2009. 02. 15  
それからは面会に行く度、「もう帰る」「今日帰る」「これから帰る」と必死の形相で訴える爺様を宥めすかし、まだ直っていないのだからとキツい物言いで説得し、縋るような眼差しを振り切って帰るという毎日を繰り返す。

婆様が行くと一層里心がつくようなので、最後には婆様には見舞いを控えて貰う始末。

そんなこんなで入院13日目、1月19日(月)午後、待望の院長回診では、院長と看護師長が現れるや爺様はベッドの上に起き上がり、「先生、色々お世話になりました。お陰でもうこの通り元気になりましたから」ともう帰る気満々。

で、ついに、念願の退院許可をゲット。
しかも、じゃあこれからすぐに帰るとか言い出されて、え?え?え?、そんなこと出来るの?だって私今日自転車で来てるんだけど、これから支払いとかあるんだけど、事務の方だってこれから計算してもらわなきゃなんないんだけどと、四の五の言っってる嫁の言葉なんぞ、まるで耳に届いちゃいません。

着替えやタオル、洗面具等こまごまとしたものの他、未使用のおむつもテープ式、フラットシート、尿取りパッドそれぞれ10枚以上残ってて、とんでもない大荷物になりそうなので、事務が入院費の計算を終える間に、自転車で一度自宅に戻り、荷物の粗方を置いてくることにする。

(ケアヘルパーさんが未使用のおむつ回収に来たけれど、支払いは先に済んでるし、これからも必要になるものだから、全部引き取りますと云ったら、そうよねー、おむつ代もバカにならないものねーと新品の大型紙バッグ持って来てくれて、一緒に詰め込むの手伝ってくれた)

すっ飛んで家に戻り、婆様に今日これから帰って来ることを告げ、支払い分の現金を預かると、残る荷物を詰めるべくキャスター付きバッグ片手に今度はバスで病院に向かう。

持ち込んでいた常用薬も返却してもらい、請求書も上がって来たので無事支払いを済ませ、改めて看護師長に御挨拶し、爺様を車椅子に乗せ、キャスターバッグ引きながらEVに乗り込む。

1階待ち合いロビーに降りると、ケアヘルパーさんと事務の人が荷物を持ってくれたり、ドアを押さえてくれたり、車椅子でスロープを降りるのを手伝ってくれたり、タクシーに乗るのも手伝ってくれた。有り難いことでおました。ホンに我が侭な年寄りで、ご迷惑かけたと思いますが、お世話になりました。有り難うございました。

…もうちょっと日にちに余裕があったら、ホントは介護タクシー予約するつもりですた。
介護タクシーのドライバーさんってヘルパー2級の資格持ってるんで、玄関前の小階段に予めレンタルしておいたスロープ敷いて、ドライバーさんと私の二人掛かりでなら車椅子も難なく押し上げられるし、その後は有り合わせのカーペット廊下から和室のベッド脇まで敷いて、そのまま爺様をベッドに入れちゃえばいいや~なんて考えてたのに…

介護タクシーって完全予約なんですよね…
今日の今日、退院許可貰うなり退院して来ちゃうとはあまりにも予想外。とほほ~。

結局普通のタクシーに、トランクに車椅子と荷物積んで帰って来ちゃった訳で、そのタクシーの運転手さんは親切な方だったんだけど、車椅子の扱いには慣れていないようだったので、玄関に上げるのまで一緒に手伝ってくれとはちょっと云えなかった。

で、長さ2M重さ9.5kgのカーボンファイバースロープ(よく駅員さんが車椅子の乗客の乗降時に車両とホームの間に置く渡り板ありますよね、あれの2M版です)敷いて、体重50kgの爺様と15kgの車椅子を一気に押し上げ、…一気に…押し…お…重っ…下がりそう、てかマジでずり下がりかけてる…!ひ、ひえ~~~っ(恐!)

正直に云います。
私、もう3年以上爺様の車椅子押して、掛かり付け病院通ってました。夏には家族旅行で駅やホテル、水族館にも行きまして、そんじょそこらのヘルパーさんよりよっぽど車椅子の扱いに慣れてるつもりで居ましたけど。
…怖かった…死に物狂いで押し上げて、どうにか爺様を無事ベッドに入れますた…ぜいぜい…

「退院おめでとう」
「良かったねえ、帰って来れて」
「やっぱり家が一番だなあ」
と、しみじみしてる爺婆を横目に、無粋に鳴り喚く電話を取った嫁の耳に飛び込んで来たのは「y病院の看護師ですが」

…イヤな予感。

「お預かりしていたお薬のうち、1種類お返ししそびれた薬がありまして」
「…では、後程引き取りに伺います」
ふえ~ん

今日でなく、明日にしても良かったんだけど、婆様にも「今日じゃなくったっていいんじゃないの」と言われたけれど、でも、どっちにしろ行くのは私なんだよね。
今日行けば明日は休める。
もう当分y病院には行きたくなかった。
もう休ませてほしかった。
週末、ダンナの姉上が見舞いに来たり、洗濯物の引き取りとかで、金曜から4日連続で私病院通ってんです。
5日連続は勘弁してほしかった。
だから、

もっぺん、自転車で行ってきますた…

何なの、この嫁殺し強行スケジュール
2009. 02. 13  
ソリタ(生理食塩水)とアミノ酸たっぷり点滴してもらった甲斐あって、入院3日目辺りから大分爺様の様子も落ち着いて来たんだけど、そうすると今度はやれ点滴の針が痛いだの(治療です)、ベッドが狭いだの(病院です)、部屋が暑いだの(全館暖房です)文句たらたらで、揚げ句の果ては、何にも治療しないで(だから、点滴が治療なんだって)、おむつにされて(だって痛くてまだ歩けないでしょーが)、こんな部屋に放っておかれるんだったら、家に帰って寝てても同じだからもう帰るとか言い出して、宥めるのが大変。

だって爺様、骨盤割れてんだよ。
何にも治療してないって言うけど、点滴してもらってるから、これだけ回復出来たんじゃない。
病院に居れば、看護師さんやケアヘルパーさんに、検温、血圧測定、おむつ交換から身体清拭まで至れり尽くせりしてもらえるけど、家に帰ったら婆様と嫁しか手数ないんだから、ここでしてもらってるような訳にゃいかんのですぜ。

我が侭言わないで、もちょっと病院で大人しくしてて下さいよ~。
爺様不在の間しか食べられない、ニンニク料理三昧をつかの間堪能させてもらってるんだから。
普段は爺様向けに甘>辛の煮付けが多い。元から食事量は赤ん坊並みに少ない人だけど、甘くて柔らかくて定番の和食おかずは食べてくれるので。エスニックとか見慣れないもの出すと、警戒して箸も付けてくれまへん。私キムチとかニンニクとかもつ鍋とか大好きなのに、爺様が居るときは家では食べられませんでした。

色々説得しているうちに、爺様の中では救急搬送された記憶は無く、掛かり付けの内科医t先生の紹介で、今居るy病院を受診したら、何だか分からないけど気が付いたら入院させられていたという事になっていることが判明。

玄関前の小階段4段降りるのに、ガタイの良い救急隊員三人に横抱きにされて、小さくされるがままになってりゃいいものを、不安なのか、途中勝手に手を伸ばして階段脇の手すり掴んだりするもんだから、隊員さん達が思うように階段降りられなくて「そこ掴まないで」「触らないで」「大丈夫だから、じっとしてて」と、救急車に乗せるのにも大騒ぎだったことも何一つ覚えちゃいないのかああ。

…でも、そんなに帰りたいとですか。そうですか。
看護師やケアヘルパーさん達が良くして下さるとはいえ、日がな一人きりでベッドに寝たままでいるんだから、確かに退屈だし心細くもなるよね。
やっぱり家で、婆様が傍に居るというのが爺様には一番良い環境なのだろうか。
どっちにしろ、救急搬送を受け入れて下さった院長先生に退院許可をもらわなきゃ、そうそう勝手は出来ないんだけど。

あああ、でも、こんな状態で帰されても、トイレも風呂も自分で出来ないんじゃあ、爺様はともかく、婆様と嫁の仕事が一気に倍増するのは火を見るより明らか。

今までは介助で済んだけど、これからは完全介護生活になる。お下の仕事も始まる。
まあ、それは11年前、ダンナが家を建て直し、同居を始めた時から私なりに覚悟していたことではあったけど。

11年、元気で、さほど手も掛からない元気な爺様だったけど、ついに「その時」が来たということか。

で、いきなり退院された場合を想定して、玄関の小階段を車椅子でも上がれるように、ケアマネに相談して段差解消スロープをレンタルし、車椅子も病室に運んでおいた。

後日、この速攻が大いに功を奏することになる。
2009. 02. 12  
ここ一両日、尻の痛みでベッドで上体を起き上がらせることもままならなかった体重50キロの爺様を起こし、よろめく身体を必死で支えたツケが一気に来たかのように、婆様の左足は普段の倍に腫れ、床に足をつくだけで激痛が走るという。

触れると熱を持っていて、水が溜まっているようなぶよっとした感触だったので、取り敢えず冷湿布して、夕食後早々に休んでもらった。
爺様のように骨折した訳じゃないから、ゆっくり休めば回復するだろう。

爺様が痛がって騒いでいた時は無我夢中でやっていたのだろうけれど、体重39キロと40キロを行ったり来たりしてる痩せっぽちさんの小柄な婆様には如何せん、限界を超える介助だったということか。

その夜、トイレに行こうとして、四つん這いになって廊下を這って進む婆様の姿に絶句。そんなにも身体の自由が利かないのかと、びっくらこいて声をかけると、色々試した結果、その姿勢での移動が一番痛みが少ないのだという。

幸い、翌朝には脚の腫れも大分治まり、痛みはあるものの歩くことは出来るようになったので、杖付きながらいつもの整体に出掛けていって、足の甲に斜め格子みたいなテーピングされて帰って来た。

その間に、週2回通っていた通所介護2箇所とケアマネージャーのs氏に、爺様の入院を電話で知らせる。
突然のことで、皆さん、一様に驚かれ、心配して頂き、家族の方が一番大変だからと労いの言葉を掛けて頂いた。

でもまあ、病院に居る以上はしょっちゅう看護師が見回ってくれて、身体清拭、食事の配膳、おむつ交換、部屋の掃除、何かあれば医師が駆けつけてくれるわけだから、考えようによっては、爺様は一番安心出来る場所に居る訳なので、まー、あとは洗濯物の持ち帰りと着替えの届けをこまめにして、こっちはこっちの体調管理を万全にしときゃいいかなー。

などという甘い考えは早晩あっさり打ち砕かれることになるのだった…
2009. 02. 11  
y病院に到着し、簡単な診察の後、レントゲン撮影。

骨盤の左上、クマちゃんの耳みたいに膨らんでいる腸骨の部分が割れていることが判明。
…そら、痛いわな。

緊急に外科的措置は必要ないものの、腸骨骨折により、内部の筋肉組織、血管、神経等が傷ついていると思われるので、保存的治療で栄養補給と安静で状態の改善を図ることを勧められ、そのまま入院。

119番オペレーターに、救急隊員に、診察してくれた医師(院長先生でした。受け入れて下さって有り難うございます)に、病棟看護師に、氏名、年齢、状況、状態、罹患歴等々、幾度説明を繰り返したことだろう。
取り敢えず持って来たものの他、入院中必要なものを看護師に教えてもらい、常用薬を預け、病院支給のおむつ使用を了承し、緊急連絡先を聞かれ、事務から入院保証金の請求書を渡される。

そうこうしているうちに病室には昼食が運ばれて来て、爺様は痛がる様子もなく起き上がって一人で食事しているので、婆様にもなんぞ食べさせなければと近くのコンビニに走り、肉まんとかドーナツといった簡単に食べられるものと温かいお茶を買って来る。

大部屋は認知症の方が居るとかで個室に入れて頂いたのだが、冷蔵庫、折り畳みパイプ椅子、カード式TV、ロッカー、洗面台とトイレが付いてるだけの、良く云えばシンプルな、正直なところ実に殺風景な病室だった。

爺様は電動ベッドにテーブル付きだからいいけど、こっちは折り畳み椅子だけでテーブルもなく、窓の桟にお茶置いたりして不自由この上ない。

しかも、椅子は1脚しかないので、婆様を座らせると、立場上嫁は立つことになる。行儀悪いけど立ち食いですわ。さすがに後半疲れて来て、使われていない椅子見つけて座ったけど。

昼食が下げられ、爺様がうとうとし始めると、急に疲労感が押し寄せて来た。
夕方もう一度、入院に必要なものを届けないといけないし、婆様もかなり疲れたようだから、看護師に断って一旦引き上がることにする。

で、タクシーで帰宅。
即ひっくり返って休む婆様をよそに、着替えの下着、パジャマ、タオル、バスタオル、お茶用プラスチックカップ、箸、スプーン、介護用手袋1箱を揃え、夜逃げみたいな大荷物をチャリの荷台にくくり付け、再度病院へ。

家に帰り着いた頃は、すっかり日も暮れていた。
長い一日だった…

さすがに疲れたぜ~と、有り合わせのもので夕食を用意した私の目に飛び込んで来たのは、左足を不自由そうに引きずって歩く婆様の、痛みに歪んだ顔だった。

…え?
漸く爺様が片付いたと思ったら、今度は婆様かーい!(まだ続く)
2009. 02. 10  
「尻が痛くて動けない」

1月6日(火)
それは、三が日も恙無く終わり、正月気分も漸く抜け、週二回通ってる通所介護に年明け初めて出掛けようという朝。
爺様が激しい痛みを訴え、ベッドから動けなくなっていた。
要介護2の、脚もすっかり弱ってしまって、外出時は車椅子で連れて行くようにはなっていたけれど、それでも家の中では壁や家具に伝わり歩きしながら、一人でトイレにも行き、風呂にも入っていたのに、前日までとは打って変わった爺様の様子に、一体どうしたことかと婆様も嫁も戸惑うばかり。

そもそもは、年末和室(爺婆自室)で尻餅をついたことから始まった。
脚が弱いので膝の踏ん張りが利かず、派手に尻を打ちつけたらしいのだが、何をしようとしてどこでどうなったのか、詳しい状況は本人に聞いてもよくわからない。
結構痛がってたので、心配はしていたんだけど、その日の通所介護も元気に参加していったし、尻餅をついて大分痛がった旨を連絡帳に書いて持たせたら、痛みはあるようだが、入浴時の身体チェックでも特にアザになっている様子はないとの返信だった。
その後、折りにふれ尻を痛がる素振りはあったものの、前述の通り自力でトイレ、入浴も出来ていたし、正月にはダンナの姉一家が遊びに来て大層ご機嫌だったので、こちらもつい大したことはなかったようだと楽観視してしまった。

肩を貸してトイレに連れて行こうとしても、痛くて立てない。
結局その日は食事も摂らず、お茶やスポドリを飲んだくらい。
夕方には38℃に発熱。

翌日になっても状態が改善されていなければ、救急車を呼んだ方が良いかもしれないとダンナと話す。

翌朝、熱は37℃に下がったものの、痛みは変わらず、動けないまま。
この痛がり方は明らかに尋常ではないと、婆様の反対を押し切って119番通報。
(近所に知られたらみっともないとか、近所の整形外科に車椅子で連れてって痛み止めの注射でも打ってもらえばそれで済むとか、痛みで立つことも満足に出来ないのに、もーそんな悠長なこと云ってる場合じゃありませんてば、大体玄関の4段の階段どうやって下ろすのよ

10年前に爺様は大腿骨骨折をやっているので、当時入院手術したs病院に連絡したが、満床で断られてしまった。
幸い、次に問い合せた隣駅のy病院が受け入れてくれることになったので、そのまま入院した場合のことを考え、常用薬やら着替え、タオル、ティッシュを紙バッグに詰め込んで婆様と救急車に乗り込む。

そして、のどかな下町にサイレンを響かせながら、救急車は病院へと走り出した。(…続く)
プロフィール

POTE

Author:POTE
家族:
ダンナ(じゃっく・仮名)
婆さま(ダンナ母・90才要介護3 脳梗塞で左麻痺の車椅子)
爺さま(ダンナ父・2012.9に95才で逝去 要介護4の車椅子)
子供なし
生来のずぼら・てけとー・スーダラ人間オニヨメにつき、こまめなレスや相互訪問を求められましても、お応えできぬ場合がしばしばございます。
基本きまぐれ更新、きまぐれコメレスの大雑把。
ここはそうゆうところなのね…と生温ーく受け入れて下さる方歓迎。

since2009.2.10

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