スポドリ微量

ケアマネs氏から、ターミナル体制を含む訪看導入の申し入れあり。
週明けにも、内容確認と契約の時間約束。
    
     13:30 37.9℃ オムツ交換 尿量中 
臥床のままパジャマズボンを引き下げると痛がる 床ずれが進んだ? 
オムツ交換時には痛みの訴え無し

この日も義姉上来訪。
手伝うから爺様の下着を着替えさせようというので、今までの被りのシャツでなく、前開きのシャツと新しいパジャマを着せるが、爺様は上体を起こしていられない為、POTEがベッドに乗って、自分の身体(腹)を背もたれにして、爺様を寄りかからせ、着ていたものを脱がせ、新しい下着とパジャマ上着を着せる。
手伝う筈が、義姉上は傍で立って、はーとかへえーとか言って見ているだけで、結局ワタシ一人が汗だくで全介助作業してるので、上だけでへばり、ズボンはパス。
上下違うパジャマだけど、また次の機会に着替えさせることにする。

さすがに、自分も何しなければいけないと言う気持ちになったのか、またしても
義姉上「何も出来ないけど、出来るだけのことはしたいので、私に出来る事があれば言って下さい」と申し出られる。

お気持ちは有り難いのだが、ハッキリ言って、根本から認識を変えて頂く必要がある。
で、言いますた。いや、そんな酷い言い方してませんけどね。

POTE「無理です。ワタシの力になって下さろうと言うお気持ちは有り難いですけれど、ことここに至っては、何かして頂くと言っても、一人引き取って頂くとか、そういう大きい話しになってしまいます。そうなれば、お金のことや、住民票やお婆ちゃん達が受け取っている年金のことも関わってきますし、お義兄さんやうちの人の合意も取らなければなりません。生活そのものが変わる話しです。それが簡単なことだとは思っていません。しかし、もう、それくらいのことでなければ、ワタシの負担減にはなりません」

まさか、そんな要求突きつけられるとは思わなかったようで、黙り込んでしまわれました。

まー、ダブル介護選択したのはワタシですけどね。
今更、一人引き取れなんて無責任なコトいうくらいなら、始めっからダブル引き受けたりするなって話しですが。
(だって、当初、仕事辞めて手伝いに来るって言ってたし)

弟嫁の意地と奮闘に甘えて、一切丸投げしてきた人に、安売りのティッシュBOX買ってもらったり、大正生まれの年寄りにエクレア買って来られたり、んな小手先の手伝いされたところで、嬉かありませんから。
(最近は、ワタシが在宅介護続けられるよう、どこぞの宗教(別に怪しげなところでは無さそうですが)に入って、一生懸命お祈りして下さっているらしい)
(いや、お祈りより、ワタシや爺婆様が必要としてるのは実働です)

    18:30 37.6℃
この日も微熱継続のまま。
ホットタオルで身体清拭。臀部のみならず上半身肩甲骨部にも床ずれらしき発赤認める。
脱水並びに栄養状態悪化、体位変換無し。褥瘡発症の条件が揃い過ぎる。
救いは本人から痛みの訴えが無いことくらい。
清拭後、布団をかけ直し、おやすみなさいと声をかけると、「ありがとう」と返答。
これが、ワタシが聞いた爺様の最後の声だった。
就寝。

9/29土 6:30 39.2℃ 呼びかけに応答無し 呼吸荒い 尿量中
顔、首周りは発熱で熱いが、指先が冷たくなっている。
     9:00 39.3℃ 呼びかけに応答無し 

婆様はデイサービスに出掛けることに躊躇いがあったものの、9月末とも思えぬ連日の猛暑で、お風呂には入りたいということで、デイサービスフラワーカントリー(仮名)へ。
連絡帳には、爺様の体調がかなり厳しいこと、万一の場合は早退させて欲しい旨記入。送迎スタッフにも改めて依頼。

婆様のベッドに腰掛け、爺様の様子を見守る。

10:00 N医師に午前診療終了後往診依頼。 外来終了しないと先生は来られないので、先に採血で看護師来訪。

2週間前にドクターに帯同して高齢者検診に来て下さった看護師さんなので、わずかな日数での爺様の激変に驚いた様子。

看護師「いつからこんな?これじゃ、今日か明日かって感じだけど」

…やっぱりー?

月曜からターミナル訪看入ってもらうんだけど、間に合うのかな。

で、採血にトライ。
もともと血管弱ってるところに持って来て、このところの衰弱と脱水でなかなか取れず。
反対側の腕から採血出来るかもと、壁際からベッドを動かしていたら、車輪がコードを踏み越え、ベッドががたんと弾み、驚いたように爺様が頭をもたげる。
ごめんごめんと謝ったら、また目を閉じ、荒い息に戻った。
採血3回目で漸く成功。

一連の様子から看護師さんが「入院だね」と言うので、
入院はさせない、この家から送り出すと話すと、静かに頷き、

「御家族にその決心が出来てるなら、その方がいいね。点滴するとね、ぶよぶよしちゃって綺麗じゃないのよね。でも、この状態じゃあ、どこにも出られないね、大丈夫?」

午後には義姉上が来ることになっていたし、その長男も見舞いに来ることになっていたので、昼一食くらい抜いたところで、その後、誰かと交替出来るだろう。
夕方には、入浴サービスを受けた婆様も今日だけなるべく早い便で帰してもらえるようお願いしたし。
「土曜なんで、患者さんがなかなか終わらないかもしれないんですけど、出来るだけ早く来るように先生に伝えておきますから」

ありがとうございます。
でも、多分、先生に来て頂いても、して頂くことって、もうかなり絞られてきたようです…

    12:05 爺様の利用するデイサービスウテナ江戸川(仮名)相談員から、お見舞いの電話。

籍を残したまま、3ヶ月の病欠扱いが可能なので、それでお願いするも、おそらく再度利用は限りなく難しいことは、相談員の人も予想しているような雰囲気。

電話を切り、和室に戻る。

POTE「ウテナ(仮名)さんから電話があったよ。
皆がお爺ちゃんのことを心配してるよ。
でも、もうどこにも行かなくて良いよ。
ここに居るよ。
お爺ちゃんが大好きだって言ってくれた、この部屋にずっと居て良いからね」

と語りかける。

婆様のベッドに腰掛け、爺様の荒い息遣いを聞きながら、この呼吸音を一晩中聞いて夜を過ごす婆様の心的負担を思い、臨時で婆様だけショートに行かせるべきか、でもそれだと肝心の臨終の場に間に合わない、それは本末転倒。
とにかく、婆様に手を取られ、義姉上や孫に囲まれ、息を引き取ると言うシチュエーションを実現する為に鬼嫁は踏ん張っているのだし、等々、

色々考え過ぎて疲れて、少しうとうとする。
ふと目が覚め、爺様の方を伺うと、

突然、あくびをするような大きな息を2回。

チェーンストークス?と慌てて腰を浮かした途端、目の前で呼吸が止まった。

時刻はPM12:15。





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プロフィール

POTE

Author:POTE
家族:
ダンナ(じゃっく・仮名)
婆さま(ダンナ母・90才要介護3 脳梗塞で左麻痺の車椅子)
爺さま(ダンナ父・2012.9に95才で逝去 要介護4の車椅子)
子供なし
生来のずぼら・てけとー・スーダラ人間オニヨメにつき、こまめなレスや相互訪問を求められましても、お応えできぬ場合がしばしばございます。
基本きまぐれ更新、きまぐれコメレスの大雑把。
ここはそうゆうところなのね…と生温ーく受け入れて下さる方歓迎。

since2009.2.10

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