在宅介護という名の過酷にして壮絶な終わりなき戦いの日々 自分の病気、ジツボとの関係 荒野に俺は一人だけ(笑)

じゃっく:退院

3/5(水)朝から雨。
8:45雨の中、都バス利用で婆様の施設に顔を出し、無事手術が終了したことを告げ、そのままT大病院へ向かう。

10時前に病棟に到着。

点滴は前夜の軽夜食後に撤収済み、尿管も今朝抜管。

で、抜管痛も当然のことながら、今朝から排尿痛に苦しんでるそうです…

(ああ、可哀想に可哀想に)
(でも、最初の排尿痛が10だとしたら回を追うごとに8→6と薄紙を剥ぐように少ーしずつ軽減されてるそうで)
(頑張れ、男の子)

この日も心電図計測とレントゲン撮影、看護師さんの許可を得て、午後シャワー。

まったりしてたら、サブのドクターその1が6(木)退院決定を知らせてくれる。
退院支度は明朝10時迄に完了とのこと。

すっかり気が楽になって、二人で階下に散歩に行ってドト○ルでコーヒー。

同室の隣のベッドの駄山氏(仮名)の困った行状とか、
次に入ってきた南郷氏(仮名)のこととか、色々聞かされ(詳細については機会があればまた後日 笑)、早目に帰路につく。


天気は土砂降りだったが、心は既に晴天のPOTEは帰宅途中、美容院に寄り、ストレートパーマと毛染めとカットというフルコースを注文。

3時間くらい美容院に居た。


3/6(木)通勤ラッシュを避け、8時前に病院到着。
(まるで病院に通勤しているような4日間ですた)

院内ドト○ルで二人分のコーヒーを買って病棟に上がり、ラウンジへ。

丁度朝食中のじゃっくを発見、二人でのんびり朝のコーヒー飲んで病室に戻ったら、医療クラークが計算書を持って来て下さり、

洋服に着替え、荷物をまとめ、同室の皆さんにお別れ、担当看護師さんに挨拶して、タクシーで帰宅。


3/7(金)高額医療制度の申請がまだだったので(ホントは事前に申請しておいた方がベター)、協会けんぽ東京支部のある中野まで出向き、
その場で限度額適用認定証をもらい、
昨日退院したばかりのT大病院の入退院センター精算窓口を訪ね、
クレジットカードで支払い完了。

帰宅前に、じゃっくさんを引きずって引っ張って婆様の施設に面会。

自分の足で歩いて登場のじゃっくの元気な姿に、婆様大変お喜びですた。


3/8(土)じゃっくさん出勤。

退院直後は一瞬ポコポコっと脈が早まりかける感覚が有るものの、以前だったらそのまま心臓がランダム頻脈に突入していたのが、そうならず、おとなしく鼓動しているそうです。

退院時に処方された薬は以下の通り

抗凝固剤サワシリンカプセル250mg 3日間
抗生剤バイアスピリン100mg 7日間
いずれも朝食後服用

翌週からは卒業式撮影で早出がずっと続いていました。


次回診察は4/4(金)心電図計測してからの診察になるそうです。


先天性の心房中郭欠損で、心臓機能の不充分差を補う為に、じゃっくさんの肺は30年間人並み以上に動きアスリートサイズに大きく発達していました。
(普通の人用のレントゲンフィルムで撮影したらはみ出しちゃって取り直しになった)

欠損閉鎖手術後も10年、頻脈を放置し左心房がかなり痛んでいる とも言われています。

60の大台が近付き、母親から「ちゃん」付けで呼ばれる可愛い息子も老眼鏡が手放せない立派なシニア。

もう少し元気で長生きしてもらいたいんですが、はてさて、じゃっくさんにどれだけの時間が残されているのか正直分かりません。
(我ながらシビア 笑)
(婆様とは違った意味で、ワタシも積極的悲観論者なのかもしれません)
(但し、婆様と決定的に異なるのは、この鬼嫁は攻撃こそ最大の防御)
(思い悩むのは長くても、行動に移す時は早いです)

出来れば母親より先に逝かないでもらいたいし、

二人で生きる時間が少しでも長く有れば嬉しいんですけどね。





因に、なるべくこまめに面会に来て下さるようお願いしてあった義姉上ですが、
10日間のうち1回お見えになったんだそうです。

うっふっふ、さ・す・が♡ てか?



ここまでお付き合い下さり、有り難うございました。



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じゃっく:決戦当日

3/4(火)8:45 ウテナの婆様に面会。
(ホントは面会は10時からですが)
(別に受付で制止もされなかった)

POTEの顔を見るなり、

婆様「手術終わったの?」

…朝の8時45分ですよー、終わってる訳ないでしょーが と思っても、そうは言いません。

POTE「手術はこれから。今日の午後です」

ここウテナ(仮名)のショートには、老健やフラワーカントリーのデイで一緒の方も2泊利用で来たりしてて、結構知った人の出入りも頻繁だし、近所の方がボランティアで来ていたりして、それほど寂しくなく済んでるらしい。

ちょっと雑談にお付き合いし、日曜にお風呂入れて頂いたので洗濯物回収。

一度帰宅し(ウテナはチャリで15分の地元施設)、洗濯済ませてから、今度はじゃっくの病院へ。


途中で昼食を済ませ、13時少し前に病院到着。

隣の駄山氏(仮名)の鼾がうるさくて眠れなかった 耳栓が要る とメールがあったので、売店で購入してから病棟に行くと、既にT字帯(初日に売店で購入)で尿管も入れられ、見るからにしおしおしてるじゃっくさん(笑)。

例の一番痛くて辛かったこと→尿管挿入!(男性全員)情報は完璧すっとぼけていましたが、

入院スケジュールの当日の予定項目に「朝 尿管挿入」と有るので、本人嫌だし怖かったそうで。
(入院前夜に自分で剃毛済み)

しっかーし!さすがは天下のT大病院、百戦錬磨?の熟練看護師さん。

ビビるじゃっくの不安をよそに、にこやかに現れるや「尿管入れますねー、失礼しまーす」で、

さっとT字帯めくって、ガッとナニを掴まれ、ぐいっと尿管挿入され、何事も無かったように「じゃ、処置室から呼ばれるまで待ってて下さいね」と軽やかに去って行った…(じゃっく談)。

パジャマから長襦袢というか綿ガウンみたいな術着に着替え、処置室から呼ばれるのを待つ。

予定では14時開始だけど、前の処置患者さんが済み次第だから、あまり期待せず、持参した本を読んで呼ばれるのを待つ。
(ワタシの手術のときなんか13時って言われてたけど、やっぱり前の方が時間押して1時間以上遅れて呼ばれた)
(しかも、ストレッチャーにも車椅子にも乗らず、看護師さんとテクテク歩いて手術用EVに乗り込んで、「行ってきまーす」て努めて明るくじゃっくに手を振ってたわ)


で、14時15分に、処置室から迎えの看護師さんが来て下さって、

じゃっくさん、ストレッチャーに寝て、まな板の鯉状態。

手術処置用のEV(特別のカードキー通さないと廊下の自動ドアもEVも動かない)に、ワタシも同乗して処置室へ。

便宜上「手術」という言い方を多用していますが、厳密には内視鏡処置(今回のカテーテルアブレーション含む)は治療であって外科手術ではないので、医療ドラマオペシーンでおなじみの完全滅菌の外科手術室ではなく、内視鏡処置室という部屋で行います。

ですから、仰々しく手術処置用のEVに乗ったものの、降りた先からは外来患者や面会者が往来してる廊下を進むし、
内視鏡処置室の手前にはレントゲン室があったりCT室があったりMRI室があったり、
廊下の待ち合いソファーで撮影順番待ってる人が腰掛けてたりで、

外来とそれほど厳重に遮断されてはいない環境です。

(10年前、じゃっくさんが心房中郭欠損閉鎖手術受けた時は純然たる外科手術でしたので)
(手術室前まで、ワタシも一緒に付き添いましたが、「ご家族の方はここまでです」と言われ)
(じゃっくさんはストレッチャーで手術室(正確には手術準備室)に入って行きましたが)
(カードキー持ってないのに、手術エリアにワタシ一人置き去りにされた格好になり)
(別の用件で入って来た看護師さんに連れ出してもらうまで、手術フロアのEVホールに閉じ込められたままだったと言う)
(不審者か?)

じゃっくをオペ看さんに託して見送り、後は病棟でお待ち下さいと促され、今回は閉じ込められることも無く、処置室から普通に廊下に出て、そのまま病院内の売店やコンビニ、コーヒーショップ(ロー○ンとタリ○ズとドト○ルが入ってた)を見て回り、

飲み物買って、病棟のラウンジ(食堂)でじゃっくさんの帰りを待つ。

ラウンジの眼前が上野の不忍池で、観光客のスワンボートが浮かび、正面にはスカイツリーも聳えていたんですが、

明るい午後の日差しに満ちていたラウンジも、15時16時17時と時間の経過と共に眼下の景色が夕暮れていって、

スワンボートも撤収、スカイツリーのイルミネーションや周辺ビルの照明が点灯、

18時近くになると、患者さんの夕食時間なので、ラウンジのテーブルを占拠してる訳にもいかず、

EVホールのベンチに座ったり、病室に引っ込んでみたりする。


19時、処置開始から5時間経過。

体験記で最長の方は6時間超えだったので、5時間超えても心配はしていないつもりだったが、

街の夜景を見ていると、なんとなく小心者の虫もうごめき出して、

カテーテルアブレーションで死亡する確率は殆ど無いし、
アブレーション処置のリスクについて、Dr.馬助も「自分が大学に戻ってからは一例も有りません」とはっきり言って下さったけれど、

婆様の「じゃっくは死ぬの?大変な手術なの?」という言葉が妙にリフレインされて、

まさかねー、でも万が一そうなったら?、確率の問題だからなー、100%大丈夫だなんて言い切れない訳だし、1/100の悲劇に見舞われない根拠も無いしなー とか考え出したら、

そーなったら、義姉上に電話してー、菩提寺に電話してー、会社に電話してーとなって、

終いには、ワタクシ、喪主挨拶の文言草稿してました(そっちかいー!)

いや〜、最悪、意識障害の半身不随で返されちゃったら、やっと爺婆ダブルが終わったのに婆ダンナダブルかよ とか。
でも、これでじゃっくが死んじゃったら(死なないっての)、正々堂々と国賓に婆様差し出して、晴れて自由の身になれるよな とか。
そーしきっつーと、あの病んでる蘭子さんにも連絡しなきゃいけないのかな。
ワタシの一存で家族葬に出来ないかなー。
婆様に諮ったら、きっと立派で恥ずかしくないお式をとかっていうんだろーなー。
喪主だと和服着なきゃならないから、婆様の介助誰に頼もうか とか。


何せヒマだったんで、そーゆー、もんの凄ーーーーーーーく罰当たりなことばかり、つらつら考えてました。
(どーも、すんませんっっ!!!)




19:10、処置終了の連絡が有り、夜番の看護師さんが呼びにきて下さったので、不安のネタも尽きホッとして(笑)一緒に処理室に迎えに行く。

意識も有り、本人とも会話。


参考写真 内視鏡処置室内風景はこんな↓感じ。
junkanki.jpg

(メインのDr.馬助はモニターに注目し、処置作業を行い、鼠蹊部と首の付け根からカテーテル導入されたじゃっくがブルーシートに覆われ、横たわっていた模様)

完オチの全身麻酔でも、ドクターと会話出来る局部麻酔でもないので、じゃっくさん、カテーテル導入・抜出の感覚は分かってて、

しかも、首の付け根からのカテーテルがなかなかスムーズに入らず、
「ここでいいですか?」と内視鏡モニター前にスタンバって居るDr.馬助に確認したり、
「すいません、時間かかっちゃって」とじゃっくに声かけてくれたりしてるサブのドクターの話し声は全部聞こえていたようです(笑)。

次に気が付いたのは抜出作業中なので、詳細は不明なんですが、

まー、別にそこは知らなくても良いんじゃない?


オペ看さんと病棟看護師さんが申し送りしてたら、

処置着姿のDr.馬助が来て、
「18時に最後の焼灼を行いましたが、その後の誘発に対し反応が認められないので、ほぼ完全に焼灼出来たと思われます。今夜と明日一日様子を見て、異常が無ければ6(木)には退院です」との説明を受ける。

長時間、有り難うございました。

ストレッチャーのままでレントゲンを撮り、それから病棟へ。

ナースステーションから数人が呼ばれ、医療ドラマでよく見る、ストレッチャーからベッドへの移乗(4~5人で「1、2、3!」てやるヤツね)。
22時までは身体を動かさないよう指示されるが、同じ姿勢で腰痛が耐えられなくなったら、腰だけ浮かせても良いとのこと。
20時過ぎには軽食許可で、おにぎりとみそ汁が出る。

面会時間は20時迄なので、後のことは看護師さんにお任せして帰宅。

後日聞いたところでは、寝たままの姿勢のじゃっくに看護師さんが小さいおにぎりを食べさせてくれ、
嘔吐も食欲不振も見られず完食出来たので、点滴もその後あっさり撤去で就寝。



続きます。
やっと手術にこぎ着けた〜。次です。次で終わります。





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じゃっく:入院

3/3(月)10時前に手続きを済ませるよう予め言われていたので、
9:30 T大病院 入退院センターにて手続き完了後病室へ。

4人部屋だが、2ベッドは空いて居り、隣の先輩入院患者 駄山(仮名 30代)氏に挨拶。

担当看護師 木暮(仮名)さんと挨拶。

パジャマに着替え、身長体重測定、採血、採尿。

1Fに降り、心電図計測とレントゲン撮影を済ませ、病棟に戻ると、主治医Dr.馬助も来て、術前カンファレンス。



静脈点滴麻酔で眠っているうちの処置になる。

その後、点滴で薬品を体内に入れ、強制的に不整脈を発生させ、ホンボシ確定し、そこを焼灼する。

所用時間は4時間前後の予定。

「カテーテルを入れてから色々状態を見ながら処置を行いますが、現在不整脈を起こさせている怪しい箇所と思われる部分が二カ所有るんですが、それとは別個に複数潜んでいるケースもあるので、その隠れている原因箇所も探り出したいと考えています。
ですから、もっと短い時間で終わる可能性も有りますが、怪しい箇所が見つかれば相応に時間が更にかかることも考えられますので、当日POTE村じゃっくさんの後には他の患者さんの処置予定は入れて居りません。

ここまでで何か質問が有りますか?」

事前予習(笑)も済んでいたし、ドクターの説明で、「2時間で終了」はほぼ無い、寧ろ長時間勝負だと覚悟出来たので、取り立てて質問は無かったが、

実は、ここ数日、不定期に軽い不整脈があること。
段取り通り手術中に発現すれば良いけれど、散々発作起きていながら肝心な時に沈黙してたらどうしようと心配しています と素人丸出しの質問でしたが、Dr.馬助は淡々と、

「薬で不整脈を誘発しようとしても反応がないことも有ります。その場合でも、出来る治療は有ります。カテーテル導入して、発作が起きなかったからと言って何もせず終わることは有りません」

…失礼致しました。よろしくお願い致します。




で、POTEはもう用事が無く、その後帰宅。


夕食後、じゃっくに不整脈発作発生。

ナースコールで「今、不整脈起きてます」と言ったら、木暮看護師さんがモニター機械一式と共に駆けつけて、

あっという間に電極装着され、心拍波形記録。
(最新の実績記録ということで、これが翌日の施術に大変有効になったらしい)

その後、Dr.馬助も病室に現れ、心電図データ見ながら「出ましたね〜」と嬉しそうだったとか(やっぱりー?)


続きます。(まだ?)

えーと…すいません、こんなに引っ張るつもり無かったんですけど、思ったより長期連載になってしまいますた。
次回手術で、その次の退院で終わるんですが、
今日(4/4)の午後、じゃっくさん仕事を中抜けして退院後の診察受ける予定です(汗)。

もうひと月か…早えーなー…
(昨日今日の雨で東京下町は桜が終わりそうっす)





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じゃっく:入院まで

H25.12の診察で、Dr.馬助(仮名)から、一番早くて年明け3月第1週の手術日を提示され了解。

じゃっく本人としては年末か年始にやりたかったようだが、POTEは大学病院のオペスケジュールで3ヶ月後は早い方と納得。

元旦、「国賓」一家の来訪宴会有るも、入院手術についてはカミングアウトせず。

年明け、秋に新調した婆様の外用車椅子が重量過ぎ、ケアマネs氏に交換申し出る一方、婆様にはまだ伏せてあるのですがと前置きし、じゃっくのカテーテルアブレーション入院手術を報告。

ついては是が非でも、当該期日前後には婆様をショートに入れ、付き添いに集中したい旨願い出る。

1月中旬、漸くじゃっくから婆様に手術予定を説明し、老健ショートステイ担当者にも直訴状(笑)を提出し、ショート確定の期日を待っていたところ、

s氏の退職と、新担当ケアマネクラリッサ(仮名)から、老健から満床につきショート不可の連絡を聞き、逆上(はしてません 多分)。

すったもんだの末、クラリッサ(仮名)の尽力のお陰で、故爺様もデイで大変お世話になっていた老舗施設ウテナ
(仮名)に10日ショート決定。

2/28(金)ショートを翌日に控えた夕食時、じゃっくの手術や新規のウテナショートステイに不安いっぱいだったのか、婆様いきなりの激高→

そんなのに構っていられないので、平気で和室に出入りし、翌日の洋服や持ち込む私物を確認。
(ヨメも強くなったもんだ)
(つか、弱かった時期なんかあったっけ? 笑)

3/1(土)10:45婆様施設送迎。
POTEも送迎車に同乗させて頂き、ウテナ入所。
昼食前まで付き添っていたので(そんな家族滅多に居らへん)、施設側には相当緊張をもたらした模様。
(ご家族の方、何時まで居るんですか?みたいなそーとー微妙な雰囲気ですた 笑)

帰宅後、義姉上に電話し、前夜そういう揉め事?があった報告と、ワタシの顔を見たくもないそうですから、お忙しいとは思いますがなるべくこまめに面会してやって下さいとお願いする。

3/2(日)久しぶりの夫婦だけの一日。
翌日の入院に備え、荷造りするも、
3/3(月)入院
3/4(火)手術
3/5(水)経過観察
3/6(木)退院 又は 再手術
(3/7(金)再手術の場合、経過観察)
(3/8(土)再手術の場合、退院)

とゆー短期入院(予定)なので、パジャマは一日200円の病院着を借りることとし、他支度するのは下着と院内で履くサンダルと洗面具くらいなので、あまり荷物も無し。

入院中、病院食は減塩薄味なので、(ホントはあまりやっちゃいけないと思いますが)梅干しと古漬けを小さいタッパーに入れ、持参。



続きます。


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POTE:予習

幾つかの体験記をざっと読んだところ、

局部麻酔で、術中ドクターと会話して居たという方も居れば、
全身麻酔で、眠っていたから何も分からず、目が覚めたら病室に戻っていたという方。

2時間で済んだ方も居れば、
6時間かかった方も居られ。

1回の処置で不整脈症状が治まった人も居れば、
翌日に症状が出て、翌々日に再手術になった方も、
半年は治まっていたのに、次第に発作が増えて来て再手術、
年1回のペースで3回やった方も居られ、

最初の2~3ヶ月は妙な動悸が有り、失敗だったんじゃないかと疑心暗鬼だった方も、
更に日にちが経過するにつれ落ち着き、今では全く鼓動を気にすることもなく、スポーツサイクルで休み度に遠出なさって居られる方も。

術後服薬も、最低限の抗凝固剤や抗生剤を数日飲んだだけの方も居れば、
1年服薬を続け、定期検診で減らして行った方、
安定剤代わり?に抗凝固剤を服用継続している方等々も居れるということで。


分かったことは、患者さん毎に様々なバックグラウンドも有り、主治医の判断も異なるので、「これといった単純なモデルケースは無い」ということですた。

あ、後ですねー、唯一、判で押したように体験された男性の方が異口同音で仰ってた辛かったことの筆頭は、

2番目の術後4~6時間同じ姿勢で寝ていなければならない(寝返りも不可)を抑えて

尿管導入と、抜管と、抜後の排尿痛 が堂々のダントツトップでした(笑)。

…男の人って大変。
(怖がらせると可哀想なので、術後までワタクシ完全黙秘)
(ワタシも自分の手術の時、尿管入れられましたし、婆様にも聞いてみましたが全然平気だったそう)
(女性は大抵大丈夫みたい)
(婆様は鼻腔管栄養の方がずーーーーーっと辛かったとまた延々恨み節が始まったので、速攻退避)


続きます。


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